第十八章 太陽に近い場所 1
要塞で学んだものに試行をこらし、ハーケンを強力な磁石に変えて、救命救助の所業はより高度な作業、迅速な動作に変化していった。
飛び移るのは絶壁じゃなく、飛行している機体。
ロブとレインとで、飛行中に故障した箇所を修理して、墜落を防ぐ救助を開始した。
レインは救助に打ち込んだ。他のことは考えたくないかのように、夢中になって、空を飛び、体を張って機体の修理にあたった。
その姿をみていて、ジリアンは胸が痛い思いがしたが、ロブもクレアもカスターも、指し当たってレインを不憫には思っていなかった。
その様子に、次第に心配しないようにしようと、ジリアンは自分に言い聞かせた。
クルーの思いは、人命救助だけでなく、人々のためになにかをしたいという気持ちが強くなっていった。
時には、機体の修理だけでなくて、高山に住む民族の集落からSOSがあって、救助に向かうこともあり、内容は人命に関わることではあったが、医療には関係ない水道やガスのライフラインがトラブルを起したことまで作業にあたることもあった。
その集落でグリーンオイルの生産などを指導したり、民族に貢献するなどした。
こうして、スカイエンジェルフィッシュ号通称SAFは、充実した慈善活動を行っていた。
レインがコーネリアスから手紙を受け取ると、ジリアンの友人プラーナと同じ学校に通っている事を知った。
プラーナからレインの学校での様子を聞き、またジリアンの話も聞いて、会ってみたいと書いてあった。
レインは、ジリアンの唯一無二の友人であるプラーナのことを仲良くしてあげてほしいと、手紙に書いて返事をした。
あとは、SAFでの出来事など書いて、自分自身の充実した生活を思い返していた。
「自分自身がすごくやりたったか機体の操縦をなかなかさせてもらえないなど、最初は辛いとか嫌だとか思ったこともあったけど、今は、あの時、がんばったから、今があるんだって思える。
溶接の仕方、回線のつなぎ方、鉄板の加工など、地道な修理作業を日ごろからやっていると、いざという救助の時に役に立つと、実践でわかるのようになったんだ。」
ジリアンが、後ろから覗き見をして、横槍を入れた。
「そんなことかいても、相手は喜ばないんじゃないかな。」
「ジル、勝ってに覗き込んで読むなよ。」
「コーネリアスは女の子なんだし、そんなこと書いてもさ。」
「いいんだよ。コーネリアスの知らない世界の事を書いてあげると、喜ぶんだよ。
好奇心の旺盛な女の子なんだから。プラーナが植物のことを一所懸命勉強するのと同じだよ。」
「ち、違うと思うんだけど。ま、いいけど。」
ジリアンは、口にしてはいけないことを口にしてしまわないうちに、会話を切り替えようとした。
「ジョナサンって、より一層孤立化してるというか、一人ぼっちになっていると思うんだけど、レイニーはどう思う?」
「う~ん、なんかアルが言ってたけど、エンジニアがエンジンを大事にしないって。本当にエンジニアなのかって。」
「機械のことに疎かったりするって言ってたよね。それでディゴまでも、ジョナサンのすることに口出しするようになったのかな。」
「ディゴは、兄さんに頼まれて、アルの助けをしてるみたいだけどね。アルも救助に借り出されることあるし。」
「そうだね。僕たちって、なんかしてあげられることってないのかな。険悪な雰囲気にはなってほしくないんだけど。」
「大人の領域に踏み込む必要なんてないんじゃない。」
「レイニーのいうことにはいまいち納得できないけど、今回のことには賛成しておくよ。」
「いったい、どういう意味なんだか。」
レイニーはコーネリアス宛の手紙を書き終えると、立ち上がった。
「レテシアさんにも手紙を書いたの?」
「うん、書いたよ。要塞出てすぐにさ。あんまり何度も手紙書くと話すことなくなっちゃうし。」
レインは写真を送ったことをジリアンに話してはいけないと思っていた。レイン一人だけ写ったものはジリアンに内緒だったからだ。
「レテシアさんに早く会えるといいね。」
「うん、いつか会えるよ。空を飛んでいる限り。」
クレアは、頭を抱えていた。
テオ少佐から入ってきた情報の中に妙な事柄があったからだった。
それはエミリアの父、サンジョベーゼ将軍が排除派だということだった。
だとすれば、山岳警備隊の要塞であるキャティナ・マウントーサ・ロッソ駐屯地は排除派の配下ということになる。
皇女殿下が命を狙われて当然だということなのかと。
将軍の排除派だという認識には、いろいろな点があった。
民族浄化の考え方をもつ皇帝に対し、民族を独立させて連合国にしていく考え方をもっていたからだ。
要塞を建設した理由には、その地に住む民族が追われて、その民族特有の生き方や風習、地に根ざした知識などが失われてしまうことに失念していて、離れてしまった民族を呼び戻す目的があったからだった。
しかし、鉄鋼窃盗団の事件で駐屯地を追われる身となり、中央司令部にて隠居状態に陥った。
テオ少佐の話しによると、隠居状態であるがゆえに、派手な行動はしていないが水面下では着々と人脈を広げつつあるという。
ただ、その排除派には、将軍自身が中心となって、動かしているわけではないことも情報としてもたらされていた。
黒衣の民族とつながっているのは、将軍自身なのかと考えてはみたものの、中央司令部ほど、黒衣の民族を嫌悪している部署は他にはないということも知っていた。
眉間にしわを寄せているクレアに、カスターが声を掛けた。
「そんな顔をしていると、一気にふけてしまいますよ。」
クレアはカスターを睨み返した。
「女を捨てた身だし、老けても気にならないが、体力が落ちるのは、嫌だな。」
いつになく、カスターに攻撃的な言葉は投げかけなかった。
拍子抜けをしたカスターは考えあぐねて、レインのことを口にした。
「レイニーが痛々しく思えると、ジルが嘆いていましたけどね。」
「気に病むことなんてないさといっておいたが。」
「がむしゃらにがんばっているでしょう。」
「そうだな。ま、甘酸っぱい恋愛があの年頃には丁度いいだろう。」
「クレアさんは、全然心配じゃないんですね。」
「レイニーのことか?」
「ええ、そうです。僕自身はその現場にいてたわけじゃないんですけどね。」
「まぁ、エミリアにはエミリアの理由があってのことだろう。」
「クレアさんはわかっているんですね。」
「まぁね。」
「僕自身・・・、エミリアと話す機会があって、レイニーへの気持ちは聞けなかったけど、思いは感じたんですよ。」
「わたしも彼女と話す機会があって、核心には触れることはなかったけど、なんとなくね。」
「でも、レイニーが不憫でしょ。」
「まぁ、男は叩かれて成長するんだから、ほっとけばいい。
それでわからないようなら、レイニーもそれだけの男。」
「はぁ。」
「エミリアがかわいそうだから、というか思いつめないように、処方しておいたよ。」
「何をですか。」
「レイニーとジリアンには内緒だ。」
「はい。」
「エミリアに、レイニーの写真を渡しておいたんだよ。」
「はぁ、そうですか。なんかエアジェットを写真に収めるカメラマンの話を聞きましたけど、その際に。」
「ああ、レテシアにあげる写真で余分に焼きまわししてもらったよ。」
「なかなか、良いところがあるじゃないですか、クレアさん。」
「だから、処方したと言っただろ。」
「思いつめるかぁ、確かにエミリアは繊細な女の子って感じがしましたよ。」
「繊細さを気の強さで隠している感じだった。まず、レイニーにはまだ守れる力はないな。」
「そのうち、成長しますよ。」
「痛い目にあってからのことだろうよ。
外の空気を吸ってくるよ。」
クレアは、抱え込んで思案していたものを考え直すのをやめて、その場から立ち去った。
眺望台に足を運び、雲の上を飛行するSAFが太陽に近いことを知った。
太陽に手をかざして、自分自身に何ができるのだろうと、問答した。
(ダンの敵は討つつもりはない。自害したのだから。)
クレアのなかでずっと、こころのなかにひっかかっていた、服毒自殺した義父ダンのことを思った。
(自害するような追い詰めたのは、誰だ。そして、いったい何が起きていたというのだ。)
まぶしすぎる太陽を見ながら、自分をみうしなってしまいそうな恐怖感をクレアは追い払おうとした。