2 先輩の能力
そんな次第で、先輩は電動バイク部を立ち上げて、そこに私は入部した。部員は二人だけで、それでも廃部になることもなく、先輩が高校三年生となった今でも部は続いている。
電動バイク二台って、それなりに高価な値段だと思うのだが、先輩は親に頼んで購入してしまった。私は一円も出していない。それどころか部費さえ払ったことが無い。「だって貴女、泥棒して、お金を作りかねないもの。そんな人から部費を貰う気は無いわよ」と言う先輩である。
「そろそろ走行距離が二十キロですよ。帰りましょう、先輩」
高校入学時の回想を終えて、私はインカムで呼びかけた。『そうね』と先輩が応じて、風と化していた私たちはバイクの速度を緩めていく。停車して、後続の覆面パトカーの群れも後に続いた。時速ゼロの日常世界に私たちは足を着ける。
ヘルメットを外して、ふぅ、と私は息をつく。毎週末の部活は、貸し切った高速道路での往復、走行距離が四十キロのバイクによる追いかけっこだ。何で四十キロかと言うと、一時間の充電で電動バイクが走れる距離が、その程度らしい。充電と言っても急速充電など種類があるが、先輩に任せているので私は詳しくない。
実際に走ってみれば分かるが、時速百キロ以上での片道二十キロ移動は、あっという間だ。しかし、これも体験してみれば分かるが、背後から銃で撃たれながらのバイク移動は体感時間が長く引き延ばされる。そりゃあ私は銃で百発、撃たれようとも止める自信はあるが、万が一という可能性はあるのだ。
「どうだった? 今日の走りの感想は」
先輩もヘルメットを外して、私に話しかけてくる。インカムで耳元に聞こえてくる声も良いが、こうやって部活中に語り掛けてくる、先輩の柔らかい声音は心地よかった。
「いいですね。『ああ、生きてる』って実感できました」
私と先輩は、朗らかに笑い合った。この感覚は、私たちしか共有できないと思う。命がけの遊びを通したコミュニケーション。常人が持たない能力を持った者同士の交流である。死の淵を覗き込んで、時に片足や首を奈落に突っ込んでは、平然と日常に戻れる私たち。仮に時速百キロのバイクから飛び降りても、私たちは無傷で居られるのだった。
「それで? そろそろ観念して、窃盗を辞める気になったかしら?」
「そうですねー、どうしましょうかねー」
私は空とぼけて見せる。実のところ、もう最近は殆ど、私は盗みを働いていない。そもそも私は、お金目当てでは盗んでないのだ。盗みに入る対象は悪人や外国の独裁者で、盗んだ物は綺麗なお金に換えて、あちこちに寄付させてもらっている。私も少しは、お菓子を買ったりして使ってるけど。
「何度も言うけど、私は貴女を自首させようとは思ってないわ。貴女の犯行は捕らえようが無いしね。ただ、貴女に盗みを辞めてほしいだけなの。それが世の中のためでもあるし、貴女のためでもあるのよ」
「そうですね……先輩は、いつも正しいです」
いつも正しい、は言い過ぎだと思うけどね。電動バイク部を強引に作ったり、そこに強引に私を入れたり。強引に高速道路を貸し切ったり、お供の覆面パトカーを連れたり、やりたい放題だ。それでも先輩には正義があった。映画の刑事であるダーティーハリーは法律を無視するけど、それは、そうでもしないと止められない犯人が居るからなのだ。
「ところでね、可愛い後輩にプレゼントがあるのよ。スーツのポケットを開けてみて」
私たちが着ているレーシングスーツは、競技用ではないので幾つかポケットがある。それでも自分の携帯くらいしか入れてないはずで、不審に思って私は、自分のスーツのポケットを探ってみる。すると、可愛らしいパンツとブラジャーが出てきた。色は赤だ。
「何、考えてるんですか先輩! 変な物を押し付けないでください! と言うか、これ、まさか先輩が直前まで身に着けてたとかじゃないでしょうね」
「安心して。元から下着なんか、着けてないわ! レーシングスーツは全裸で着るものと、相場は決まっているのよ」
「安心できませんし、そんな相場は知りません! 下着は可愛いから貰いますけど!」
変態の先輩を叱ってから、私は赤のパンツとブラジャーを消した。私は物を異次元空間に仕舞うことができるのだ。レーシングスーツを作る時にスリーサイズは採寸されているから、きっと赤の下着は私にピッタリのサイズなのだろう。帰ってから家で着てみようと思う。
そして先輩は、物でも何でも、他人に押し付けることができる。銃を撃てば、弾丸は絶対に標的を外さない。自分が受けたダメージを他人や無機物に押し付けることすら可能だ。能力の名前は、『全て貴方に』。命名は私。先輩は慎重なので、能力の射程距離までは私に悟らせてくれなかった。