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黄金まみれのクソ勇者  作者: 広科雲


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20/40

20 この蒼き月の下で聖なる雨を降らせたもう

 八月の半ば、年に一度だけ月が蒼く輝く日がある。キベン王国ではその日を『降霊の日』と呼んでいる。死んだ者が年に一度だけ現世に戻り、親しき者に語りかけて来るという伝承からはじまった日であった。

 王国中で降霊の日を祝う『降霊祭』が催され、それは最前線の城塞都市ペーパも例外ではなかった。

 領主より振る舞われる酒やご馳走に騒ぐのが通例だが、昨年はそれに追加された悪祭があった。

「今年もネクラムの悪霊たちがやって来るのでは?」

 町は祭りの楽しみよりも不安に包まれていた。昨年の降霊祭の夜、町を取り囲むように『不浄なるモノ(アンデッド)』の群れが現れた。勇者ゲイリーの活躍で亡者どもは退治されたが、一般兵には対抗手段が少なく、大勢の被害者を出した。ゲイリーがいなければどうなっていたか、思い出すと市民たちはゾッとする。

「なに、今年はディーネ様もいるんだ! 心配無用!」

 それは絶対的な信頼と安心であった。脅える市民たちも、二人の最強勇者の存在に顔を上げていく。

「それと、領主様は王都からも悪霊退治の専門家を呼んでいるらしいぞ」

「専門家?」

「何でも光神殿最強の悪魔祓い(エクソシスト)だそうだ」

 その噂の女性神官は、町を見下ろす城壁の上にいた。祭りの準備が進む町を眺め、人々の営みに喜びを感じていた。

「ホリィ殿」

 声をかけられ彼女は振り返る。黄金の鎧をまとった戦士がいた。

「ゲイリー様。お久しぶりです。その節はお世話になりました」

「いえ、今日はこちらが世話になる。ホリィ殿がいらしてくだされば町の安全は守られたも同然。ありがとうございます」

 勇者ゲイリーは心の底から感謝の言葉を述べた。ゲイリーも悪霊やアンデッドなどと戦うことはできるが、単体ならいざ知らず集団となると手こずる。そのせいで昨年は多くの被害を出してしまった。そのときの反省をもとに悪霊の集団と戦う魔術を覚えはしたが、実戦経験がないので不安は拭えなかった。

「はじめまして、ホリィ殿。わたしはディーネ・オーズマリーと申します。この度の御助力、まことに感謝いたします」

 ディーネは騎士の礼でホリィにあいさつした。

「はじめまして、ディーネ様。あなたさまの武勇はかねがね伺っております。こたびは共に手を携え、悪しきモノを打ち払いましょう」

 ホリィはほほえみ、光神イラートの印を切った。ディーネもホリィも貴族の出である。なんとなくだが親近感があった。

「では、早速だが作戦を話し合いたい」

 ゲイリーが切り出した。二人の女性はうなずき、町の地図を囲んだ。

 そもそも、今回の降霊祭にネクラムの悪霊がやってくる確証はない。来るとしてどのくらいの規模になるか、アンデッドだけであるか、それすら予測できるものではなかった。それでも三人の勇者は町を守るために神経を集中して作戦を立てていった。

 どのような敵・状況であろうと、一つだけ徹底していることがあった。ペーパ兵団は町外に出て戦わない、だ。町外の戦闘は勇者グループのみが行うと兵団には伝えてあった。

「夜の闇というだけで不利だものね」

「ああ。敵の戦力も把握しにくい。前回はそれで行動が後手後手に回ってしまった」

「今回は前線にわたしとあなただけだから動きやすいわね。ホリィ殿は壁上から敵の動向を教えてください。指示に従い、殲滅していきます」

「承知いたしました。通信水晶球を三者通話にしておきます。ですが、戦闘には参加しなくともよろしいのでしょうか?」

「ホリィ殿はとっておきの予備戦力です。わたしたちの手に余るようでしたらお願い致します」

「わかりました。お二人に光の神のご加護があらんことを」

 ホリィは二人のために印を切った。

 そうした準備が終わるころ、町からは祭りの開始を告げる花火が上がった。


 合図を待っていたように、南の平原が盛り上がっていった。小さなうねりがいくつも生まれ、土くれが立ち上がり人や獣を形作る。かと思えば森の奥ではうめき声が溢れ、死肉の塊が蠢いていた。

「来たな。今年は悪霊ではなく『不浄なるモノ(アンデッド)』がメインか」

 ゲイリーは剣を抜いた。オリハルコンが蒼月に輝く。

 アンデッドの群れはゆっくりと城壁に迫る。町の明るさや賑やかさに惹かれるかのように、もしくは妬むかのように。

「序盤はとにかく殲滅でいいわね? ホリィ殿、変化があれば連絡を」

「承知いたしました」

 ホリィの返事を聞き終わると同時に、ディーネは城壁を飛び降りた。闇を打ち破る魔銀ミスリルの刃が哀れな亡者を切り裂く。

 続いてゲイリーも戦地に降り、一直線に走った。あとには土に還ったアンデッドのラインが引かれていた。

 だが、今年のアンデッドは驚異的な再生能力を持っていた。本来、オリハルコンやミスリルによって浄化されるはずのアンデッドが、再び立ち上がったのである。

「耐性持ちか? それとも強力な死霊使いがいる?」

 ディーネは疑問を口にしつつも手を休めない。だが、敵の数は一向に減らなかった。

「【火炎弾】」

 ゲイリーは魔術攻撃を交えてみる。燃え尽きるまでに時間はかかるが活動は止まった。

「ふむ、魔術をメインにするとなると、少々厄介だな」

「そうね。魔力量が持つかどうか」

 本来、二人ともに魔術の素養は高くない。それぞれがオリハルコンとミスリルという魔力を増幅する媒体を身につけているため、威力が高いだけである。この増幅というのがミソで、容量じたいが増えているわけではない。つまり、弾数は常人のままなのだ。

「広範囲で撃ち切ればあるいは……」

 ゲイリーはその術を今日のために習得していた。しかし、練度が足りない。どれだけ撃てるものか自信はなかった。

「私にお任せください。浄化ならば本職です」

 ホリィの自信に満ちた声は、神々しささえ感じられた。

「……お任せしてよろしいか?」

「もちろんです。神が私をここへ遣わせたのは、このためなのですから」

 ホリィの言葉にゲイリーとディーネは撤退を決めた。壁上の神官と合流する。

「見渡す限りの堕ちた魂たち。光神イラートの名のもとに、すべて浄化いたしましょう」

 ホリィは手を前に突き出した。

「【聖光せいこう】」

 聖なる光が一点に落ち、音もなく膨らんでしぼんだ。半径2メートル内のアンデッドは消滅し、跡形もなかった。

「……これが本物のアンデッド特化の力なのね。わたしたちの魔術とは段違いだわ」

 ディーネは感嘆した。となりのゲイリーも同様だった。

 しかし、数が多すぎた。ホリィが最高級の悪魔祓い(エクソシスト)だとしても限界はある。町を覆いつくそうとする莫大な数を相手に勝てる道理はなかった。

 徐々に疲れを見せるホリィに、ゲイリーは先ほど自分がやろうとしたこと告げた。

「攻撃範囲をもっと広くしよう」

「そのぶん消費が激しくなるだけでしょう?」

 ディーネは賛同しなかった。が、ゲイリーは続けた。

「わたしとオーズマリーが力を貸せばいい。増幅器にならなれるであろう?」

 「え?」と顔を曇らせたディーネだが、すぐに思い当たった。

「ホリィ殿、わたしとゲイリーの手をお取りください」

「……え?」

 脂汗をかきはじめたホリィは、考えるよりも動いた。寄り掛かり、体を支えたいという衝動もあった。

「我らの装備が魔力を増幅する。最小の力でもかなりの威力が出るはず」

 ゲイリーに促され、半信半疑で最弱の【聖光】を放つ。直径20メートルの光が渦を巻いた。

「これは……、伝承にある神の灯! このような力、人の身で使うなどと……!」

 ホリィは感激よりも驚嘆した。

「人々を救うための力です。神はそのためにこそと、あなたに託したのです」

 詭弁をもいいところだが、ディーネの優先事項とホリィのそれは同じはずだった。ならばあながち間違ってはいないと思う。使ってはならないなら、その力の意義はなんなのか。

「……そうですね。これは人々を守る力。神に感謝いたします!」

 覚悟の決まった神官ほど怖いものはない。大きく息を吸い込んだかと思うと、力を乱打した。

「【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【聖光】【せいこぉ】ぃ……!」

 町を中心に、地上に光の花火が大輪を咲かせる。しかし一方で、【聖光】を連呼されているディーネとゲイリーは、顔を真っ赤にしてうつむいていた。なせかはわからない。

 とてもスッキリした顔になったホリィ。アンデッドの群れはすべて消滅していた。

「終わったか?」

 ゲイリーが身を乗り出して城壁下を確認する。アンデッドの影はない。が、地面がおかしい。

「どうしたの?」

 微動だにしないゲイリーに、ディーネも下を覗き込む。彼と同様、不穏さを感じた。

 二人は示し合わせて地面に降り、灯りを照らした。

「……土が腐っている」

「アンデッドの置き土産、ってところかしらね。本体は消えても、毒素はすでに土に浸み込んでいたのね」

 地面に青黒い斑点が広がっている。正常な土ではなかった。このまま放置すれば一日もせず周囲の土は腐り、作物は枯れ、水も汚染されるであろう。

 二人は壁上に戻りホリィに相談したが、彼女ももう限界だった。浄化するにも範囲が広すぎる。それに、一部を治している合間にまた汚染が広がるだろうことから、浄化するのならばまとめてすべてが原則である。

「数キロ四方にわたるような広域魔術、誰もできないわよ!?」

 ディーネは声を荒げた。

「聖水であれば、浸透している合間は汚染の拡大を止められるかもしれませんが、それにしても広すぎます」

 ホリィは案を出すが、こちらも実現不可能な話である。

「それだけの大量の聖水となると、集めようがない」

 今さらに新しいオリハルコンの鎧を作ったことを悔やんだ。そのために湯水のごとく聖水を使っていたからだ。もしそれがあれば、汚染をとめられたかもしれない。

 ディーネは考え、悩み、苦渋の表情を浮かべ、「あー、もうっ」と立ち上がった。

「ちょっと待ってて。今、ありったけ持ってくるから!」

 ディーネは町へ飛び立ち、五分ほどで戻ってきた。腕には樽が抱えられていた。人が二人は余裕で入れそうな大樽だった。

「……聖水よ。質もまぁ、いいと思うわ」

 赤い顔でそっぽを向きながらディーネは樽を叩いた。

「これ全部か!?」

「なんと……!」

 ゲイリーもホリィも驚いた。ホリィは樽の蓋を開けてさらにビックリしていた。

「まぁ、なんと見事な聖水……。以前、ゲイリー様からいただいた物と遜色ありません。……ああ、この味、甘美です」

「舐めるなぁ!」

 ディーネが味見するホリィに全力で静止をかけた。

「しかし、これだけの量、いったいどこから……?」

「どうでもいいでしょう!? ほら、さっさと片付けるわよ!」

 さらに真っ赤になりながらディーネは叫んだ。

「う、うむ。では、これを撒くわけだが……」

「多いと言っても全域をカバーできるほどではないわね」

「ですが、これだけ純度が高い聖水ならば、希釈してもかなりの効果が得られるでしょう」

 ホリィは樽に人差し指を入れ、もう一口舐めた。失った体力が戻っていくようだった。

「だから、なんで味見するの!? ……でも、薄めてもいいなら――」

「やりようはあるな。薄めて巻きあげ振りまくでいけるだろう」

「そうね。そのほうが早そうだわ」

「うすめてまきあげふりまく……?」

 ホリィは小首をかしげた。

「ここはお任せを、ホリィ殿。少々、下がっていてください」

 言われるまま距離を取り、ホリィは二人の勇者の動向を見守った。

「わたしが水を作る。オーズマリーには竜巻を頼んでよいか?」

「いいけど、そのオーズマリーってやめてもらえるかしら。こ、このまえはディーネって呼んだじゃないっ。それでいいわ」

「このまえ……?」

 「あ」ゲイリーはハッとした。先日、町で子供の救出を優先するように叫んだときだろう。たしかにとっさに「ディーネ」と呼んでいた。

「あれがわたしだとわかったのか?」

「当たり前でしょ? わたしに呼び捨てで指図できる男なんて、あなたくらいよ!」

「そ、そうか。では、改めてディーネ、風は任せる」

「ええ、任せて!」

 二人は兜越しに笑みを浮かべた。

 ゲイリーは魔術で水生成を発動し、オリハルコンの効果もあって数十メートルの水柱を打ち立てた。

 同時にディーネが竜巻を発生させ、樽の聖水とゲイリーの水柱を取り込んで天高く舞いあげる。

「もう一段階!」

「ええ!」

 二人はさらに力を込め、柱を、竜巻を大きくする。

 ペーパの住人は逆巻く水の竜巻を見て、災いではないかと脅えだした。だが、発生源にいる二人の勇者の姿を確認し、これは吉兆であると安堵した。ゲイリーとディーネを賛美する歓声が町にこだまする。

 竜巻は巻き上げた聖水を天空から振りまいていく。ディーネは風をコントロールして町を中心として遠くの地まで聖水を降らせた。

「この蒼き月の下で聖なる雨を降らせたもう。勇者よ、感謝いたします……」

 ホリィは膝をついて二人の勇者に祈った。

 大地は聖水シャワーで清められた。




今回のウンチく

【聖光】……光の魔術。ホーリー・ライトでもよかったのだが、なんとなく「せいこう」のほうがいい気がした。

不浄なるモノ(アンデッド)』……アンデッドは不死という意味だが、大別するのが面倒だったので闇系の似たようなモノをまとめてアンデッドと呼ぶ。

【竜巻】……竜巻でシャワーのような効果が出せるかは知らない。フィクションなので気にしちゃいけない。

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