05 武装
「ひぃッ」
アイネとカイが武装状態で部屋に侵入すると、大きな机の一番隅に座っていたやせぎすの男が小さな悲鳴を上げた。
無言で銃を構えた警備員たちを、カイが瞬く間に無力化する。
「……流石、とでも言っておこうか……」
「決戦だ。フィスト」
この部屋にいたのは、警備員、フィスト、やせぎすの男、そして身長二メートル半は越しているだろう異様なまでの高身長の男だった。
パソコンの前に座っているやせぎすの男が書記かなにかだとすれば、おそらく高身長の男が会合に参加している組織の人間。
「任務内容によれば全員殺していいらしいな。運が悪かったな、ここがお前らの墓場だ!!」
今まで温存しておいた能力を解放する。すると、アイネは深紅のオーラを身にまとった。
「身体強化か……いや、それとも……書記、鑑定しろ」
「ひゃ、ハイッ! 錯良アイネ、能力は……『刀を使えるようになる能力』ですッ!」
ぴたりと言い当てられたことに多少の驚きを覚えるアイネ。そう、アイネの能力は『刀を使えるようになる能力』。それだけだ。
「そ、そして小倉カイは『銃弾の状態を変化させる能力』――」
「チッ」
書記の眉間を弾丸が貫くが、すでに能力の事は全て言い終えていた。
「知られたのなら仕方がないな。こちらも全力で行かせてもらおう」
ギュルンとカイの銃のまわりを青いオーラが覆う。その異質な雰囲気に危機感を感じた高身長の男は自らも銃を取り出し、カイへ向ける。
「『光徹』」
同時に発射された弾丸だったが、カイの見事な調節により弾丸同士が衝突。そのまま地へ落ちるかと思われたが――
なんと、カイの放った弾丸は相手の弾丸を粉砕し、男の方へ向かって行った。
「見とれてるんじゃねーよ。俺もいるんだからな、リメンバー!」
フィストへ向かって斬りかかるアイネ。
やはりダイヤモンド製の腕を振り上げて防御するフィストだったが、今度はアイネの刀は腕に大きく食い込む。
「これが、俺の能力だ」
さらに力を込めるだけで――フィストの左腕は、肘のあたりで斬り落とされた。
「馬鹿な……先ほどは本気を出していなかったというのか……」
「刀をちょっとうまく使えるようになるだけで、こんなに違うんだぜ。道具の性能なんて使い手の差だけだ」
現に、俺は遊園地で売られてたおもちゃの刀を使ってる――と剣を掲げてみせる。
フィストが刀をよく見てみると、確かに透き通って美しくはあるものの、ただのガラス製の刀だ。多少磨かれてはいるが斬れそうにも見えない。それでも人を簡単に殺傷できるほどの刀の使い手……。
「面白い……。では、こちらの能力も使わせてもらおう……」
――ガチン!!
一瞬で、先ほど切り落としたはずのフィストの腕が再生してしまった。
「『物をダイヤモンドに変える能力』。それがこの能力だ……」
「なるほどね。今は空気をダイヤに変えたってわけか。だけど……また斬り裂けば、ノープロブレム!」
コンクリート製の地面に大きなクレーターを作って飛び出すアイネ。
「何度も同じ手が通用すると思うか……」
再びフィストは防御を行うが、その瞬間に空気をダイヤに変換。腕の周囲に多層構造の防御壁を作り出し、剣の威力を急激に減少させる。
そのせいで腕をうまく斬れなかったところに、真横から突っ込んできたダイヤの小型ミサイルで腹を殴打される。
「がぁっ――!」
しかもその小型ミサイルは形を変え、アイネの体に絡みついた。飛びのくこともできず、胸ぐらを掴まれて持ち上げられる。
「最初から、刀を封じておけばよかったのだ……」
「!」
フィストは手を振り上げ、アイネの刀を叩き折る。
甲高い音が部屋中に鳴り響き、刀は粉々に粉砕されてしまった。
「アイネ!!」
カイが向こうで叫び加勢しようとするが、高身長の男に妨害されてその場を離れることができない。最初こそ能力で敵の度胆を抜いたが、敵の能力も侮れないようだ。
「『ここがお前らの墓場だ』……威勢が良かったのははじめだけか。その言葉、そっくり返させてもらうとしよう……」
「いや、無理だ」
アイネはこの状況においてなお、笑みを湛えている。フィストはそれに不気味なものを感じた。
「……能力ってものは心の形だ。解釈次第でどうとでもなる。自分の能力を信じれば、それだけ能力は強くなれるってわけだよ」
――バリィイイイン!!
甲高い音とともに、アイネを縛っていたダイヤモンドが砕け散る。
「ドゥーユー、アンダスタン?」
「なんだと……!」
いきなり封印を破壊されたフィストは、当然何をされたかよく理解できていない。わざわざ見せつけるように、アイネはその右腕を振り上げた。
「刀がなくなった今、俺の得物はこの右腕だ。俺の腕が刀だ!」
そして腕を横薙ぎに振る。ブォン、という風を斬る音が何方向からも鳴り、飛び出した衝撃波がフィストの腕を肩からごっそり切断し、高身長の男の首を刎ねた。
「馬鹿な……!」
「俺の能力の神髄。刀を使って、何でもできる……死にたくなかったら知恵でも少し働かせてみたらどうだ? どうせ任務は遂行するけどな」
ここまでではじめて焦りの表情を浮かべるフィスト。アイネの本気モードが、フィストに死を身近に感じさせたらしい。
当然、フィストも死ぬつもりではなかった。
「『物をダイヤモンドに変える能力』……『物』の定義……! そうか、形がなくとも、概念であれば……! フンッ!」
腕の修復と同時に、アイネの『魂』をダイヤモンド化させて無力化しようと試みる。
アイネ自身が言っていた、「自分の能力を信じれば、それだけ能力は強くなれる」という言葉。フィストはすぐに理解し、それをわがものとした……はずだった。
「な!?」
だが、フィストの能力は不発に終わる。アイネは死なないどころか、自らの腕も修復できなかったのだ。驚愕した様子のフィストを見て、アイネは悪魔のような笑顔を作り出した。
「わりぃな。お前の能力も、『斬らせて』もらったぜ。そして……」
フィストの体がずるり、とずれ落ちる。
「お前も既に、斬らせてもらった。地獄で待ってろ、大統領」
* * *
「任務は達成だ。だが、やり方がおかしすぎる。報酬は減額」
「えーそんなだから俺足を引きたいって言ってんだろ」
翌日、アイネの所属する事務所の一室。
テレビでフィスト死亡のニュースが流れているのを見ながら、アイネはカイと一緒に札束の数を数えている。依頼主からの報酬だが、カイに比べてアイネの受け取る額は少なすぎた。
「足じゃなくて手な。小学校から国語を学びなおしてくるべきだ」
「へいへい」
ぶーぶー言いつつもアイネはなんとか不満を飲み込んだらしい。
「ところで、フィストってヤツなんで暗殺任務が出てたんだ?」
「お前は新聞を読んだことはあるか?」
アイネが首を振り、カイが大きなため息をつく。世間情勢を全く知らないアイネであった。
「フィストは凄腕の大統領だ。五十年に一度ともいわれるような逸材でな……だが、そのやり方は人間の情というものが全くない」
わざわざ一から説明してくれるようなので、アイネは「へぇ」と身を乗り出して相槌を打った。
「簡単に言えば一を切り捨てて十を救うようなやり方だ。大多数の幸福のために、少数を不幸にする……確かにこれで救われる人間は多いし、支持率もかなり高かった。だが当然、切り捨てられた少数派の恨みはどんどん積もっていく……そして、今回この事務所に暗殺の依頼を出すに至ったわけだ」
「なるほど、アイシー」
机に置いてあるサンドイッチを手に取り、塩胡椒を大量にかけてからかじる。
塩胡椒をかけすぎたようで、アイネは「うっ」と呻いてへんな顔になった。
「馬鹿、かけ過ぎだ」
「何事も、チャレン……ごほっ、ごほっ……うぐぇ」
あげくの果てにはのどに詰まらせたようだ。
「……まあ、いい。お前の強さはだいたいわかった。次は単独任務だ」
「えーもうやりたくねえよやだよ」
「黙れ」
わざとらしく首をぶんぶんと振って肩をすくめるアイネ。カイはその目の前に情け容赦なく任務の書類を突き付けた。
「ま、がんばれ」
「あー。めんどくせー……」
完結です。見てくれてありがとうございます。
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では、またいつか。




