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第16話 昨日は激しかったですね

「やっ……、やだ」

「なんで」

「だって、別にここ、人から見える場所じゃないし」

「却下。俺が気になる」



 そう言うと、リーンの抵抗も虚しく、ノアがそのリーンの内腿に当たる部分についと唇を寄せた。



「……っ!」



 ――生暖かい感触にぬるりと吸われて――。

 先ほどの肩の傷よりも強い感覚に、リーンは声を出すのを必死に我慢して小さく喘ぐ。


 実のところ、太ももについた傷は肩についた傷よりも深いもので。

 魔族の少女に飛ばされた時、落ちていた太い木の枝に深く抉られていたのだった。

 医務室で見せた時も、とりあえず消毒はするが破傷風など心配だから、治療ができるならば早めに、と言われていた。



 それが――。



「んぅっ……!」



 あまりの羞恥にノアを直視できず、リーンは口元を抑えて声を殺しながら顔を背ける。

 目尻にたまる涙は、羞恥によるものなのか、治療をしている怪我の部位から伝わる感覚によるものなのか、最早リーンにもわからない。


 ただ、ノアがことさらにゆっくりと傷口を舐め、吸い上げるので、傷口から背中に走る快感にも似た感触を逃すのにリーンは精一杯だった。



「こら。逃げるな」



 そう言って、ぐっとノアに体を引き寄せられる。

 

 

(――逃げる? 私が?)


 

 逃げようと、したのだろうか。

 正直、感覚を逃がそうとするので精一杯で、自分がそう言われるような動きをとったかさえ自覚がない。

 声を出さないようにしようとすると、どうしても荒い息を出さざるを得ず。

 それでも、時折堪えきれず声を上げてしまう自分に、恥ずかしくて泣きそうになる。



「はい、終わり」



 いったい、どれだけの間治療(そう)していたのだろう。

 ようやく待ち侘びた言葉を得られたリーンだったが、その時にはもう息も絶え絶えで。

 朦朧とする意識の中、ノアの終了を告げる言葉に答える気力さえ残っていなかった。



 それでも――、まだ荒い呼吸を整えながら、横目でノアに視線を向ける。

 すると、ゆっくりとこちらに体を傾けてきたノアが、涙の溜まったリーンの目尻に軽く口付ける。

 そのままノアは、眉間を通るように耳元へと口を近づけると。



「――おやすみ、俺のリーン」



 そう言って、耳元で優しく囁かれて――。

 そのまま、リーンの意識はふつりと闇に溶けたのだった。




 ■■




 翌朝。

 なぜかいつもよりもすっきりと起きられ。

 心なしか体も軽くなったように感じたリーンは、ガバリと起き上がり、自分の相方である男を探すためにのしのしと部屋を出た。



 昨夜の出来事が夢だったのではないかと思ったが、怪我をした場所を確認したら何事もなかったかのようにつるりと綺麗な状態になっていたので。



「ノア!」



 ノックをし、名前を呼ぶのと同時に、彼の部屋のドアを開く。

 本来であれば返事を待ってから入るべきだ、とはわかっていたが、昨日の今日で憤慨している自分としては、そうやって怒りを主張する権利があるとも思った。



「ああ、リーン」



 開いた先で、ちょうど使用人たちに着替えさせられている最中のノアにばったりと直面し(ちなみに、相対するリーンはまだ部屋着姿のままだ)。



「まだ寝ていてもよかったのに。昨日は激しかったことだし」



 と。

 こともあろうに、誤解を招くような発言を投げつけてくるので!



「な……! 何が激しいだ! 私は、あんなに嫌だって言ったのに!」



 溜まりかねて怒鳴り返したリーンのその発言が、まさにノアの発言を増長する内容になっていたことなど。

 あまりに興奮していたために、言った当の本人は気づくことさえなかったのだ――。




 ■■



「ねーえ、リーンー。もうちょっとそろそろ機嫌直してよー」



 いつもの普段着に着替えたリーンが修練場に向かうのに並びながら、ノアがリーンの機嫌を取るように声を掛ける。



「ねー、いつまで無視すんの。ねーってばー」



 リーンの服の裾をつまみながら、こちらの気を引くように話しかけてくるノアだったが、対するリーンは完全無視を決め込んでいる。



 そうやって、何事だろうとこちらの様子を見てくる周囲もまた無視しながら歩き、ようやっと修練場まで辿り着くと。



「よおー、お前らー。昨日よろしくやってたらしいじゃねーか」



 ビキッ! と。

 団長の軽い言葉に、リーンが固まったかのような音が聞こえた。



「……どこから聞いたんですか……? その話」

「あん? その反応だと……、マジなのか?」

 


 リーンの反応に、団長が思わずぎょっとした様子を見せる。



「違います!」



 そう言って、すかさずリーンも否定をするが――。

 


 そう。

 違う。

 確かに違う――、のだが。



 じゃあ、真実を話せと言われたところで。

『治療のために第三王子に傷口を舐められています』

 なんて、言うこともできず。



「お、おお……、そうか……」



 否定はすれど、正しく否定もしきれないリーンは、昨日の羞恥を思い出し、何も口にすることもできないまま、顔を赤らめ背けることしかできず。


 

 それを見た王国騎士団たちの目には、



 ――ああ、やってんなこれは――。



 という風にしか、見えないのであった。



「ほらあ。ダメでしょリーンー! またそんな可愛い顔を他の奴らに見せちゃあー」



 そう言って、羞恥で震えるリーンに絡みつくノアを見て。

 団員たちは再び思うのだった。


 触らぬ神に、なんとやら、と。

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