13 ゲイリーの不調
その朝、ゲイリーはここ数年忘れていた不快感で目覚めた。
「……なんだ、腹が痛い……」
昨夜食べた魚のせいだろうか? 思い当たるのはそれしかなかった。だが、それならば更なる疑問が浮かぶ。彼は成人の日以来、腹を壊したことがなかったのだ。
それはトイレの女神イレットから授かった『祝福』のおかげである。それまでの人生、常に下痢に悩まされていたゲイリーは、深い信仰によって助けられたはずだった。
「!」
などと考えている暇はなかった。ベッドから飛び起き、地下の秘密部屋に駆け込む。オリハルコンの便器桶にしゃがみこんだ瞬間、勢いよく排出された。
一息つき、桶を覗き込んだ。
「ぬぉ!」
久々に嗅ぐそれは、紛れもない尿の臭いだった。
そして肝心の便は砂金だった。
「固形化していない……? 下痢だからか? 液状じゃないのは常温じゃ融けないからか?」
そんな冷静な判断は、異常事態からの逃避が生み出していた。
「いや、待てまて。論点はそこじゃない。なぜ、急に腹を下すようになったのか、だ」
神の『祝福』を打ち破るほど酷い物を食べたのだろうか? それはない。きちんと火の通った魚だった。パンもスープもいつもと変わらない。他に変わった物も食べてはいない。
彼は考えつつ着替えをし、桶の砂金便を鉄壺にあけた。それを高火力窯にかけ、異臭とともに融解していく。ドロドロに溶けた黄金を四角型に流し込んで延板にした。よく冷ましたら金庫にしまい、汚れた桶を念入りに洗って作業終了だ。
「そうか、わかった。オレはなんとことを。この状況に慣れ過ぎ、つい忘れていた……」
ゲイリーは洗ったばかりの桶を机に置き、自身はひざまずいて手を組んだ。
「イレット様、我が身の不肖をお許しください。いただいた『祝福』の慣れに、祈りを忘れたもうたことをお許しください」
神から与えられる『祝福』は、信仰心の結果である。逆に言えば、信仰心がなければ神は『祝福』を与えはしない。ゲイリーの快便は『祝福』によるものであり、黄金の便はその副産物だ。ゆえに『祝福』の効果が薄れれば、彼はまた、以前の下痢ゲイリーに戻ってしまうのだ。
「黄金はともかく、快便だけは残してくださいっ。あの日々はもう嫌なんです! どうか、どうか、イレット様のご加護を!」
必死だった。特にここ数年の快便を知っているだけに、過去に戻りたくはなかった。
その願いが届いたのか、彼のお腹が光った。重く感じていた下腹部もスッキリとしている。
「イレット様、ありがとうございます。トイレの女神、清浄聖女、便姫神イレット様、今後も感謝と祈りを忘れません……!」
ゲイリーは固く手を握り、強く祈った。
後日、ゲイリーはディーネ・オーズマリーとともに周辺地域の巡回任務にあたった。
昼食前、ゲイリーは片膝をつき神への祈りをはじめた。
「……そんなに信心深かった?」
今まで見たことのない姿に、ディーネは思わず訊ねていた。
「祈りは大切だ。一度、祈りを忘れて『祝福』の力を失いかけた。この『祝福』なく、わたしは生きてはいけない。ゆえに神への感謝を忘れてはならない。失ってからでは遅いのだ」
鬼気迫るほど真剣に答えるゲイリーに、ディーネは唾を飲み込んだ。
「わ、わたしも感謝しておこうっと……」
この日からディーネも祈りを忘れなくなった。
今回のウンチく
『祝福』の消失……与えた神への信仰心を失くすと消失する。信仰を取り戻せば復活することもあるが、基本的に失うと二度と手に入らない。『祝福』がなくとも生活はできるし差別されることもないが、なんとなく肩身が狭く感じる。祈り方に決まった作法はなく、祈りを捧げる気持ちがこもっていればよい。成人前のゲイリーなどはトイレで唸りながら祈っていた。




