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黄金まみれのクソ勇者  作者: 広科雲


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15/40

15 フル・アーマー・ゲイリー

 ゲイリーは暑さに目覚めた。気温と湿気に大汗をかいての起床に気分がすぐれなかった。きのうまでの温暖な日々と打って変わり、山のほうには雷雲も見える。

「今日はまず洗濯だな。それと買いだしに、斡旋所で採取依頼がないかの確認もしておくか……」

 勇者の公的休日も市民としてのゲイリーには関係がない。むしろ勇者活動でできなかったことを片付ける日であった。

「と、そのまえにあれをもう一度確認しておくか!」

 ゲイリーはニンマリとした。昨夜、ついに完成したのである。

 地下の勇者専用倉庫へ降り、灯りをつける。目に飛び込んだのは新しいオリハルコンの鎧であった。従来品よりも薄いがパーツ数は多く隙間が少ない。全身甲冑フル・プレート・メイルである。部分鎧としても使用可能で、必要に応じてパーツ補強できるように作っていた。材料の黄金と聖水集めに1年、製作3ヶ月の大作である。

 昨夜も試したが、我慢できずに大槌で思いきり殴りつける。傷一つ、へこみ一つない。むしろ叩いた手が痺れていた。

「さすがオリハルコン。この薄さでもまったく問題ない。前の鎧は勝手がわからず厚めにしたけど、これで充分だったんだな」

 「あとは動きだ」ゲイリーは鎧をばらし始めた。徹底的に磨いた曲面の芸術品は、手触りのよさも格別だった。

「そうだ、これだけ滑らかならアンダー・ウェアも薄くてよさそうだ。いや、どうせなら……」

 ゲイリーは周囲をうかがい、誰もいないのを確認する。いるわけがないのだが、彼の行為は絶対に他人には見せられなかった。

 まず服を脱ぎます。脱いだまま鎧を着けます。完成です。

「これぞフル・アーマーならぬ、フルチ――!」

 言いかけてゲイリーはやめた。テンションが上がり過ぎでアホになっている自覚があった。

「素晴らしい。曲面と磨き抜かれた鏡面処理が肌を傷めず、従来よりも断然軽いっ。全身鎧だけあって可動域に問題はあるが、目的によってパーツの選別をすれば充分使える」

 そもそもとして、全身鎧である必要性はまるでなかったのだ。急所さえ守れていれば、あとは魔術的防御でどうとでもなるからだ。そうと知っていて全身鎧を作ったのは、単なる趣味と興味である。他に理由があるとすれば、全身鎧のほうが『格好よく勇者っぽい』からであろうか。

「今度はオリハルコンのチェイン・メイルでも作ってみるか? 新しい剣も欲しいなぁ」

 裸鎧の青年の夢は広がる。

 ルルルルルル……。通信水晶球の呼び出し音が鳴った。

 反射的に取り、「ゲイリーだ」と応答する。休日の通信である。勇者への緊急通報であるのは間違いなかった。

『ゲイリー、街にいる? 西の空を見て。山のほうに大きな雷雲があるの』

「オーズマリーか。すぐ確認する」

 ゲイリーは水晶を耳に当てたまま地下室を飛び出した。西側の窓から空を見る。

「さっき見たときより大きくなっているな。……近づいている?」

『ええ。雷鳴鳥らいめいちょうの姿も確認してるわ』

「雷鳴鳥……」

 雷雲の中に住む魔鳥である。大きなものは翼長10メートルを超え、馬や牛、ときに人間さえも捕まえて食べる。高高度から雷を吐くため、退治は極めて難しい魔物である。

『兵団のほうから退治依頼が来たわ。わたしは先に行く』

「わたしもすぐに出る」

 通信を切るとゲイリーは地下へ戻り、剣と兜、盾を取った。これ以上の準備はないので転送魔術陣を経由して時計塔から西に向かって飛んだ。

 高度が上がると、空気が冷えてきた。それにしても普段よりもずいぶんと気温が低く感じる。そういえば――

「……中、着てない……」

 オリハルコンの鎧の下は一糸も纏っていない。とくに股間がスースーするし、ブラブラする。

「ヤバイ、彼女に見られたらいろんな意味でヤバイっ」

 いっそいったん帰ろうかと思ったが、現場は目の前だった。しかもディーネ・オーズマリーはすでに抗戦中である。

「だ、大丈夫か、オーズマリー?」

「意外と早かったわね。今、二羽目にかかるところよ。けっこうな数がいるわ」

「では、わたしは奥のほうからやるとしよう」

「待って。空中戦は死角が多すぎるわ。ここは互いをカバーしあって確実に数を減らすべきよ」

「そ、そうか? おまえなら単独でも余裕で戦えると思っているのだが」

 なんとかしてディーネと距離を取りたいゲイリーだが、なんとかしてゲイリーと距離を縮めたいディーネは照れながら安全策を推奨する。

「し、信頼してくれてるのは嬉しいけど、油断は禁物よ。わたしは雷鳴鳥との戦闘経験が少ないし、数も多い。いっしょのほうが助かるわ」

「……わかった。では、背中合わせということでいくぞ」

「ええ。背中は任せた!」

 ディーネは晴れやかな顔で手近な雷鳴鳥に迫った。一太刀で翼を狩るさまは、余裕に満ち溢れていた。

「どう見ても一人で戦えるよなぁ……」

 ボヤきながら、ゲイリーはディーネより上にも前にも出ないように注意しながら鳥退治に励んだ。

 10分ほどの戦闘で雷鳴鳥は全滅した。結局、互いの死角をカバーすることもなく、それぞれに狩っていた。雷鳴鳥の雷咆哮が通用しないのだから、余裕なのも当然である。

 ゲイリーは盾を腰のあたりに添えてディーネに寄った。フル・アーマーとはいえ、鎧には隙間がある。特に下半身はきわどい。

「お疲れ。わたしは少々急ぐので、先に行く」

「ええ、お疲れ様……て、鎧が新しくなってるわね」

「ん? ああ、新調した」

「新調!? オリハルコンの鎧を新調!?」

 ディーネは驚き、目を見張った。新調ということは作ったのである。オリハルコンの装備を作るのは、ほぼ不可能のはずだった。大量のオリハルコン、エルフの竜炎炉、名工ドワーフの知識と鍛冶技術、いずれも伝説級である。それらが揃ってさえ、望む形にするのは難しい。

「あ、いや、先日、未発見だった古代遺跡を見つけてな。その最深部にあったのだ。新調ではなく、新発見というべきだったな」

 ゲイリーは慌てて嘘を並べる。が、ディーネは安堵していた。その話のほうがよっぽど信憑性があるというものだ。

「なんだ、ビックリした。オリハルコンを生成する術でもあるのかと思った……」

「そ、そんなものがあったら世界がひっくり返るぞ」

「そうよね。オリハルコンだの、ミスリルだのが大量に作れたら世界が壊れそうだわ」

 ディーネの声は冗談をいうトーンではなかった。

 それに気付かず、ゲイリーは「それは恐ろしいな」と適当に相槌を打っていた。

「にしても、物凄い幸運よね。生涯で二度もオリハルコンの装備を手に入れるなんて。あやかりたいわ」

「いや、以前の装備があったらからこそ最深部へ行けたのだ」

「なるほど、そう考えれば順当なのかもね」

「さて、本当に急ぐので行く。兵団への報告は任せてもよいか?」

「ええ。来てくれて助かったわ。おかげで早めに片付いた」

「これこそわたしたちにしかできない仕事だからな。当然のことだ」

 ゲイリーは左手の盾を一切ブレさせずに遠ざかり、距離ができると全速力でその場を離れた。

「……ん? 今、謎の光が……」

 背を向けたゲイリーの下半身が一瞬光ったようにディーネには見えた。光る要素がなかったのに、謎の閃光が走ったのである。

「しかも何か揺れていたような……」

 ディーネは首をかしげるが、わからないままだった。

 ゲイリーはディーネの強い視線から逃げるように、玉金を輝かせ飛んでいった。




今回のウンチく

単位……距離の単位はメートル、重量はグラム。キベン国には独自の単位があるが、文章上ではわかりやすさを優先している。通貨に関しては金貨・銀貨・銅貨を基本とし、単位は枚とする。1金貨は100銀貨、1銀貨は100銅貨と等価。大金貨もあり、1大金貨は20金貨。

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