1 輝く勇者
その男は夕日を背に帰ってきた。
その男は虹色に輝いていた。
その男の手には折られた敵軍旗が握られていた。
その男は女神に愛された人間であった。
魔軍を打ち破り、勇者ゲイリーは南方最前線の城塞都市ペーパに凱旋した。
その身を包む武具は今は黄金色である。彼の武具はすべてが聖なる金属オリハルコンでできており、魔力を帯びることで玉虫色に変化する。
ペーパ第一の大門を潜ると、出迎えた市民から歓声が上がった。
「勇者様がまた魔軍を破ったぞ!」
「戦いの女神に祝福を受けた勇者様、万歳!」
「黄金勇者! 黄金勇者!」
勇者ゲイリーは手を振って応える。それだけでまた人々は熱狂の声を上げた。
しかし黄金の兜の下で、ゲイリーは苦笑いを浮かべていた。
その笑みは領主ムシュー公爵の前でも消えなかった。
侵攻して来る魔軍をほぼ単独で討伐した勇者を領主は褒めちぎった。過剰な賛辞は領主に留まらず、周囲の貴族も騎士たちも称賛を雨のように降らせる。
ゲイリーは下げた頭をますます床に近づけて、全力で引きつる笑顔を抑えなければならなかった。
彼の今の心情はこうだ。
やめてやめて、マジやめて。たしかに魔軍は撃退したけど、一人でできるわけないじゃん。最前線にいたのだって兵士がみんな逃げたからで、それでも後ろで援護射撃はしてくれたじゃないか。それになにより強いのはオレじゃなくて装備なんだよ! このオリハルコン装備があれば誰だって勇者になれるっての。あー、ホントなんでこんなことになったんだよ。そりゃ、戦の神様に願ってたよ? 強くなりたいって。けどそんなの思春期男子の当たり前の夢だろうが。勇者にだって憧れるに決まってるだろう。だけどこんな形で叶うなんて誰が思う? オレなんかただの歩くマジック・アイテムじゃないか!
勇者の中身はため息をついた。
「勇者殿、次の戦でも期待していますぞ」
領主はそう言って笑った。
ゲイリーは内心で頭を振りつつ、「ご期待に添えるよう、尽力いたします」と答礼して城をあとにした。この二年で作法だけは上達していた。
彼は城門から出るとすぐに【飛行】魔術を行使して、出待ちしていた群衆を置いて飛び去った。これ以上、人に囲まれるのは耐えがたかった。であれば領主のところなど行かずに戦場から直接離脱すればいいのだが、後が面倒だった。そんなことをすれば領主の顔を潰すだけではなく、反抗的・敵対的と思われる恐れがある。なまじ強いがため、味方ではないと疑われてはいつ討伐対象になるかわかったものではない。ゆえに彼は市民の味方で領主よりも下の立場であると知っていてもらう必要があった。彼はあくまで小市民のつもりでいる。
逃げだした先は町の中心にそびえたつ巨大な時計塔だった。鐘のそばにこっそり仕掛けてある【転送魔法陣】を使い、町はずれの自宅へと転移する。
小さな家だが頑丈な地下室があり、勇者ゲイリーの装備や道具はすべてそこに収めていた。地下室から地上階へ上がると、市民としてのゲイリー宅だ。
地下室で鎧を外し、一息つく。オリハルコンの鎧も疲れているのか、静寂を保っていた。
「お疲れ様。黄金装備がいなきゃ、オレなんか大して強くないのにな」
ゲイリーはボヤいた。実際、彼の剣術は並の兵士とほとんど変わらない。魔軍との戦闘で経験は積んでいるが、装備が強すぎて練習にもならないのである。人々が噂する「その黄金剣の一振りは百の魔獣を屠る」は誇張ではない。
魔術にしてもそうだ。魔術を習得したのは彼自身ではあるが、威力が大きいのはオリハルコンの特性の一つ、魔力増幅効果によるものであって、当人の魔術素養は人並だった。「つまりはすべてが女神のご加護……いや、『祝福』によるものなんだよな」
またため息が出た。
剣と魔法の世界ゴッドーイには数多の神が存在する。世界を創った主神ハージ・マーリやタマネギの神メニシミルなど大小合わせて八百万以上いるとされている。そのほとんどが人々の信仰により生まれた付喪神だが、生まれた神は『力』を持っていた。
この世界の住人は、成人したときにもっとも信仰の深かった神から『力』の一端を授かる。それが『祝福』である。
『祝福』は千差万別で、形がある物やない物、作用を強めるものや弱めるもの、一瞬であったり永続であったりする。一般的に『祝福』を受けるまでの年月に費やされた祈りの質と量に比例するといわれている。
ゲイリーもまた、成人と同時に『祝福』を受けた。
「あ、きた……!」
ゲイリーは身震いし、周囲に誰もいないのを確認すると桶を持ち出した。
「ふぅ」と、ひとときの安らぎを感じると、彼はおもむろに桶の中へと視線を移す。
そこには立派な便が――いや、金があった。
彼が『祝福』を受けたのは、トイレの女神イレットであった。
今回のウンチく
ゲイリーのトイレ……お尻が汚れないので紙もヘラもいらない。便利。便だけに。