3 オリハルコン勇者とミスリル騎士
オリハルコンとはゴッドーイ世界でもっとも硬く軽い金属である。通常は黄金色であるが、魔力を帯びると虹色の輝きを放つ。玉虫色を彷彿させる光彩から一部の地域では『玉金』とも呼ばれている。
オリハルコンは単体として世界には存在しておらず、昔は神によってのみもたらされる金属とされていた。由縁は鉱山ではなく神殿でいつの間にか発見される不可思議な物であったからだ。
時が過ぎ、解析がされるとオリハルコンは錬金術により産みだせることが判明する。しかし、その製法は極々一部の者しか知らない。
さらに加工にも『エルフの竜炎炉』という大がかりな装置が必要とされ、希少価値の高さからオリハルコン製品は超高額で取引されている。
黄金勇者ゲイリーの武具は、すべてがオリハルコンであった。彼が自分を『歩くマジック・アイテム』と称する所以である。
そのオリハルコンにも匹敵する金属がミスリルだ。ミスリルは通常、銀色であるが、魔力がそそがれると白く発光する。能力的にも万能なオリハルコンに引けを取らないが、ミスリルには精霊属性的にやや尖った面があった。
城塞都市ペーパには今、二人の勇者がいる。オリハルコンを纏う『黄金勇者』ゲイリーと、『魔銀騎士』ディーネ・オーズマリーである。
「お、おい、あれディーネ様じゃないか?」
市場の一角で銀の鎧に身を包んだ若い女戦士を見つけ、市民の一人が驚いた。彼女もまた、この国の英雄である。先ごろ北方領に現れた氷竜を一人で退治したとの噂が届いたばかりだった。それがなぜか南方に位置するペーパにいる。どんな早馬を使ってもありえない速さだった。
「あっちには黄金のゲイリー様がいるぞ!」
反対の道からはゲイリーが悠然と歩いてきていた。
「二人の勇者そろい踏みだ!」
市民たちは接近する二人の動向を見守り、はやしたて、打ち震え、失神し、盛り上がった。
二人の足が止まる。視線はたがいの顔に向いていた。
「……氷竜を斃したそうだな」
第一声はゲイリーからだった。
「そっちは闇神官の軍勢を撃退したそうね」
ディーネは口もとに皮肉のような笑みを浮かべた。フェイス・マスクのおかげで口もとしか見えないので、目でも笑っているのかは確認できなかった。
「おお、さすが終生のライバル……。緊張感が漂ってる……」
周囲からは唾を飲む音がそこかしこで起きていた。
「怪我がなくて何よりだ」
「そっちこそ無傷なんでしょ? 楽勝だったとでも言いたいのかしらね」
「楽と言えば楽だったな」
「こっちもよ。あんなの大したことなかったわ」
「さすがだな。では」
「ええ、それじゃ」
二人は互いに半歩ずつ右にずれ、すれ違った。最後に視線がぶつかったが、何も言わなかった。
「ぷっはぁ……。すげぇ張り詰めた空気だった……」
「やっぱ二人揃うと違うなぁ」
「しかし、あの二人、なんであんなに仲が悪いんだ?」
「勇者のプライドだろ? どっちが上か、気にならないわけがない」
離れていく二人を見比べながら市民たちは憶測を飛ばし合った。
さて、ここでもう一度、ゲイリーの言動を振り返ってみよう。
ゲイリーもディーネも市場へと来たのは単なる買い物で、遭遇することは予想もしていなかった。
が、市場がにわかに活気づき、互いの存在を知ることとなる。二人は勇者として市民の期待に答えないわけにはいかなかった。
ああ、どうしよう。ゲイリーは重い足取りで少しでも時間を稼いで歩いた。彼は常々、自分を勇者の器とは思っていなかった。『歩くマジック・アイテム』は伊達ではないのだ。それゆえに、本物の勇者たる魔銀騎士ディーネ・オーズマリーを尊敬していた。自分よりも若く、貴族出身で、正真正銘の騎士称号を持っている強く気高く美しい女性と、自分のような平民出の無才人が同等のように思われているのが申し訳なく感じていた。
ゲイリーは必死にあいさつを考えた。そうだ、彼女は氷竜を退治してきたそうじゃないか。怪我もないようだし、そのへんをうまく褒めて終わりにしよう。
その一声が「氷竜を斃したそうだな」という挨拶もない、上から投げかけるようになったのには理由があった。『勇者』を演じる癖がディーネと初対面のときについ出てしまい、それ以降もこうして演じ続けているのだった。人間的にディーネに劣るのを自覚しているだけに、ゲイリーは未だに後悔しており、申し訳なくてまともに顔も見られない有様だった。フル・フェイスのヘルメットはそんな彼の表情を隠すのにとても役立っている。今も彼の目は彼女の顔ではなく、銀兜の額に輝くオーズマリー家の紋章に一点集中だった。
「闇神官の軍勢を撃退したそうね」
ディーネがそういうと、ゲイリーは心が弾んだ。あの英雄中の英雄、竜殺しのディーネ・オーズマリーが自分の活躍を知ってくれている。中身が小市民な勇者は、単純に喜び、顔を赤くした。もちろん、ヘルメットによって外部にはわからない。
「(いや、自分のことよりもディーネさんに)怪我がなくて(本当に)何よりだ(でした)」
ゲイリーにとってはそちらのほうが重要だった。自分のようなエセ勇者はどうなろうが世界には関係ないが、本物の勇者たる彼女は無事でいてもらわなければならない――という体面もあるが、個人的にただ無事でいてくれて心からよかったと思っている。
「そっちこそ無傷なんでしょ? 楽勝だったとでも言いたいのかしらね」
「楽と言えば楽だったな」
ゲイリーは思い出す。多くの兵士が陽動をかけてくれたり、背後や上空の敵に援護射撃をしてくれたりと、戦いやすい環境を作ってくれたおかげで大いに楽ができた。戦場の勝利は全員の力である。それに対してディーネはたった一人で氷竜を斃したのだ。自分とは比較にならないほどの活躍である。それを「あんなの大したことなかったわ」と言い切るあたりが器の差というものだろう。
感動で「さすがだなぁ」としか言えず、これ以上は何を話していいのかわからず「では」と打ち切ってしまった。本当はもっと話していたかったし、勇者に憧れる一人としていろいろな質問もしたかった。だが彼女がそれを望まないのは不機嫌な様子なのが物語っている。勇者としての栄誉を独り占めできる能力を持ちながら、こんな『歩くマジック・アイテム』と対等に扱われているのだからそれも当然だろう。もちろん彼女はゲイリーがそんなものであるのを知るよしもないので、単なる彼の被害妄想なのだが。
「それじゃ」
と、すれ違うディーネと一瞬だけ目が合った。ゲイリーは気恥ずかしさにすぐに正面に向き直った。が、マスク越しに見えた彼女の碧眼の美しさに彼は感動していた。今日はいい日だ!と胸を躍らせるくらいに。
遠ざかった黄金の背中を、一度だけディーネは振り返って探した。人ごみに消え、すでに見えない。
冒険譚を聴こうと群がる市民たちに、魔銀騎士は「すまない」と言って【超跳躍】で屋根を渡って町はずれに消えた。
彼女は周囲に誰もいないのを確認すると、白銀の兜を脱ぎ、一息ついた。
勇者ディーネが氷竜退治から短時間でペーパに戻れたのは【超速飛行】魔術のおかげであり、その理由はただ一つ、憧れの人がこの町にいたからだ。
「……緊張したけど、いっぱい話せた」
ディーネ・オーズマリーは勇者ゲイリーの大ファンだった。
今回のウンチく
オリハルコン……通常は黄金色。魔力を帯びると虹色の輝きを放つ。その玉虫色の光彩から『玉金』とも呼ばれている。
ミスリル……通常は銀色。魔力を帯びると白く発光する。
精霊属性……ゴッドーイ世界では万物は精霊の加護を受けており、光闇地水火風の6属性に大別される。
オリハルコンとミスリルの精霊属性……比較であえて精霊属性を5段階評価にすると、オリハルコンはオール4、ミスリルは光・水・風が5でそれ以外の闇・火・地が3となっている。