第十八章 太陽に近い場所 2
「ジョナサン、今、なんて言ったんだよ!」
「だ、だから、うっかりしてしまって、グリーンオイルの生産ができていないんだ。」
エンジンルームでアルバートがジョナサンの胸倉を掴んで殴りかかろうとしていた。
そばにはディゴがいたが、止めたりしなかった。
「そのくらいにしておけ、アル。」
腕組みをして、グリーンオイルのタンクを眺めていた。
オイルゲージは空になりかけている。
「アル、悪いが、ロブに報告して、供給できるようにしてもらうんだ。今は海上を飛行しているから、当分は供給場所がないと思うんだがな。」
アルはジョナサンの胸倉を離して、仕方なく、エンジンルームから出て行った。
「ジョナサン、生産担当のレイニーやジルが空挺救助に負われていてなかなかできないからというので、代わりに自分がすると名乗りをあげたんだよな。」
「ああ、そうだよ。すまないと思っているよ。ほんと、うっかりなんだ。」
「この空挺は水陸両用じゃないんだ。海上でエンジン止めて救助をまつなんてことできないことくらいわかるよな。」
「ああ、もちろんだとも。」
「オイルを切らして、水没させるつもりだったのか。」
「いや、だから、ディゴ。僕が悪かったって。」
ディゴは、ジョナサンと向き合わずに譴責し、怒りを押さえ込んだ。
ただただ、ジョナサンは謝るだけだった。
アルがロブに報告すると、ロブは頭を抱えながら、策を考えた。
「アル、どれくらい飛べると思う?」
「6時間くらいかな。」
「キャス、6時間飛行で到着できる場所があるか。」
「ないね。供給場所は当分ないからって、ジルがジョナサンに釘を刺していたのを僕は聞いたんだけどね。」
ロブはため息をつくしかできなかった。
「ロブ、オイルを分けてもらえる空挺を探してみないか。」
カスターの提案に、かすかに思い浮かべたのは、グリーンエメラルダ号だった。
要塞を出る際には、かなり遠くまで距離をつけられたようにジェフから聞いていたからだった。
「何もしないよりはましだな。」
「じゃ、SOS発進しておくよ。」
「事前に海上管制センターを通過した際に得た情報によると、空挺の飛行で航路の申請が出ていないとのことだった。」
「まぁ、それから、二日はたっているし、進展あるかもだよ。」
ロブは腕組みをして考え込んで、アルバートに言った。
「4時間後に、ジルを起してくれないか。」
「ジルを?」
「ああ、パジェロブルーを飛ばして、SOS発進の距離を遠くに届けるようにする。あるいは空挺を探し出してもらおう。」
「ジル、ひとりだけかな。」
「ああ、ジルだけで十分だろう。レイニーの体力はかなり消耗している。」
「たしかに、操縦桿も握れないくらいに空挺救助で奮闘していたからね。」
アルバートはそういうと、エンジンルームにいてるディゴに言ってくると、操縦室を出た。
「4時間後か。二人が睡眠を取り始めて1時間もたっていないんだけどな。」
「仕方ないだろう。SAFが沈没する危機がせまっているんだから。」
ジェット気流を利用して上空を飛行してきたSAFはオイル消費削減ができた。
雲海を渡り、陽が上るまで数分までになっていたが、周囲は暗闇に包まれてSAFの現状を表しているかのようだった。
アルバートに起されて、状況と指示を聞いたジリアンは、レインを起さないように、用意を済ませて、パジェロブルーにスタンバイした。
状況を聞きつけ、クレアがパジェロブルーのそばに来た。
「ジル、睡眠を十分取れていないから、無理はするんじゃないよ。」
「わかってますよ。でも、探し出さないと沈没しちゃうんでしょ。」
「ああ、海上だと、どんな空挺に出くわすか、かわらない。攻撃でもされようものなら、ジル、逃げることだけ考えるんだ。」
「了解です。」
ジルはヘルメットを装着し、クレアが離れたのを確認すると、操縦席のドアを閉めた。
「レーダーには、なにもひっかからない。とにかく、北の方面に向かって、SOSを発進してくれないか。」
ヘッドセットの通信からカスターの指示を聞いて、ジリアンはレーダーを確認し、SOS通信の準備をした。
「了解。発進準備完了。」
SAFの後方より、降着装置のタラップが降り、フックをかけられたパジェロブルーが後ろ向きに降下していく。
「発進許可。」
「パジェロブルー発進します。」
フックがはずれ、パジェロブルーはSAFから、落ちるようにして降下するが、数秒後にはロケットエンジンが噴射され、SAFの下をくぐるように飛行し、角度を変え、北向きに飛んで行った。
レインは日ごろの疲労がたまり睡眠薬を服用しているので、SAFが大きく揺れても、目が覚めることはなかった。
コーディがクレアに頼まれて、レインが寝ているそばについていた。
ジリアンから、レインがよくうなされている話をクレアが聞いていたからだった。
コーディはこれからもレインになんらかの試練が与えられるのだろうかと、不憫に思いながら、寝顔をみていた。
まだ、健やかに眠るレインは夢をみていた。
繰り返し、同じ夢をみる。
レテシアの顔がはっきりとわからない幼い頃のこと。
そして、いつも、暗雲に見舞われ、泣き叫んでいた。
夢の中では近すぎて見えないレテシアの顔、現実では会うことすらできずに顔を確認できるのは写真だけ。
悪夢をみる度ごとに、目の前にある事象を把握するのに精一杯で、先のことなど考えることが出来ないでいる自分を自覚していくことになるのだろう。
そして、その悪夢を見なくて済む方法があることに、レインは気が付いていない。