第十八章 太陽に近い場所 4
ジリアンが、SAFに詳細の報告を入れると、ロブから、旋回して待つよう指示された。
「キャスだけど、ジル、体調大丈夫かい?」
「うん、大丈夫。耳鳴りがしないから、体調が悪いというのはないと思う。気圧に順応できてるよ。」
「了解した。では指示に従って、飛行しててくれ。」
目を閉じてジリアンは、記憶に残ったレテシアの声を反響させていた。自分自身がレインになったかのように、レテシアを感じようとしていた。
レインが持っている写真でしか、顔がわからない。会ったことがあるという人は変わらないという。
エアジェットの名のごとく、回転飛行する様子はひまわりにしか見えなかった。
驚きと感動が渦巻いて、めまいがしそうだった。
レインより先に、味わってすこし後ろめたさを感じた。
接地点を確認しあって、グリーンエメラルダ号は速度を速めて、SAFに接近してきた。
胃が痛くなる思いがしてきたロブにディゴが後ろから肩を叩いた。
「まぁ、そう肩肘張るなよ。相手は鬼じゃないんだから。」
「俺が怖がっているとでも思っているのか。」
「強がっているとは思わないけど、さぁな。どっちを怖がっているのか。」
心の中を見透かされているのは、長年の付き合いからだろうか。
ロブが明らかに怖がっているのは、レテシアのほうだ。
艦長の方は怒りをぶつけられるのなら、それは耐えればいいことだけ。
レテシアには何をされても抵抗もできないし、反論もできない。
かえって失ってしまう怖さを感じているということまではロブには理解していなかった。
もう、失っていると思っているからかもしれないが。
クレアも悩んでいた。明らかに怖がっているのは、レテシアのことだと理解していた。
クレアのなかで、たどり着いている答えにレテシアが欠かせない。それを確かめてしまうのが怖いのだ。
ある仮定があって、それの証拠固めが揃っていて、あとは確かめるだけだ。
レテシアがどう思っているかはすでに知っている。
(会って確かめて、計画をしなおすのが先決だろう。)
自分らしくないと言い聞かせながら、前に進めないでいる自分に気がついていて、それを理解していた。
ロブと同じく、レテシアを失いたくない、完全に。
レテシアは、胸の中にいつも忍ばせておいたレインの写真を見入っていた。
操縦はもうひとりの操縦士に任せておいて、レインとの再開をお預けされたことを悲しまないように努力しようとした。
楽しみは最後に取っておくほうが良いというのが艦長の口癖。
自分はせっかちだからできないでいたと。
「そんなに急に大人にならなくていい。
ママを置いていったりしないで。
一緒に過ごせなかったけど、同じ目線で生きていたい。
いつも、青い空を見つめてきた。
レインの目にもこの青い空が映っていると思えばこそ、生きてこれたんだもの。
そう、だから、大人にならないで。ママと一緒でいてほしい。」
会えない辛さを乗り越えて、我慢してきたのは、何のためなのだったか。
レテシアにはゆるぎない気持ちがあった。
そのために生きてきたし、がんばってきた。
誰かに褒められたいとか、慰めてほしいって思ったわけじゃない。
愛しているからこそ、その気持ちは変わらない。
それがレテシアの心情だった。
レインはうつろな目でアルバートを見ていた。
アルバートはレインの唇に自分の唇を近づけようとしていた。
レインは一気に目が覚めた。
「アル!」
クレアがレインの叫び声に振り返って、状況が飲み込めた。
「眠り姫には口付けで目が覚めるんだけど。」
レインは真っ赤な顔をし、両手でアルバートの肩を押さえこんだ。
「アル、からかうのもそれくらいにしなさいな。今度はあんたが眠りに付く番だ。」
「はぁ~い。」
レインは周囲をみてキョロキョロしていた。
「あれ、僕、自分のベッドで寝てなかったかな。」
「診療室に移動させたよ。睡眠薬の量がおかしかったら、覚醒させるのに、薬を調合しないといけないのでね。」
「え、覚醒って、僕、目が覚めないでいたの?」
「まぁ、こっちの都合だけどね。」
「都合?」
「ああ、SAFにトラブルが起きて、救助を求めたんだ。そして、グリーンエメラルダ号がこっちに向かっている。」
レインはしばらく考えて、クレアの言葉を噛み砕こうとした。
「えええええええ!」
気持ちを言葉にできないでいた。
アルバートはレインをベッドから突き飛ばした。
「痛いよ、アル。」
「今度は僕が寝る番なの。レインはどかなくちゃ。」
クレアはアルバートの睡眠薬を調合していた。
「え、クレアさん、それって、あのぉ・・・。」
「言葉にできないのなら、代わりに言ってあげるよ。レテシアに会えるんだ。」
レインの目から涙がこぼれた。
「まぁ、いますぐじゃないんだけど。」
「え、どうしてですか。」
「グリーンエメラルダ号の行程が決まっているから、その変更連絡に行っている。もどってくるのに時間はかからないだろうけど、グリーンエメラルダ号と接着してからだいぶ後になりそうだな。」
レインはその場でへたり込んだ。
「なんか、意地悪されてるみたいな。」
レインが床に座り込んだところへ、アルバートがベッドでレインの背後から抱きついた。
「神様がいたのなら、それはそれは、レインに嫉妬して意地悪しているんだと思う。」
レインは頬を膨らませて拗ねて見せた。
「SAFクルーに告ぐ。グリーンエメラルダ号と接着します。大きく揺れるので、何かにつかまってください。」
カスターのアナウンスが流れた。
「さぁて、ロブと艦長の会話が見ものだな。レイン、操縦室へ行っておいで。」
「あ、はい。」
「わたしも後で行くから。」
レインはクレアの言った意味に理解しかねた。
アルバートは「おやすみなさい。」とレインに言って、クレアが調合した薬を一飲みした。