王子と美少女
「いっててててててっ」
木に激しくぶつかったので、一瞬記憶が飛んだ。
学校帰り、取り巻きを撒いて公園通ってたら、いきなり空から仔猫が落ちてきたんだよな。多分木から落ちたんだろう。猫ってクルッと回って着地するもんだけど、その仔猫は頭から落ちてきた。それが見えた時には俺は駆け出していた。
猫は?
「にゃーん」
仔猫が俺に体を擦り付けてくる。良かった。助けたはいいが握りつぶしてたら本末転倒だもんな。
「いてててててっ」
めっちゃコブが出来てやがる。星、まだ飛んでる。少し休んでから行くか。
「大丈夫ですか? 凄い音しましたけど」
えっ、この声はミルク。痛すぎて幻聴が? いや、違う、足音がする。頭打ってる事も忘れて、転がって上体を起こす。
うわ、私服も可愛い!
少しフリフリのワンピースだ。危ねー、丈が短かったらパンツ見えてたぞ。俺は断じて見ないけど。
「ミルク!」
つい名前を呼んでしまう。ミルクは怪訝そうな顔? そうだ今はアントニー。ミルクとは面識が無いんだった!
「始めまして、アントニーです。友人は街の可愛い女の子を全て暗記してるので、俺も貴方の事を知ってます」
我ながらいい言い訳。嘘はついてない。ガイルは絶対ミルクを知ってるはず。ん、明らかに一瞬ミルクが顔をしかめた。嫌なもの汚いものを見る目だった。そうだ、ミルクはチャラい系の男が嫌いだったんだ……ガイルはチャラい、俺もその同列に見られてる。なんとかしないと。けど、始めてだ。王子として生まれてこういう嫌悪感を出されるのは。
ミルクの視線が仔猫、それと落ちて来た木の枝、そして俺が作ったスライディングしたあとに注がれる。
「もしかして、落ちて来た猫ちゃんを。大変、頭打ったんじゃないですか? すぐに冷やすものを。動かないで下さいね」
「あ、ああ」
ミルクは言うなり駆けていく。そして戻って来た手には濡れたハンカチ。
「頭見せてください。ああ、でっかいたんこぶ」
ミルクが近い近い。お日様みたいな清潔な香りにほんのりミルクのような甘い香りがする。ミルクは俺の頭にハンカチをあてる。目の前には丁度胸。いかん理性が崩壊して抱きしめてしまいそうだ。けど、駄目だ、俺は王子。
なんて嬉しい拷問だ。少しでも長く続いて欲しいけど、長くは保たない。心臓、うるさすぎるだろ。
「ゴミ、ある程度とりましたので、あとは自分で押さえて冷やしてくださいね。なんか顔が赤いですけど、体調も悪いんですか?」
ミルクが俺に微笑んでいる。まじ女神、この世に女神っていたんだ。
「にゃーん」
仔猫が俺から離れる。向かった先には親猫がいる。
「良かったですね」
「ああ」
俺たちは互いに微笑み合う。なんかいいな。この時間がずっと続けばいいのに。
「アントニー!」
「ちょっとー!」
「何してるのよー!」
げっ、走ってくる女の子たち。いつもの取り巻き、公爵令嬢、女騎士、聖女などなどだ。なんでこのタイミングで。
「あなた、王子になにしてんのよ」
「アントニー、この娘だれ?」
「近いわよ離れなさいよ」
取り巻きに言い寄られ、ミルクは俺の近くから飛びのく。その顔からスッと笑顔が消える。ってかコイツら少しは俺の心配しろよ。地ベタに座ってるだろ。
「待てよ、この娘は頭打った俺を介抱してくれてたんだよ」
「えっ、この娘に怪我させられたの?」
「介抱なら私たちがするわ」
「あなた、帰っていいわよ」
ったく。相変わらず話聞かねー奴らだな。お前らが帰れよという言葉を飲み込む。俺は王子だからな。
「知り合いの方来たから、私、行くわね」
ミルクは貼り付けたようなぎこちない微笑みで軽く手を上げて背を向ける。
「あ……」
ミルクは早歩き、間違いなく嫌がられてる。ミルクに借りたハンカチで頭を押さえながら立ち上がる。お礼、言えなかったな。俺はギャーギャー言う女の子たちに生返事しながらブルーに入る。ミルクへの印象最悪だ。
「王子様、ありゃ、間違いなくなく落ちたわね。ミルク罪作りな娘。男なのに」
カシスが木の陰でニヤけている。カシスもアンチハーレム派なので、王子の事は格好いいけど、異世界の人だと思っている。
カシスも大きな音で近づいたら、王子をミルクが介抱してたので、木に隠れて一部始終見守っていた。