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黄金まみれのクソ勇者  作者: 広科雲


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21 情報屋ジョー

 城塞都市ペーパの守備兵団参謀の一人ザバックは、執務室で苦虫を噛み潰していた。

「ぬぬぅ、またしてもゲイリーか! 勇者ばかりがもてはやされおって!」

 民間の巻紙ニュース紙を破り、丸めて壁に投げつける。そのメイン記事は降霊祭で勇者が魔軍を打ち破り、聖水シャワーで町周辺を清めたものだった。

 腹だしいが、ザバックも認めざるを得ない。彼らはたった三人でアンデッドの群れを撃退したのだ。それも、アンデッドの毒で汚染されかけた大地まで浄化してみせた。それは兵団では決してできなかった偉業であった。

 だが。

「だからといって兵団がないがしろにされていいものか! 『勇者がいれば兵士はいらない』『数だけの役立たず』『無駄飯ぐらいの税金泥棒』『市民を威圧するしかできない無能集団』、なぜそんなそしりを受けねばならん!」

 ザバックが許せないのはそれであった。勇者が常人離れした存在で、多くの活躍をしているのは認める。市民にとっても国全体にとっても有益であるのは理解している。だが、だからといって兵団が貶められる謂れはないはずだ。勇者には勇者の、兵団には兵団の役目がある。ゲイリーが現れるまでペーパを守ってきたのは間違いなく兵団で、内外の問題を解決し、平和維持に尽くしてきたではないか。一部に横暴な兵士がいたのは認める。だが、それでも多くの兵士たちは日常を守るために粉骨砕身してきたではないか。それが勇者という大きな太陽が昇っただけで、兵団が影もの扱いにされていいのか。ザバックの勇者否定は、こうした兵団が軽んじられる風潮に起因している。

「もし兵団がなければどうなると思う? 外敵だけではない。町内の小さな犯罪から誰が守るのだ? 勇者がすべてやるのか? やれるのか? スリ、詐欺、ケンカなどの軽犯罪までぜんぶ、奴らが解決できるのか? 隊商の護衛、火事の消火、避難誘導、道案内、大小さまざまな治安維持を勇者ならぜんぶできるというのか? どうだ、言ってみよ!」

 ザバックははじめて正面の男を見据えた。自分で呼んでおいて、それまで放置していた。

「そうは言われましてもねぇ……」

 彼は帽子を脱ぎ、ボサボサの髪をかいた。若く、線の細い男だ。締まりのない顔をしており、やる気のなさを隠そうともしない。

「別に市民は本気で兵団をバカにしてるわけじゃないと思いますがね。兵団の治安活動には感謝してますって」

「キサマがいうと真実味にかけるわっ」

「なら訊かないでくださいよ。こちらもおだてるのは苦手なんで」

 彼がヘラヘラ笑うと、ザバックは相手にするのもバカバカしくなり鼻を鳴らした。

「……まぁいい。報告を聴こうか、情報屋」

 「へい」情報屋ジョーは外套の内ポケットから紙片を出した。

「ご要望の魔将軍ハーカインについてですが、まったくわかりやせんでした」

「なにぃ? 調査を頼んでどれだけ過ぎたと思っている!」

「まぁまぁ、そういわず聴いてくださいよ。ハーカインについてはわかりませんでした。が、その上については少々、小耳にはさんだことがありましてね」

「その上……まさか!?」

「ええ、そのまさかです。ハーカインの上、闇神官ネクラムですよ」

「ネクラムの何がわかったのだ!?」

 ザバックは立ち上がってジョーに詰め寄った。

「まずは特別報酬がいただきたいですなぁ。これだけの情報、国王陛下に持っていってもよかったんですよ?」

「何をバカな! 真偽もはっきりせん情報を持っていけば、キサマの首が飛ぶぞ!」

「御心配には及びません、閣下。わたしはこの情報、真と疑っておりやせん」

 ジョーはニヤリと笑った。

 ザバックは悪寒を覚えた。情報屋ジョーは、道化ものではあるがこの世界では並ぶもののない逸材であった。報酬は高いが情報の密度も精度も満足のいくものだった。だからこそザバックは彼を使うのである。

「……そこまで自信があるというのか」

「はい、閣下」

「閣下などと呼ぶな。わたしは情報をもとに成り上がりたいなどと思ってもおらん。もしそれが本当であれば、兵団長を通してムシュー閣下にキサマを紹介してやる。満足する褒賞が与えられるだろう」

「無欲ですなぁ、ザバック殿は」

 ジョーは肩をすくめた。その顔は呆れたものではなく、感心していた。

「身の丈というものがある。ついでに家族というものもな。欲にかられては大事を損なうと身に染みている」

「いいでしょう。真偽は疑っていやせんが、内容はまだ薄いものです。ここだけの話にしておきやしょう。まずはっきりさせておきたいのは、ネクラムは実在するってことです」

「!」

「そして、ネクラムはまごうことなく人間で、それも、この国の出身です」

「その証拠は?」

「あいにく、聞き取り調査と生まれた村の戸籍書だけでして」

「戸籍があるのか!?」

「ええ。ネクラムは偽名でも何でもありません。本名です。性はありません。ネクラム、男、87年生まれ20歳、黒髪、青眼」

「若いな……。だが、それだけではただ名前が同じだけという可能性もあるだろう?」

「現在、行方不明」

「証拠にならん」

「出身地はクーダ村」

「クーダ村……? あの、クーダ村か!?」

 ザバックはゾッとした。数年前の未解決事件が呼び起こされた。

「ええ、あの奇病が発生した村です。生存している住民すべてが当時の記憶を失くしていて、今もって原因不明。ただ、行方不明者が1名だけおりやして、それがネクラムです」

「では、クーダ村の奇病もネクラムの仕業だと?」

「そう考えるのが妥当ではないですかねぇ」

 ジョーはメモを内ポケットにしまった。口もとは笑っていたが、本当の表情は読めない。

「ちょっとクーダ村まで行ってみたんですがね、今では普通の村でしたよ。奇病などなかったように、穏やかな村でした。ネクラムの親類はもう誰もおらず、彼の人物像ははっきりしやせんでした。ただ、彼について聞きまわったところ、子供のころはずいぶんとおとなしい子だったそうですよ。いや、むしろ無気力といった印象ですな」

「無気力? そんな男が奇病など起こすか?」

「わたしのイメージですのでアテにはしないでくださいな。とまぁ、今はこれくらいですかね。ちなみに、ついでに闇神官ネクラムと当のネクラム氏に共通項がないか訊いてみたんでやすが、ネクラム氏に誰かを引率するのは無理だと全員が答えました。ましてや魔物を相手にできようもないと」

「だが、キサマはそのネクラムを疑っておるんだろ?」

「ええ、ほぼ真っ黒です。だからこそって思えるんすよね。捻くれてるもので」

 ジョーはニヤリとした。

「……調査は続けているんだろうな?」

「もちろんですよ。こんな美味しいネタ、追及せずに情報屋は名乗れませんよ」

「では引き続き頼む。……今回の報酬だ」

 ザバックは机の引き出しから小袋を出し、ジョーに投げた。

「金貨10枚!? こりゃあ、破格じゃないですかねぇ」

 芝居ではなくジョーは驚いて依頼主を見た。彼は、ザバックが金貨3枚も出せば今後もいい関係を築いていけると思っていた。その三倍以上は考えもしていなかった。

「それに見合う情報だ。当然、口止め料も入っている」

「やはり、独占なさるんで?」

 ジョーは多少のスリルを感じながら訊いた。

「いや、兵団長には話す。話が大きすぎるからな。ただ、確証がない以上、そこで止めておく。以後はキサマの働きしだいだ」

「はぁ……」

「不満そうだな? わたしが情報を独占しないのが意外かね?」

「いや、まぁ、美味い情報にはそれなりの価値がありやす。それを悪用……いえ、利用するのは何も悪いことではないと、思わないこともないので」

「さっきも言ったが、わたしには大望などない。町で平穏に暮らせればそれでいい。だからこそ平穏を乱すものは許さん」

「その望みのほうが世界征服より大望な気がしますがね。永の平穏なぞ、ありはしませんよ」

「そうだな。だが、わたしが生きている間くらいはあって欲しいものだ」

「……では、そのためにもう少し仕事をしますかね」

 ジョーは金貨袋を懐にしまい、帽子をかぶった。

「いや、待て。今日はもう一つ仕事を頼みたくて呼んだのだ」

「これ以上、働かせるつもりですかい?」

「料金は別で出す。ネクラムと同じくらい、いや今となってはそれ以上に秘密の多い者がいる。そいつの素性を洗ってもらいたい」

「ネクラムの部下ですかい?」

 ジョーは軽口で訊ねた。

「ヤツを野放しにはできん。いま一人はいい。素性が明らかだからな。だが、そいつは違う。いつの間にやら町に住みつき、市民の人気を得て、大きな顔でのさばっている。あいつのおかげで我らの評価は下がりっぱなしだ!」

 だんだんと感情をむき出しにするザバックに、さっきまでの平穏を望む男の姿はなかった。ジョーはなんとなく察し、苦笑いを浮かべる。

「そいつぁ、もしかして――」

「決まってるだろう、ゲイリーだ! なんとしてもヤツの素性を洗い、あいつが勇者などではないと市民に知らしめるのだ!」

「りょ、了解しやした……」

 なんとも大人げない、とはジョーは口にしなかった。




今回のウンチく

情報屋ジョー……フルネームはジョー・ホゥ。探偵業も行っており、実績と信用で貴族に雇われることが多い。ボロボロのトレンチコートと、ハンチング帽がトレードマーク。夏でもそれなので暑苦しい。内ポケットにはさまざまな道具と夢が詰まっている。メイン・ウェポンはトンファー。

兵団の仕事……外敵との戦闘が主だが、普段は町の警察・消防組織として働いている。消防に関しては町内21地区ごとに市民消防団がいるが、大きな災害時などでは兵団が指揮を執っている。任務によって外套の色やマークが変わり、胸元には必ず名前が刺繍されている。市民が兵士の名前を覚えることで、兵士の動向を兵団本部に報告しやすくしている。このおかげで兵士の蛮行は減り、緊張と責任をもって勤務に当たるようになった。発案はザバック。

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