3 そして、対(たい)する私の能力
「嬉しいわ、プレゼントを受け取ってくれて。貴女を怒らせて私が文字通り消されちゃったら、どうしようかとハラハラしちゃった」
「そんなこと、しませんよ……第一、そんなことをさせないために、後ろに覆面パトカーの集団が居るんでしょ。何かあったら、私を社会的に抹殺できるように」
「やあねぇ、考え過ぎよ。高速道路の貸し切りに、邪魔者を入れたくないから、彼らには控えてもらってるだけだってば。それに私だって、貴女を殺すつもりなんか無いからね。その気なら貴女の体内に、毒でも何でも押し付けてるわよ」
ちなみに後続の集団は、車窓がスモークガラスになっていて、どんな人が乗っているのか私は見たことが無い。きっと私から暗殺されることを恐れているのだろう。失礼しちゃうなぁ、私は怪盗であって、殺人鬼ではないというのに。
「プレゼントに付いては、ありがとうございます。私の誕生日が近いからですか?」
「それもあるし、もっと貴女と仲良くなりたいからよ。もう夏が近いし、私も来年は受験だもの。いつまでも貴女と遊んでは居られないわ……貴女が私に、捕まってくれない限りね」
そう、そういう話だった。『私が卒業するまでに、部活動を通して、貴女を改心させてあげる。もし貴女が改心しなければ、そのときは私の負けよ』と私の入学当時、先輩は言ったのだ。
部活の追いかけっこで、私が先輩に捕まったら、その時点で私の負けだとも言われている。が、先輩は私を本気で捕まえようとしたことが一度も無かった。結局、先輩は私の自主的な行動を待っているのだ。そして私は、色んな意味で、もう限界だった。
「先輩……私……」
私が言いかけた、その時、闖入者が現れた。貸し切りだったはずの高速道路を、後方から一台のバイクが追い越し車線から、停車中の私たちを抜き去っていく。ヘルメット無しで、時速八十キロほどで何やら叫んでいる。
「止まりませんわー! AIシステムの暴走ですわー! 助けてくださいましー!」
電子システムで走るバイクらしい。お嬢様っぽい少女が、素晴らしい大声で助けを求めている。先輩の行動は早かった。瞬時にヘルメットを装着してバイクを動かし、後を追う。そして、お嬢様が暴走バイクから振り落とされかけて──先輩は自らが道路と少女の間のクッションになるかのように、走行中のバイクから飛び降りた。
先輩が空中で、少女を抱きとめる。私は知っている。先輩はダメージを能力で無効化できるが、その効力は一人分だけだ。他者のダメージを無効化するには、その人に先輩が手を触れている必要がある。
先輩は少女のダメージだけを無効化し、自らは犠牲になるつもりで動いていた。そして少女と先輩は道路に、体を叩きつけられ──
「すべて私のもの」
なーんてね。そんな惨事が起こる前に、私は能力を発動させた。異次元空間の中に、私と先輩、そして暴走していた少女がバイクごと出現する。この空間の中では時間が流れず、動けるのは私だけだ。少女を抱えて目を硬く閉じている先輩が居て、動きを止めている。そんな先輩に近づき、ヘルメット越しに、私は頬にキスをした。
「いつも他人のために、無茶をしすぎですよ。先輩」
聞こえてないのを良いことに、そんな言葉を掛けてみる。この空間は、私の心にある虚無だ。中学生になってから、私の家庭環境は最悪になって、それが切っ掛けで私は能力に目覚めた。半径一キロ以内のものなら何でも(人でも物でも)、私は異次元空間に収納できて、自在に取り出すことも消去することもできる。
と言うか範囲を前方に限定すれば、能力で数千キロ以上先の物を知覚できるし、私の異次元空間に入れられる。平たく言えば、この地球上で、私が盗めないものなど無い。仮想通貨でも情報でも、何でも手に入れて現金化する術を私は確立していた。異次元空間の容量は無限かも知れない。
そして私は、ここが大嫌いだった。風さえ流れない独りぼっちの閉鎖空間。早く、ここから出たい。外の世界で、先輩と一緒にバイクで風になりたい……
「ほら、先輩。起きてください、とりあえず一般道路にワープしときましたよ。私たちが消えて慌ててるでしょうから、覆面パトカーの連中には先輩から連絡してください」
「……ああ、うん。ありがとう、お陰で助かったわ」
お礼なんて、と私は思った。私を孤独から救い出してくれたのは、先輩の方なのに。
私と先輩、そして暴走してた少女はバイクと一緒に一般道路の脇に居る。ちなみに暴走してたバイクも私たちと同じく電動式で、私は異次元空間で燃料の電気を盗んでおいた。これで走れないから、事故も起こらないだろう。暴走少女は気絶していて、とりあえず立てかけたバイクに、またがらせて寝かせている。
「このバイクは動かないから、JAFのロードサービスとかで帰ってもらいましょう。ところで先輩。ちょっと私の手を握ってもらえますか?」
「え? 手を?」
何だろうという表情で、私が差し出した手を先輩が握る。私は、用意していた言葉を伝えた。
「あー、捕まっちゃいました。私の負けですね、先輩」
そう。とっくに私は負けていたのだ。中学の頃から始めた窃盗行為は、何一つ、私が抱える虚無を埋めてくれなかった。心の中の虚しさは広がっていく一方で、あのままだったら私の人生は台無しに終わっていた。それが高校入学と同時に先輩と出会って、先輩は権力を使って私の家庭環境まで改善してくれた。
先輩だけが、私を完璧に理解して、正面から対峙してくれた。銃で撃ってきたり、下着を押し付けてきたり、やり過ぎなくらいの全力で接してくれて。こんな人は、もう今後、私の人生には現れない。
「まずは気絶してる、この人を起こして、それから一般道路を走って帰りましょうよ先輩。せっかく免許を持ってるんだから、ちゃんと法定速度で走って。もう勝負なんか辞めて、これからは普通のツーリングを楽しみますよ」
嬉しそうな表情の先輩に、顔を見られないように、そっぽを向きながら私が言う。綺麗な夕日が見えて、だから私の顔が赤いのは、そのせいなのだとアピールしておいた。