第十八章 太陽に近い場所 5
「何年ぶりかな、小僧は大きくなったか。」
グリーンエメラルダ号のハートランド艦長は、接着後そう言って、挨拶した。
「あなたにとって、ここには小僧が何人もいると思いますがね。」
ディゴがカスターのヘッドセットを奪って、返答した。
「その声はディゴだな。体がでかいばかりの男ではなくなっただろう。」
「ええ、そうですよ。俺もようやく一児の父親になりました。
ご無沙汰してます。ハートランド艦長。このたびの要請にこたえてくださり感謝してます。」
その言葉を述べるのは、ディゴじゃなくてロブだろうと思いながら、SAFを見つめていた。
スカイエンジェルフィッシュ号通称SAFは、グリーンエメラルダ号に接着した。
飛行しながらグリーンオイルを生産できる機能を持ち合わせたタンカーであるグリーンエメラルダ号は、機体の前半部分にタンクがあり、後半部分に空挺部分がある。
タンク部分の横脇にSAFは接着したかたちとなり、グリーンエメラルダ号の操縦室から、SAFの操縦室が斜め前方に見えていた。
「おやじさん、操縦室に子供が入っていったが、あれがレテシアの子だね。」
グリーンエメラルダ号の操縦室には艦長のほか、クルーがいて、レテシアにとって幼馴染のような存在であるルディ=アルドラー少尉が通信士と任務についていて、艦長の事をおやじさんと呼んでいた。
「レテシアにそっくりだと聞いていたが、俺の目は曇ってないな。」
「あはは、耄碌してもおかしくないが、その様子はないだろう。」
「いやぁ、耄碌したなって思うぞ。泣き虫小僧の顔が見たいと思うなんてな。」
ルディは鼻で笑った。
自分の娘のようにかわいがってきたレテシアの子であるレインに会いたいと思うのは普通だろう。
それを口にしなかったのは、レテシアのためでもあった。
一番会いたがっているのはレテシアだとわかっているからだ。
「ディゴ、後を頼む。俺は給油の準備をしてくる。」
「ああ、給油なら、僕が行くよ。」
「逃げるなよ、ロブ。ここにいて、自分の責任を果たせよ。キャスと俺が行く。」
ディゴはヘッドセットをおいて、カスターを引っ張った。
「じゃ、僕がキャスの代わりをするよ。」
レインがカスターの席に着いた。
ディゴとカスターがいなくなってから、ロブは後方をみって、グリーンエメラルダ号の操縦室が見えるのを確かめた。
「レイン、ヘッドセットをつけながら、あっちのほうを向いて、立っているんだ。」
ロブは、グリーンエメラルダ号の操縦室の方を指差した。
「え、どうして?」
「いいから。」
レインはロブの言う事を理解できないままに、いわれたとおりにした。
向いた方向にグリーンエメラルダ号の操縦室が見えるのを理解した。
そちらから、ルディが手を振っていた。
「おお。君がレテシアの子、レインかい。」
ヘッドセットから聞こえてくる声に驚きを隠せなかったが、レインは返答した。
「ええ、そうです。レイン=スタンドフィールドです。どなたですか。」
「俺は、グリーンエメラルダ号の通信士で少尉のルディ=アルドラーだ。話はいつもいろんなとこで聞いてたけど、噂どおりだな。」
その言葉で頭によぎったのは、レテシアと瓜二つという表現だった。
「君には一度あったことがあるんだ。赤ん坊のころだけどな。」
レインはただ、苦笑いするしかできなかった。
ルディがスイッチを入れ替えた。
「坊主、いまでもよく泣くのか。」
低い声が聞こえてきて、レインはすこし怖がって驚いて見せた。
ロブは首をかしげながら、「最初の一言はそれかよ。」と独り言をつぶやいた。
「あの、僕は確かによく泣いてましたけど、今は大丈夫ですよ。」
精一杯に言った言葉だった。
「あはは、そうだな。あれから成長しなくちゃ、意味ないな。
坊主、わたしがグリーンエメラルダ号の艦長、ジョセフ=ハートランドだ。」
レインは操縦室を凝視した。
白い髭を蓄えて帽子に軍服姿の老人が立っているのが見えた。
ヘッドセットのスイッチを切って、レインは思ったことを口にした。
「艦長って、ママの・・・。」
「叔父さんだ。お前にとって、大叔父にあたる。」
レインは戸惑っていたが、言わなければいけないと思い出したようにスイッチを入れて、伝えた。
「給油要請にこたえていただき、ありがとうございます、ハートランド、か、かんちょう。」
言葉を噛んでしまい、ルディの笑い声が響いているのを、恥ずかしい思いでレインは聞いていた。
ロブは手を額に当てて、肩を落とした。
「緊張しなくてもいいぞ、小僧。たしかにわしは鬼艦長と恐れられたこともあったが、今は耄碌していると言っていい。
赤ん坊のお前を抱きかかえて泣き止まなかったのは当然のことのように今も思っているがな。」
他愛もない親族の会話に、ロブは胸をなでおろす思いがした。
今、レテシアがいないことを少しだけ安堵した。
それも一瞬のことだということがわかっていてもだ。
レインは艦長と会話をつづけながら、通信機の席にもどった。
ジリアンは、SAFとグリーンエメラルダ号のそばを旋回していた。
前方にきらりと光るものをみて、レーダーを確認した。
まだ、レーダーにうつらない飛行物体に、ジリアンはレテシアが乗るひまわりだと直感した。
ただ、レインにそのことを伝えるべきかそうでないかと悩んでいたが、レーダーにうつるとレインがそれに気が付いた。
「機体が一機、こちらに向かってきます。」
ロブは直感的にレテシアだとわかっていた。
ジリアンがひまわりが向かってくる方向に旋回をやめて待機していると、回転飛行しているのがわかった。
「また、やってる。」
レインもロブも自分たちがみているものを疑って、目を擦った。
その様子をグリーンエメラルダ号の操縦室でも良く見えていて、ルディは大笑いした。
「回転飛行だ!」
レインは叫んだ。
レテシアが乗る機体の様子がひまわりのように見えてレインは感動していた。
ものすごいスピードで近づいてきて、衝突するのではないかと思えるほどだった。
レインはただただ驚きと感動で思考できないくらいに制止して凝視していた。
ロブはただ驚愕して恐怖していく自分を抑えきれなくなるのを感じていた。
ひまわりを操縦しているのはレテシアで、回転飛行しながら、SAFに向かっていき、操縦室に衝突しそうな勢いだった。
寸前で操縦桿を力いっぱい引き、垂直飛行で上空を目指した。
レインは口を大きく開けて、立ち尽くしていた。
ロブは度肝を抜かれて、腰を抜かし、尻餅をついた。
ロブの間抜けな様子にレインは動じることをしなかった。
その様子がグリーンエメラルダ号の操縦室にも見えていて、ルディは笑い転げていた。
艦長はスイッチを入れ替えて、レテシアに伝えた。
「ロブと一緒にいる少年がレインだ。」
「わかっているわよ、艦長。」
「あはは、ロブの様子って何だよ。お腹が痛い。」
「ルディ、笑いすぎよ。」
「そうさせたのは、レテシアだろ。」
3人の会話に、ツッコミが入った。
「艦長!いい加減、じゃじゃ馬娘に危険な飛行させないように躾るべきじゃないのか!」
ロブがやっとの思いで立ち上がって、言えたことだった。
「まったく、それはゴメスの口癖じゃないか。」
艦長はつぶやいた。