第二章 レインとジリアン 5
自分の部屋で食事を済ませ、ひとり、部屋で自失茫然としていたジリアン。
バイク窃盗の男たちに襲われたくらいで、取り乱し自分を見失うはずもない。
そんな弱いものなら、襲われたら逃げ切れない。
咄嗟の判断で男たちをリュックで気を失わせることができたのだから。
ジリアンは両手で顔を覆った。
自分自身がどうしてそうなったのか、過去を振り返るため、目を閉じた。
ジリアンは、ものごころついたころに、自分の体に痣ができていることを知った。
その原因を理解できるまでに時間がかかった。
なぜなら、痣ができるほど、強くつねられていることを感じていなかったからだ。
つねっていたのは、セシリアだった。
セシリアはマーサの知り合いということでスタンドフィールド・ドックに来ていて10年ほどドックにいてた。
レインとロブが犬のようにじゃれ合って仲良くしている姿をジリアンが見ていると、セシリアがそっとそばによってきて背中をつねるのだ。
ジリアンは誰にもそのことを話さなかった。
そのうち、その痣ができていることをマーサが知り、セシリアの仕業だと気づいて、ふたりが言い争う姿を見かけるようになった。
しかし、セシリアはやめなかった。
ジリアンはマーサにセシリアを責めないように言った。
レインはセシリアが好きだった。
ジリアンはそのことを知っていたので、レインを悲しませたくなかった。
マーサが病気で亡くなると、ジリアンへの虐待はエスカレートしていった。
まだディゴと結婚していなかったジゼルがマーサの代わりに食堂に出入りするようになっていたが、ジリアンはセシリアとジゼルを避けるようになった。
ジリアンがジゼルを避ける理由は、大人の女性だったから。ジゼルに原因があるわけではないのに、避けるまでに追い込まれていた。
その様子に不振に思っていたロブだったが、ジリアンに理由を聞いても話してはくれなかったので、心配してジリアンに目をかけるようになった。
それは、ロブが闇の配達をするため、ドックを留守にしていたときに起きた。
ロブがいないことをいいことに、セシリアはジリアンを、岩山から外れた穀物小屋に連れて行き、そこで虐待を繰り返していた。
叫べないように、口にタオルで塞いでいた。
「おまえはどうしてそんなに醜いの!おまえはどうして生意気な口を利いて、わたしを困らせるの!言っても聞かないようなら、こうするしかないでしょう!」
地べたにうずくまって、背中を棒でたたきつけられるジリアン。
何度となく繰り返されるうちに、不振に思ったレインがその小屋に現れた。
レインがみたのは、裸で背中を打ち付けられるジリアンの姿と、顔を真っ赤にして髪を振り乱し怒り狂い棒を振り下ろすセシリアの姿だった。
セシリアの姿にショックを隠せなかったレインだったが、ジリアンの酷い姿を目の当たりにして、セシリアに抱きついてやめさせようとした。
「何をしているの、セシル!どうしてジルに酷いことをするの。やめてよ!」
「放しなさい!レイン。あなたには関係ないことなのよ!わたしはジリアンが許せないのよ!わからせるためにするの!」
いつも優しく接していたレインに暴言を吐くほど、セシリアは自分を見失っていた。
「レイン、離れないなら、あなたもぶつわよ!」
セシリアは、ジリアンに向けて振り下ろしていた棒をレインにむかってたたきつけようとした。
いままで、泣くこともなく耐え続けていたジリアンだったが、そこで初めて泣き叫んだ。
セシリアは小屋の事件でドックを去った。
ジリアンは我に返った。
天井を仰いで、思った。
自分のことで、泣くことができないと。
今、虐待されて受けた傷を心の傷を感じる時でさえ、泣くことはできなかった。
ジリアンは、いつでもどこでも、レインと一緒だった。
風邪を引いて寝込んでいたときには、ロブやレインがいつもそばについていて看病してくれた。
虐待されていることをロブやレインに言わなかったのは、みんなと一緒にいられる幸せが壊れてしまうのではないかと感じていたからだ。
みんなと一緒にいられる幸せを失うのではないかという恐怖に自分を見失ってしまったことをジリアンは深く考えていた。
ジリアンがベッドに入ると左の壁に、写真が貼ってあった。
マーサの写真がそれだけしかなくて貼っているのだが、そこには幼いジルを抱いているセシリアも写っている。
そして、そのセシリアの顔は黒く塗りつぶされていた。
BGM:「君は笑う、そして静かに眠る。」fra-foa