43 Suddenly I'm up on top of the world
ペーパ城塞都市の豊穣神教会で、結婚式が行われていた。
斡旋所勤務のアナベルは純白のドレスを身につけ、伴侶とともに誓いの言葉を述べた。
参列者の多くは斡旋所に所属の冒険者を自称する日雇い労働者で、年若い男性ほど祝福に熱はなく、年若い女性ほど祝福に熱がこもっていた。
式はつつがなく終わり、新しい夫婦は笑顔で参列者に手を振った。
同じころ、芸術家ゲイリー・シナモンはペーパをあとにしていた。
彼は様々な芸術を知る旅の中途である。たまたまペーパには長居したが、知己との別れが切れ目となり、本来の道に戻ったのだった。
オーズマリー本邸の一室では、本家に戻ったツージー・Oが先輩メイドの指導のもと忙しく働いている。
ときおり窓の外を見ては、遠くにいる『お嬢様』を想うのだった。
その表情は、館の主人と同じものであった。こぼれるため息も、同じである。
ジーベン・ブラッド侯爵は領主としての仕事の合間に、剣技に磨きをかけていた。新たな赤玉鋼製鎧を纏い、気迫のこもった鍛錬を続ける。領民のために、そして、勇者ゲイリーを超えるために。
情報屋ジョー・ホゥは王城の一室にいた。情報を高く売るに最上の客を選んだ結果だ。
ジョーの作り笑顔を目にして、部屋の主キベン国第一王女は面倒くさそうに第一声を投げつけた。
「今度はなに?」
「カク・ユウゴが皇帝になりやす」
ジョーは恭しく頭を下げて簡潔に答えた。
「帝国の内乱が終結したの?」
キベン国の東に位置する帝国は、20年にわたり内乱状態であった。キベンにも援助や同盟を持ちかける豪族がいたが、キベンは一切干渉しなかった。目まぐるしく情勢が変化していたからである。
「時間の問題ですかね。ほぼ決まりでしょう」
「ほぼ? いいかげんな情報はいらないわ」
「睨まないでくださいよ。常に最悪を想定する殿下以外に、こんな話を持ってきやしませんよ」
「……まあ、いいわ。それを真実とするなら、弟のカク・ブンレツは大元帥といったところかしら」
「御明察。ついでにカク・ユウゴの双子の息子、カク・ナイジは右将軍、カク・ガイジは左将軍になるようで」
「流血の絶えない帝国になりそうね。それにしても、一武門の豪族が数年で皇帝とは出世が過ぎる。で、その秘密を売りにきたと」
「慧眼の至りです」
ニヤリとするジョーの背後に、アリスが音もなく近づいた。
「公務中だがすまない。こいつムカつくんだが、殺しちゃダメか? ガマンならん」
「情報がクソだったらやっていいわ。でも、計算のうちでしょうから、今日は無事に帰れるでしょうね」
「チッ」アリスは舌打ちして数歩下がった。
「信頼と実績は売っておくものですなぁ。……カク家の家臣に、異才がいるそうです」
「異才? 優れた軍略家がついたと?」
「いえ、キベン流に言えば『勇者』です」
「勇者!? ゲイリーやディーネのような!?」
ナンシーは驚き、身を乗り出した。
「一人で五千の軍勢を破ったとも聞いておりやす。装備の外見はオリハルコンやミスリルとは色彩が異なり、濃い灰色だそうです。ブラッド侯爵の金属に次ぐ第4の神貴石ですかね」
「第4の勇者……。それは、たしかに面倒な話ね……」
「以上ですが、どうでしょうかねぇ?」
ナンシーは考えに浸りながら、無言で机の引き出しから小袋を鷲掴みにしてジョーに投げた。アリスが見たところ5つはあった。
「こんなにですかい? こりゃあ……」
「探ってきなさい」
睨みつけられ、たじろぐジョーだが、この結果も予測の範囲内であった。
「……へいへい、承知いたしやした」
不承ぶしょうを装い、彼はカバンに小袋を詰めた。
「連絡員を数名つけるわ。報告はこまめに。誤情報が混ざっても構わないから、とにかくありったけ送りなさい。精査は私がする」
「ご期待に添えるよう、尽力いたしやす。ただ、言わせていただけるなら、勇者の数ではキベンのほうが有利だと思うんですがね」
「今はそうね」
「……なんです? 含みがありやすね? まさかゲイリーとディーネ嬢の勇者引退はないですよね?」
「それはないわ。したくてもさせないし」
二人の勇者を思い出し、気が緩んでナンシーは笑った。
「教えてくださいよ。気になるじゃないですか」
本気で訊ねてくる情報屋に、ナンシーはまた可笑しくなった。
「この情報、いくらで買う?」
「殿下ぁ……」
ジョーは情けない声を出した。
キベン国の南には大海が広がってる。
最南端の岬に、勇者が二人立っていた。
「あの島だな」
『玉金勇者』ゲイリーは遠方の山のような島を見つめたままつぶやいた。
「あそこに……いえ、あの島自体が相手なのね」
『魔銀騎士』ディーネ・オーズマリーが唾を飲み込む。かつてあれほど巨大な敵を相手にしたことはない。
これまでキベン国は、他国の侵入を海からだけは許したことがない。それはひとえに、彼らが目にしている光景のおかげでもある。
「海竜神リヴァイアサン。まさかアレと戦うとは思わなかったわ」
「ナンシー殿下の口車に乗せられたかんはあるが、一つの方法としては試す価値がある」
「あれは面白がってるだけよ!」
ディーネは憤慨した。ゲイリーとディーネの居場所がないとわかると、王女は突拍子もないことを言い出した。曰く、「場所がないなら作ればいいのよ。例えば、新しい国を作るとか。ちょうど開拓に向いた島もあるし、やってみなさいよ。うまくいったらキベンと友好条約を結んで、二人は外交使節としてペーパあたりに大使館を建てて住めばいいわ」と。
「ならばやめるか? このまま大陸を超えるという手もある」
「……それはさすがにね。キベンに愛着もあるし、家族もいるし。第一、勇者をやめるなんてできない」
ディーネの言葉をゲイリーは嬉しく思った。まったく同感だった。何のために勇者となったのか、その原点を忘れてはならないのだ。
オリハルコンの手が、ミスリルの手を掴む。熱は伝わらないが、想いは伝わる気がした。
しばらく浸った後、ディーネは急に気恥ずかしくなった。
「と、ところで! 二人のときは勇者口調やめてってばっ」
「い、いや、これは職業病だからっ。勇者でいるときはこの癖をつけておかないと、いざって時に困る」
「わかるけどぉ……。もう」
ディーネは兜の下で膨れた。
「で、では、行こうか、勇者ディーネ」
「ええ、行きましょう、勇者ゲイリー」
二人は岬から飛び立った。
新しい未来を拓くために。
勇者の道は、長く、遠く、続く。
そのころ。
聖光神官ホリィは御聖水の在庫が尽きてのたくっていた。
『黄金まみれのクソ勇者 〈未完〉』
今回のウンチく
リヴァイアサン……『とぐろを巻くもの』。想定は10キロメートルの海蛇型。
ご愛読ありがとうございました
広科先生の次回作にご期待ください
※コミックス全6巻発売は永遠にありません




