第十六章 赤い山脈 6
団体の空挺とは、学生のエアジェットを積んだ輸送機が5機、2回生と3回生を合わせて50名と教官や講師を乗せた空挺が1機で、要塞に着岸した。
スカイロードと要塞の隊長との挨拶が済み、山岳警備隊・隊長で大佐のシェツ・エストリラは紅一点のエミリア・サンジョベーゼを捜し当てた。
「サンジョベーゼ上等兵、あなたのお父上は、サンジョベーゼ将軍ですね。我らが要塞の司令官をされていて、とてもお世話になりました。」
声を掛けられて、エミリアはたじろいだが、敬礼をした。
「わたくしは、父の事をあまり存じておりません。不届き者の娘です。父の名誉を自慢できるような立場にはありません。」
「ご謙遜を。」
「いえ、出来の悪い娘です。優秀な亡き兄と違って、わたしなど。」
教官のビル=ポルスキー准曹が近づいてきた。
「まぁ、そう自己卑下せずとも。皇女殿下のルームメイトとして手を掛けて心を傾けながら勉学に励んでいるのだから。」
「皇女殿下のルームメイトとしての立場は光栄に思っております。お役に立てることがせめてもの、わたしのできることだと自覚しております。」
エストリラ大佐はポルスキー准曹に目配せをした。
「まぁ、そう卑屈にならなくてもいいでしょう。ここではのびのびと訓練を受けられればよろしい。」
「優しいお言葉に感謝し、訓練に邁進していきます。」
エミリアは敬礼をした。
「時に、お聞きしたいことがあります。」
「何なりと。」
「到着前のことです。空挺から要塞を眺めておりますと、要塞の先にパジェロブルーというエアジェットが飛行しているのを確認したのですが。
スカイエンジェルフィッシュ号が駐留しているのでしょうか。」
「ええ、そうです。スタンドフィールドドックの人たちでも、軍の訓練を受けていないところもあるので、ぜひ山岳警備隊の要塞で訓練を受けたいということでした。」
エストリラ大佐の言葉を受けて、ポルスキー准曹は合同訓練を考えていると口にした。
黒衣の民族襲撃事件で、アクロバット飛行の必要性が重視され、山岳警備隊での研修程度ではなく、大々的に訓練をすることとなった。
その訓練現場に、パジェロブルーの機体を披露させたい意図がグリーンオイル財団の腹にあり、裏では皇帝が指示していた。
そのことを知るのは上層部だけではあるが。
エミリアは少し胸騒ぎがした。
スカイロードの空挺部隊が着岸したのを確認したところで、訓練が再開された。
パジェロブルーではまだ、したことが無かった背面飛行。地上に対して背面飛行するのとは違って、壁に向かっての垂直ではあったが、バランスを崩すと壁に激突してしまう危険性が高い。
しかし、ジリアンは難なくやってのけて、レインはロブがしたように蔦をつかみ、パジェロブルーから飛び移った。皮手袋をしていたが、うまく握れず、2mほど滑ってしまったが、なんとかつかまることができた。
腰に巻くほど、蔦が伸びておらず、通信にしたがって、違う蔦に慎重に飛び移った。
ハーケンが付いた銃はうまく撃てず、不発に終わり、ロックハンマーでちまちまと上に上っていった。
レインが上り詰めるまで時間がかかるので、アルバートに指示が出た。
カインがもし、命令違反をしたのなら、それはそれで仕方ないとアルバートは他人事のように思って、自虐的に絶壁から飛び込んだ。
先のふたりと同じように、カインの機体は待機していて、アルバートが飛び乗ったのを確認すると、降下し、取っ手を掴んでいるのを目視確認して、背面飛行した。
レインがいてる先の蔦を掴み、アルバートは銃の打ち込みを卒なくやってのけた。
息を切らしてレインが頂上に上り詰めた時には、待っていたアルバートがレインに手を差し伸べていた。
一通り、訓練をやり終えると、3機にそれぞれ、飛び乗ったまま、ジェフを先頭にして、谷底に降下し、暗闇に突入した。
ロブは耳慣れない鳴き声を聞き取ると、ジェフから指示があり、発炎筒を発火して投げた。
暗闇に一筋の光が弧を描いて落下していく。
鉄骨を引っかく耳障りな鳴き声が響き渡った。
3機は発炎筒が落ちていった場所まで、降下していく、慎重に。
ジェフは、絶壁に背面飛行し、絶壁にへばりつく小動物を捕まえるように指示をした。
ロブは鼠のようなものを発見し即座に捕獲し、ナイフで切り裂くと谷底に投げた。
ジェフは水平飛行にもどし、轟音のような鳴き声がすると即座にライトをつけた。
そこには、砂虫が大きな口をあけて、小動物を喰らう姿が光に晒された。
その様子を、レイン・ジリアン・アルバートが見ていて、驚愕していた。
「あれにやられたら、ひとたまりもないな。」
アルバートはつぶやいた。
砂虫の大きな口に尖った歯がびっしりと二重に並んでいるのが見えた。
実物の砂虫を確認して、3機は要塞に帰還するために、谷底から上に向かって上昇した。
要塞に帰還すると、訓練を受けたメンバーは整列をし、報告をしあって、アップルメイト大尉の号令で解散となった。
帰還と同時に、落ち着きをなくしていたレインは、デッキの端に向かい、下を覗いた。
ロブとジリアンはレインが何をしたいのか、知っていた。
アルバートはレインに抱きついた。
「危ないよ、そんなに覗き込んだら。」
「こらぁ、怖いじゃないか。一緒に落ちてしまうでしょ、アル。」
「悪ふざけはいつものことじゃないか。フフフ。何か探しているの?」
何かじゃなくて、誰かを?だろうと、ロブとジリアンが思っていると、それを口にしたのがジェフだった。
「誰かを探しているのなら、まだ、到着していないよ。」
「え?!到着していないって・・・?」
ジェフが何を知っているのだろうと思っていた。
「皇女殿下のことだろう。」
レインは内心ホッとした。エミリアさんと別なんだと。
安堵しているレインにジリアンが突っ込みを入れた。
「まだ、到着していないって、いづれ、到着されるんですよね。」
ジェフはレインの表情に皇女殿下のことじゃないのかと、思い違いをしたと思った。
「夜じゃないかな。昨日は皇族警備隊が到着しているから、訓練に参加しないということはないよ。」
「過保護すぎる。」
ロブが口にすると、ジェフは、ロブに言われたら皇帝が怒るでしょうと詰った。
レインはいたたまれなく、その場から走って下のデッキに向かった。
ロブはジリアンに目配せをした。ジリアンは面倒くさそうに、レインの後を負った。
アルバートがつまらなさそうにしていると、ディゴが現れて、アルバートに話があるからと連れて行った。
罰がわるくなったのは、ロブだった。ジェフと二人きりにされたからだ。
カインはとすでにいなくなっていた。
レインはデッキ下に下りて、エミリアがいないか探した。
空挺を収容したデッキは奥に広く、輸送機からエアジェットが引き出されていた。
エミリアの機体はすでに出されていて、装備を点検していた。
その姿をレインは確認して、どう声をかけようかと悩んでいた。
追いついたジリアンは悟られずにレインの後ろに立ち、その様子をしばらく眺めていた。
ぶつぶつと声に出して、予行練習するレイン。
下手な言葉が羅列しているようにしか思えなかったジリアンは、哀れに思い、レインに声を掛けて、アドバイスした。
レインはジリアンのアドバイスを素直に聞き、自信が沸いて来て、エミリアに近づいていった。
装備を終えて、軍手をはずしたエミリアはレインに声を掛けられて、振り返った。
「ご無沙汰してます。先日は、本当にありがとうございました。このとおり回復して元気にしてます。」
レインは満面の笑みでエミリアに挨拶をした。
「それは良かったわ。自分の体を大事にしてね。命を粗末にしないようにとは、わたしの口から言わなくてもわかっているでしょうけど。」
「はい、心得てます。」
少しハニカんだレインはエミリアの首元に巻かれているスカーフが緑色なのが目に付いた。
「あの、スカーフの色グリーンなのですね。」
エミリアは自分の首に巻いたスカーフに視線を落とした。
「1回生はスカイブルーで、2回生になったのでグリーンなの。3回生はレッドなのよ。」
レインは自分の首に巻いたスカーフに手をやった。
「あ、これはママが・・・いや、母が僕にプレゼントしたものなのですが。」
「ええ、手紙に書いてあったわね。お母様はスカイロードの学生時代、スカイブルーが好きだという理由で2回生でも3回生でもスカイブルーにスカーフで通したそうよ。」
「え?!そうなんですか。」
「校長先生がお話してくださったの。」
ジリアンはこころのなかでつぶやいた。
(さすが、有名人。)
「エミリアさん、ご無沙汰してます。その節はお世話になりました。」
ジリアンはレインの後ろから前に出て、声をかけた。
「いえいえ、こちらこそ、エアジェットに関してとても勉強になったわ。要塞で合同訓練があるかもしれないという話を聞いたの。」
レインとジリアンは、かもしれないという仮定の言葉に首をかしげた。
「どうかしたの?」
「いえ、かもしれないって、合同訓練をするって断定的に聞いたものだから。」
「あら、そうなのね。教官からはかもしれないと聞いたわ。」
ジリアンの頭によぎったものがあった。
「皇女殿下はご一緒じゃないのですね。」
「ええ、夜に到着する予定なの。」
「皇女殿下の様子次第で合同訓練かもしれませんね。」
ジリアンの言葉に、エミリアは納得した。襲撃事件でSAFが標的にされたことを倦厭していたからだった。
「そうね、皇女殿下に危険が及ばないと確認されないことには訓練はないかもしれないわね。」
レインは思った事を口にした。
「大変ですね。」
「何のこと?」
「え、皇女殿下のルームメイトなのでしょう。気を使われると思って。」
エミリアの表情が一変した。
「皇女殿下をお守りすることが出来る立場になって、光栄だと思っているわ。気を使うのは当然のことよ。
皇女殿下と勉学や訓練に励み、ともに成長できる事を誇りに思っているわ。
それが私の使命なのだと自覚しているからよ。大変などとこれっぽちも思ってないわ。」
レインはエミリアを怒らせたと思い、動揺した。
ジリアンは余計な事をレインが言ったと思ったが、フォローのしようがないと考えていた。
「とにかく、合同練習をするかしないかは上が決めることで、現実にそうなるかはわからないけど、そうなった時はよろしくね。
楽しみにしているわ。」
エミリアはすぐに態度をあらため、笑顔を二人に向けた。
二人はよろしくお願いしますと、たどたどしく口にして、ジリアンはレインの服を引っ張って、デッキから去るよう促した。
「お邪魔して申し訳なかったです。では、また。」
ジリアンがそういって、レインの腕を引いて、足を進めた。
レインは罰が悪そうに会釈をした。
エミリアは笑顔で手を振り、またねと言った。