9 武具もまた勇者なり
本日の黄金勇者ゲイリーの仕事は、城塞都市ペーパを守る兵士たちの戦闘訓練である。といっても実質的な仕事はなく、見学をしているだけであった。
なにせ勇者である。本気を出せば魔物の群れを一刀のもとに葬り去る力の持ち主だ。並の兵士が太刀打ちできるレベルではない。稽古する力加減が難しかった。
それをゲイリーは安堵している。彼は自分を『歩くマジック・アイテム』と思っており、装備を脱げば雑兵以下と疑っていないからだ。
そう感じているのは何も当人だけではない。周囲も薄々と疑っていた。ゲイリーが勇者なのはオリハルコンのおかげで、それがあれば誰もが勇者になれるのではないか、と。そう思ってはいても、口に出すのは難しいものである。勇者にケンカを売るのは自殺行為だ。
だが、若さに溢れる新人兵士は恐れを知らない。
「ゲイリーさん、オリハルコンなしで手合わせしてもらえませんか? それなら自分でも少しは戦えると思うんですけど」
今年、成人を迎え『戦神』の『祝福』を受けたナックル・デカタールだ。戦神から【瞬間火力百倍】と自称する能力を授かったと自慢し、事実、彼の一撃は大岩を粉砕する。弱点もあり、能力発動後は5秒の硬直が発生し、日に三発しか出せない。ただし、成長すればそれらの欠点も緩和されていくらしい。そんなものを喰らえば、オリハルコンなしのゲイリーなど塵になるしかない。
周囲がざわめいた。同期の仲間がナックルの不遜な態度をたしなめる。が、彼らにしても興味ある対決だった。ゲイリーを勇者たらしめているのが実力なのか装備なのか、はっきりするのだから。
ゲイリーはついに来たか、と思った。いずれこのような挑戦をされるのはわかっていた。むしろ今まで挑まれなかったのがおかしい。もちろん悪党からは何度となく揶揄されてはいたが、そんな連中は問答無用で退治していた。
勇者は退かない。それがゲイリーの哲学だった。ただ、周囲がとめてくれたらいいなぁとは強く願っている。
負けるのは実力不足なのだから仕方がない、と思う一方、勝ちたいという気持ちもある。彼にも多少の自負があった。装備のおかげとはいえ、微力ながらこれまで国を守ってきた。勇者としての仕事は充分にこなしてきたのだ。少しくらいは認めてもらいたいという欲求はある。また、ここであっさり負けてしまえば、これまで応援してくれた人々に申し訳ない。こんなエセ勇者を讃えてきたのかと、ガッカリさせてしまうのは心苦しい。
ゆえに彼は姑息だが絶対に負けない作戦を立てた。
「手合わせはかまわんが、いっそ本気でやってみるか?」
ゲイリーは胸を張った。ハッタリは芝居慣れしている。
「それは無理です。オリハルコンに勝てるわけがありません!」
「オリハルコン同士ならどうだ?」
ゲイリーは腰の剣をナックルに放った。
ナックルは慌てて手を伸ばして重い剣を掴んだ――つもりだったが、あまりの軽さに逆に驚き、体勢を崩した。
「わたしはこの場を一歩も動かん。盾も置こう。それでこの小瓶を割れたら君の勝ちだ」
ゲイリーは腰の聖水瓶を取り、紐をくくりつけて首から下げた。
「……こっちは攻撃、そっちは防御に徹するわけですか? でも、自分には必殺技がありますよ? それをオリハルコンの剣で使ったらどうなるか、わかってるんでしょうね?」
「ああ、君の技は先ほど見せてもらった。あの程度であればこの鎧を壊すには至らない。遠慮せず試してみるがいい」
「言ったな……!」
相手が勇者とは言え、誰もが称賛する最強の技を『あの程度』呼ばわりされれば、若いナックルの血は沸騰する。
「どうだ、本気でやる気になっただろう?」
「なった。なったよっ。絶対に後悔させてやる! この、装備頼りのエセ勇者め!」
目撃者全員の血がナックルと真逆に下がった。
「わたしをエセと呼ぶのなら、その証明をしてもらおう。来なさい」
ゲイリーは仁王立ちになり、腕組をした。絶対防御体勢である。このポーズで気合を込めると、ドラゴンの一撃すら通用しない最大の防御力が発揮されるのだ。
「喰らえ、必殺の【瞬間火力百倍】!」
ナックルの上段から一撃は鎧を直撃し爆発した。が、ゲイリーはおろか、鎧も、小瓶すらも無事であった。
「な……っ」
「「なんだってー!?」」
驚くナックルと驚くギャラリー。ゲイリー本人はオリハルコンで守られているのでまだ納得もできる。が、外に出ているガラス瓶すら無傷なのは信じられなかった。
愕然とするナックルにゲイリーは手を伸ばし、オリハルコンの剣を取った。
「剣は君を選ばなかったようだな」
ゲイリーは誰もいない地点を目標に軽く一振りした。着弾点でナックルのものより強い爆発が起きた。
「勇者は武具でなり、武具もまた勇者なり。その意味ではわたしは、たしかに装備に頼っている。共に戦う相棒として、わたしはこの武具を信頼している」
などとうそぶくゲイリー。おまえは力を与えられてるだけじゃないか、と内心で自分にツッコんでいた。
「お、おお……!」
訓練場に大きな歓声を上がった。ゲイリー・コールが鳴り響き、拍手がこだまする。
「さすがオリハルコン、人を選ぶのか!」
「選ばれる勇者ゲイリーもさすがだ!」
「オレもいつか、オリハルコンに選ばれるような戦士になりたいぜ!」
勝手に良いほうへと解釈してくれる彼らには感謝しかない。
ゲイリーはこの勝負に勝つ算段が二つあった。
一つはナックルの技が魔術ではなかったことだ。オリハルコンは魔力および魔術の効果を飛躍的に高めるが、純粋な武器としての攻撃力は上がらない。硬く軽い特性を活かした切れる剣としては最上ではあるが、打撃力の点では持ち主の筋力に依存される。ゆえにナックルの【瞬間火力百倍】といえど、打撃技である以上、ゲイリーの鎧に傷一つつけることはできないのだ。
第二に、そういったオリハルコンの特性が世間には知られていない点だ。知らないのだから、ナックルの技がオリハルコンの力を得られなかったように思われても仕方がない。希少すぎるゆえに伝承・伝説ばかりが広まり、『オリハルコンは万能』のように語り継がれているのがゲイリーのハッタリに真実味を帯びさせたのだ。
以上、二点をゲイリーはうまく活用し、場を切り抜けたのだった。ちなみに小瓶が無事だったのは【絶対防壁】魔術のおかげもあるが、もっと悪どいことに爆発の瞬間だけ手で包み込んでいたからだ。
盛り上がる兵士たちに背を向け、ゲイリーは内心の安堵とドキドキを悟られないように立ち去った。
今回のウンチく
ナックル・デカタール……ペーパの新米兵士。戦神バルバトルの祝福を受けた戦闘マニア。今回の件で周囲からの目が厳しくなったが、それをバネに成長する。後に『百壊のナックル』と呼ばれる。