2 勇者誕生秘話
未来の勇者ゲイリーは、幼いころは鍛冶師に憧れていた。父の背中を追ってのことである。
しかし子供の心は移ろいやすく、父の作った武具を纏う戦士たちに憧憬を抱くようになる。そして最強の戦士になれるように戦いの女神に毎朝毎夜祈り続けた。成人したときに神々から贈られる『祝福』を期待してだ。
16歳の誕生日――成人の日――に日付が変わると同時に、彼の意識は神の前に飛んだ。誰しもが経験することで、彼も何度となく大人たちから聞かされていたので不安はなかった。
そこで彼は女神の微笑みに迎えられた。
『ああ、これが戦いの女神なのか』と、想像以上の美しさと神々しさに彼は感動した。
「ようこそ、ゲイリー。この日をずっと待っていました」
「光栄です、バルバトル様。僕もずっとこの日を待っていました!」
少年は昂る気持ちをそのままに言葉にしていた。祈り、願い続けた戦神が今、目の前にいるのだ。
対して、女神のほうは固まり、目を見張っている。
「……私はバルバトルではありませんよ? 私はイレット」
「イレット……様? イレット様って――」
「はい、トイレの神です」
トイレの後の消臭芳香剤のような笑みを女神は浮かべた。
「なんで!?」
「あなたが毎日熱心に祈ってくれたからですよ」
「そんな、僕は毎日、戦の女神さまに『強くなれますように』って……」
「それ以上に真剣に、トイレに行くたびに祈っていたではありませんか。酷い下痢に悩まないようにと」
ゲイリーは幼少のころから緊張に弱く、腸はさらに弱く、ほぼ毎度、下痢便であった。そんな少年がトイレに行くたびに思わず神に祈りたくなるのも致し方がない。
「た、たしかに……! でも、それは――」
「あれほど真摯な祈りを毎朝毎夜聞かされては、トイレの女神としては応えないわけにもいきません。ああ、なんということでしょう! 私に人へ祝福を授けられる日が来るなんて思いもしませんでした! あなたが初めてです、ゲイリー。ありがとう、ありがとう! 私もようやく一人前の神になれました!」
「え、いや……」
次第に盛り上がる女神に、ゲイリーは口を挟むのがはばかれた。
「あなたには今まで寝かせてきた『力』のすべてを込めた『祝福』を与えましょう。……次の機会がいつになるかもわかりませんしね」
ボソッと暗い本音を漏らし、イレットはゲイリーを祝福した。
「さぁ、これであなたは今後トイレに悩まされることはありませんよ。一生の快便を保障いたします。さらにはビックリする新機能も搭載しておきました。存分に活用してくださいね!」
「新機能ってなんだよ!」
意味のわからなさについツッコミをいれてしまう。
「では、ごきげんよう、ゲイリー。あなたの未来に祝福を」
「人の話を――」
言い切る前に、イレットとの交信は切れた。
いろいろとモヤモヤしながら部屋を出る。外はもう明るい。あの短い邂逅の間に朝になっていたようだ。
両親はすでに居間にいた。息子が『祝福』を受ける日とあっては、期待せずにいられない。
「おはよう、ゲイリー。『祝福』はいただいたのかい?」
母親の好奇心に満ちた目をゲイリーは直視できなかった。
「も、もらえたよっ。願いどおりバルバトル様からっ。ただ、なんか大器晩成型の能力だとかで、もっと大きくならないと使えないとかなんとか……」
「おや、そうかい。それは残念だねぇ。でも、楽しみでもあるね。さ、ご飯にしましょう。そうそう、誕生日おめでとう、ゲイリー」
母親の優しい言葉に、ゲイリーは作った笑顔で「ありがとう」としか応えられなかった。
それから一時間もせずにゲイリーは『新機能』を目の当たりにする。
「な、なんじゃこりゃぁ!」
生まれて初めてといってよい快便のあとに残ったのは、黄金のウンコであった。
「どうすりゃいいんだよ、これ。こんな出所不明の金なんておいそれと使えないぞ。山にでも隠しておくしかないかな……。ああ、どうせなら快便だけでよかったのに!」
彼はこのことを誰にも言えず、半年後には日々溜まる黄金の廃棄処理に困って旅をする決断をした。
それが彼の勇者への第一歩であった。
今回のウンチく
黄金ウンコ……ゲイリーの便は純金となって出てくる。形は球形で、重さは排出される便の重量と同じである。ちなみに一日200gの排便があった場合、日本円で1g8000円とした場合でも日に160万円。一月30日なら4800万円。一年で5億7600万円が体内で生産されている計算となる。重量で換算すると72kgである。