第十八章 太陽に近い場所 3
太陽が昇り始めて、雲がなくなった状態で、どこまでもつづく、水平線。
下を眺めると、海が見え、ところどころに小島があった。
人が住んでいるかどうかはわからない。
しかし、海賊が住み着いている可能性はある。
クレアの言っていた「どんな空挺に出くわすか」の理由は、小島に住み着いた海賊のことだった。
ジリアンはレーダーにSAFが消えたのを確認すると、SOS発進をした。
救助することはあっても、救助される身になるとは、夢にも思っていなかった。
いつでも、危険と背中合わせなのは理解していたはずで、自分たちに起こる危険性には無頓着だったのかとジリアンは考えていた。
レーダーにはうつらないのに、ジリアンの肉眼には遠方に光るものが見えた。
レーダーにうつると、その機体はものすごいスピードでこちらに向かってくるのがわかった。
(海賊?敵なの?味方なの?)
少し冷静さを失ったジリアンだったが、すぐに相手に通信を求めた。
「スカイエンジェルフィッシュ号のパジェロブルー、操縦士はジリアン=スタンドフィールドです。応答願います。」
ガッガッー、ガッ、スーピー
相手には通信が届いているのだろうが、こちらにその返答がよく聞こえてこなかった。
(スピードが出ているからなのかな。)
レーダーや通信機をみていた目線を、その機体のほうを移したジリアンは、驚愕することとなる。
先が茶色で全体が黄色の機体は、回転しながら、こちらに向かってくる。
「風車飛行だ!」
ガッガッー、ガッ、スーピー
「こちら、グリーンエメラルダ号のひまわり、操縦士はレテシア=ハートランド少尉です。SOS発進に返答します。」
「ヤッターっ!」
ジリアンは、雑音の中で聞こえる耳慣れない女性の声に、思わず歓喜の涙が出た。
「返答ありがとうございます、ハートランド少尉。」
エアジェットのひまわりはパジェロブルーに近づくと、回転飛行をやめ、垂直飛行して上空へと向かった。
「何があったのか、報せてください。」
「あ、はい。」
ジリアンは、涙をぬぐって、答えた。
「スカイエンジェルフィッシュ号は、ただいま供給のオイルが無くなってしまい、墜落の危機に陥っています。
オイルが切れるまで、約2時間です。」
「了解、グリーンエメラルダ号と接着できるよう、手配します。こちらは海上タンカーにグリーンオイルを届ける途上です。」
「ありがとうございます。」
「グリーンエメラルダ号の現在地を報せます。そちらのスカイエンジェルフィッシュ号の位置を報せてください。」
「了解しました。」
安堵で胸をなでおろし、ジリアンは深く息を吸った。
その音が通信に漏れた。
「ジリアン、大変だったわね。もう大丈夫よ。」
レテシアの声に、ジリアンは照れ笑いを浮かべた。
「あ、はい。」
SAFのグリーンオイルが切れてしまう前に、グリーンエメラルダ号どれくらいまで接近できるか、計算の上、接地点を決めた。
「位置を確認しました。SAFに報せるために、近い地点まで戻ります。」
「了解です。こちらもグリーンエメラルダ号に連絡します。この危機を乗り越えられるように、幸運を祈ります。」
「ありがとうございます。少尉。」
「レテシアでいいわよ、ジル。また、あなたに会えて嬉しいわ。」
「いえ、そういうわけには。また、後ほど。」
「了解。」
旋回して、北方向から戻っていく機体を眺めていたジリアンだったが、我に返って、自分も旋回してSAFに報せなくてはいけなかった。
アクロバット飛行をするうえでは、操縦士はふたりいるはずだが、あの様子では、一人でしか搭乗していないとジリアンは思った。
SAFに連絡をいれると、ロブは手で頭を打ちつけた。
「やっぱりそうか。」
海上を飛行しているのが、グリーンエメラルダ号で良かったと思うべきなのだが、ロブの内心は落ち着かなかった。
問題点は山積み。それを処理してこなかったばっかりに、ここでいたい思いをするはめになったのだと肝を据えるしかなかった。
ジリアンに行かせたのが良かったのかどうかと思案しながら、クレアやディゴに報告を入れた。
「やっぱりそうか。」
クレアも同じ事を口にした。クレアはロブと違って、ジョナサンの行為がなにか計画的なものに感じていたので、「やっぱりそうか。」という言葉になった。
ジェフから聞いていた、嫉妬している話に、少しばかり気が引けている。
(会うか、会わないか。)
彼女のことだからと、言い聞かせながら、この場はレインのこと以外で時間を割くことはないだろうと考えていた。
ただ、グリーンオイルを空にする計画なら、今までに何回も可能だったはず。なぜ、今なんだろう。
海上というのがポイントなら、いちかばちかの救出ではなく、あきらかに、なにか狙っている節があるなとジョナサンを疑ってみた。
考えることが多すぎると思いながら、自分らしくないと言い聞かせて、レインを起こしに行くことにした。
レインを起こしにきたのは、クレアだけでなくカスターもだった。
寝ぼけた調子に、なにかうわごとのように言う。
「ママ、ママは?」
コーディに理由を聞いても、うなされた様子はなかったと言う。
「下手な話し方したんだじゃないだろうね、キャス。」
「いや、とんでもない。グリーンエメラルダ号が来るよって言ったんだ。」
クレアは頭を抱えた。
(ダイレクトすぎる。)
クレアは、ベッドに座り込み、レインを抱きしめた。
「君はいま、いくつかな。」
「え、僕?何歳だろう。」
レインは目を閉じて、クレアに抱きしめられながら眠ってしまった。
「だめだわ。覚醒できないのね。」
「睡眠薬の量は時間を考えて与えているからな。8時間設定だから、あと2時間は無理かもしれない。」
コーディがレインの頭をささえ、クレアはレインを横に寝かせた。
「キャス、通信でジルの体調は大丈夫か、確認してほしい。ジルは睡眠薬を服用していないが、睡眠が足りていないのでね。」
「了解しました。」
「コーディ、悪いが、アルに診療室に行くよう言ってほしい」
「アルバートさんですか。」
「ああ、最近、あいつの調子も変でね。」
「わかりました。」
レインの寝顔に手を当てていたコーディは部屋を後にした。
レテシアがグリーンエメラルダ号に戻ると、艦長からタンカーに時間が遅れるとの報告をするよう指示をされ、ひまわりにひとり操縦士を乗せて、発進した。
ハートランド艦長自身は、ロブに対してなにも思ってはいない。ただ、幼かったレインがどれだけ成長しているのか確かめたい気持ちが強かった。
「あれから9年はたったのだろうか。あの坊主は泣き虫だったな。」
艦長は、レインの幼い姿を思い浮かべていた。会いたい気持ちは確かにあるのに、レテシアの手前、その気持ちはおくびにも出さなかった。