01 依頼
桜舞い散る夜の道を、ゆうゆうと歩く少年がいる。
「チクショー、また五万も擦っちまった……ファック」
その少年は怒っているようで、道を転がっていた小石を蹴飛ばす。
「あーそうだ。またあいつに金貸してもらお。もしもし」
懐から取り出したスマートフォンの電話帳から『ザ・キャット』なる人物に電話をかける。
『なんだ。金なら貸さんぞ』
「借りはしねーよ。十万くれ」
『馬鹿言え。働け、仕事だってあるんだろう。いつまで他人頼みで生活するつもりだ』
ツー、ツーと電話を切られたことを示す単調な音が響く。少年は再び舌打ちをすると、そのまま一本道を歩き去っていった。
その足跡には、丁寧に桜の花びらがひとつずつ置いてあるのだった。
* * *
「えー? なんだよ、俺は暗殺とかそんな暗いのから手を洗うって言ったろ」
錯良アイネは事務所の机につっぷして気だるげなため息をついた。
桜の髪飾りが似合うかわいらしい少年だが、発言と雰囲気は外見からかけ離れすぎていて違和感を覚える。
「手じゃなくて足な」
その向かいに座るのは、この事務所のオーナー、小倉カイ。青色の瞳は突き刺すような鋭い視線を放っている。アイネはなんとも感じていないようだったが。
「次の仕事は私との共同任務だ。それだけ、お前だけでは荷が重い」
「は。人舐めてんすか?」
そう。ここは、要人の暗殺を主に請け負う店。その中でも、世界トップクラスに規模が大きく、世界トップクラスに有名な事務所だ。
「いや……今回は相手が悪い。ターゲット、某国の大統領フィスト・イーンスールは『能力者』だ」
「えーますますやりたくねえよ」
「まだ所属してるんだから異論は許さん」
オーナーの威圧にアイネは少し引きつつも、だるそうに「はいはーい」と返した。
「敵が能力者ゆえにこれまで十七回もの暗殺が失敗している。これ以上の失敗は許されんぞ」
念を押しておくカイだったが、分かっているのかいないのか、まだ幼いアイネはストレッチを始めるのだった。
そして、当日。深夜一時。
これから、ターゲットのフィストは他国の武装組織との会合がある。それを阻止するのがひとつの目標で、とりあえず会合を阻止することができればいい。できれば命も刈り取っておいた方がいいらしいが。
「だから刀はだめだと言っただろう!」
カイは潜んでいるにもかかわらず、大声で到着したアイネを叱責した。
そのアイネは右手に刀を握っている。それも、桃色の水晶でできた美しい刀だ。とうてい暗殺者が使うようには見えない。
「は。いっつもこれ使ってるだろ、オールウェイズ」
「……」
頭が痛そうに眉間を抑えるカイ。今までの暗殺はこれで成功しているのだから、あまり強くも言いづらいのだが……。
「とりあえずこれでも持っておけ……はあ」
「いらねえ。俺は銃苦手だから」
「よくそれで暗殺業をやってこれたな……呆れたぞ」
数名のSPに守られながら、防御の固そうな白い車から降りてくるフィスト。筋肉の多い禿げ頭の大男で、初見で大統領だと分かる人はほぼいないのではなかろうか。やっぱボディービルダーの方が向いているとアイネも思った。
何キロも離れた茂みからスナイパーライフルでフィストの頭を狙うカイがうめいた。
「ちっ……この配置じゃうまく狙えんな……。爆弾を撃ち込むか。アイネ……アイネ?」
横を向くと、そこにいたはずのアイネがいなくなっている。何をしているんだという怒りを必死に抑え込みながらスコープを再び覗くと、なんとそこにアイネの姿が映り込んだ。
「馬鹿、畜生」
「せらぁあああああああ!」
大声で気合いを入れながらフィストに斬りかかるアイネ。フィストが振り向くよりも早くSPの数人が一気にアイネへ拳銃を向け、発砲する。
それら弾丸は寸分違わずアイネの方へ飛び込み――
「無駄だ無駄! 残念だったな!」
桃色の刀に斬り裂かれ、地へ落ちた。
「続けるぞ! 喰らえやぁあああ!」
フィストを守るように取り囲みつつ銃をぶっ放してくるSPのひとりをアイネが刀で斬りつける。
防刃チョッキを着用していたはずのSPは、いともたやすく腹部を斬り裂かれ地へ倒れた。その様子を見て、今まで動かなかったフィストが口を開く。
「そうか……。貴様も『能力者』なのか……」
「そうだぜ。さあとりあえず警備員はやってやる! ブリング・イット・オン!!」
アイネは右手をくいっと動かしてSPらを挑発すると、刀を構えなおして戦闘を再開した。
エイプリルフール。短いけど気合いで書き上げます。