第十八章 太陽に近い場所 7
クレアが操縦室に向かうと同時に、レインとすれ違った。
「クレアさん、僕、下に行ってきます。ママに会いに。」
「ああ、行っておいで、後から行くから。」
「はい。」
レインの笑顔をみて、クレアはこころが満たされていくのを感じた。
操縦室に入ると、グリーンエメラルダ号がみえるガラス窓を背にもたれて、うなだれているロブの姿が目に入った。
「相も変わらない様子で、何よりだな。」
「変わらないってことが良いことなのですか、クレアさん。」
「こころが痛むか。あの頃と変わらないレテシアにあわせる顔がないのか。
お前はちっとも成長してない。それでどうやってレインが成長できるというんだよ。」
ロブは顔を上に向け、右腕で目頭を押さえた。
「あのさ、上級生が下級生を説教しているんじゃないんだから。」
クレアは息を深く吸った。
「レテシアに、会って来いよ!この馬鹿野郎!!」
それでも動こうとしないロブは、左手で胸を押さえた。
「会いたくないわけじゃない。」
「じゃ、言ってやるよ!まだ、愛されている事を知りたくないんだろう。
自分がひどいことしたのに、レテシアは・・・。」
「それ、以上言わないでください、クレアさん。」
「情けないな。女の愛し方を教えなかったゴメスのおやっさんを恨むしかないのか。」
「そ、そんな言い方。」
「オンナっていう生き物は、惚れたオトコのためなら、何でもしたいって。それはどんなことでもだよ。
後悔しない、いまのうちに、会っておくんだ。これ以上は言わないから。」
クレアは操縦室の入り口に立ったまま話をしていて、後ろを振り返った。
クレアは足音を鳴らしながら、そして、壁を拳で叩き込んでいなくなった。
ロブはビクッと身構えたが、右腕を振り払って、背を滑らせて、座り込んだ。
「俺のやったことが間違っているって認めたくないんだ。オトコなんて、嫌な生き物だって、あなたが一番わかっているでしょう、クレアさん。」
ジリアンは、帰還するとき、レテシアが乗っていたひまわりを誰が操縦していたのだろうと気にしていた。
自分で操縦する分には回転飛行だと酔うことはないと思ったが、操縦しない場合の同乗ではかなり悪酔いするのではないかと思ったからだ。
いつかきっと、レインがレテシアのように回転飛行をしたいと言い出すに違いないとジリアンは考えていた。
どこまで制止することができるだろうか。自分自身が出来ないといえば、レインは諦めるだろうか。
ロブが許さないだろうと考えながら、ジリアンは、カスターたちがいるところへ向かった。
レインがカスターの横に立つと、その後ろにジリアンが間に合った。
レテシアは、歓喜の気持ちを抑えこんで、屈託のない笑顔で首をかしげて、レインを見つめていた。
「レインなのね。会いたかったわ。わたしがレテシアよ。」
両手を広げて、レインが来るのを待っていたが、レインは行かなかった。
その様子を寂しく思ったが、羽が生えたように、軽くジャンプをして、レインに近づいた。
レインの驚いている姿を確認しないままに、レテシアはレインを抱きしめた。
「もう、恥ずかしがり屋さんはパパにそっくりね。」
レテシアは涙をこらえて、唇を噛んだ。
ジリアンはレテシアの顔を真正面みえていたので、唇を噛む様子が理解できた。
レテシアはレインを抱きしめたあと、ジリアンを見つめて、レインを抱いていたのを離し、ジリアンを抱きしめた。
「ジル、こんなに大きくなって、フレッドが見たらなんて言ったでしょう。」
ジリアンはレテシアに抱きしめられるとは想像もしてなかったので、驚いていた。
レイン自身も、すぐ離されるとは思っていなかったので、驚いていた。
レテシアはジリアンの顔を間近でみるようにしてみつめて、涙をこぼした。
その様子を見られないように、ジリアンとレインを抱き寄せて、両手で二人を抱きしめた。
顔をうつむかせて、涙をこぼしきってしまおうとしていた。
「泣いてもいいんだよ、レテシア。」
その声に聞き覚えがあって、レテシアは顔を上げた。
そこに、クレアが立っていた。
「待ち望んだ、子の対面だろ。誰が非難するんだよ。」
「ク、クレアさん。」
目から大粒の涙がこぼれ、鼻水も出てきた。
レテシアがジリアンとレインを離して、クレアに近づこうとすると、クレアはポケットからティッシュを取り出し、レテシアの鼻を拭いた。
「いつまでも、変わらないな。大きな子供みたいだ。」
「嫌だわ、クレアさん。わたしはもう三十・・・。」
「それ以上は言わない。」
クレアはレテシアの口に手を当てて塞いだ。
クレアはレテシアの頬を両手で押さえ込み、接吻をした。
驚いたのはレテシアばかりでなく、周囲にいてその光景をみたものがそうだった。
「ええええ!!}
クレアは唇をレテシアの唇から離すと、耳元にもっていき囁いた。
「わたしに何かあったら、レインとジリアンを頼むよ。ロブじゃ面倒見切れない。」
クレアがレテシアに接吻したのは、気持ちを切り替えさせて囁いた言葉を受け入れさせるためだった。
その言葉にレテシアは驚いたが、クレアの顔が笑顔なので、聞いた内容を周囲に悟られないように、レテシアは照れて見せた。
「嫌だわ、クレアさんったら。接吻はお休みの時の挨拶だけなのに。」
そう言いながらも、レテシアはクレアの言った言葉を理解しかねていた。
そして、思った。
(死を覚悟しているというの?なぜ?)