第十六章 赤い山脈 4
要塞の朝、訓練のための朝礼が始まる前に、準備運動が行われていた。
岸壁の地上で朝日を浴びながら、隊を組んで走っていた。
そのなかに、スカイエンジェルフィッシュ号通称SAFのクルーたちがいた。
体力をつけるための運動なら、苦にもならなかったが、屈強な男たちに混じっての軍演習の運動はきつかった。
先にジリアンがばててしまった。もともと、基礎体力がついていなかったからだ。
疲労して午前の訓練をやってのけれるか不安に思っていた。
準備運動を終えて、朝食を取った。
そこで初めて、ロブはカスターがいないことに気がついた。
「レイン、カスターはどうしたんだ。」
「診療部にいてるよ。要塞にいている時は、ずっとそこにいてもらうってクレアさんが言ってたよ。」
ジリアンが、二人の会話に余計な一言を言おうとしたとき、ディゴに制止させられた。
「ロブ、お前はクレアさんと会話したがらないからだな、カスターのことも知りえてないのだろうが。
アルが部屋にもどらなかったのを知らないんだろうな。」
ロブはディゴの言葉に不機嫌になった。アルバートはそ知らぬ顔で食事をしていた。
「アル?アルがどうかしたのか。ジョナサンと一緒だろう。」
ジョナサンは、すこし顔色を青くして、言った。
「アルは、部屋に戻ってこなかったんだ。クレアさんとこにいったのだと思ってね。」
「ロブ、お前に責任感がないのなら、仕方が無い。クレアは医者だ。SAFのリーダーをしているほど頭は暇じゃない。
お前がクルーのことを把握しないで誰がするんだ。部屋は二人部屋で、ルームメイトが戻ってこなかったら、おかしいと気がついて連絡すべきなんだ。」
「悪かったよ、ディゴ。チームワークを乱すようなことがないようにする。」
ロブはふて腐れて言った。
ディゴは頼むぞと一言言うと、朝食を終えて、テーブルから立ち去った
ディゴがいなくなったのを待って、ジリアンがジョナサンに言った。
「ジョナサンは部屋で一人何かしようとしていたわけ?」
ジョナサンはジリアンをにらんだ。
「ははは、何を言うんだか、ジル。アルがクレアさんのところへいくのは、よくあることじゃないか。おかしいとは思わないだろ。」
「昨日は、隊長さんの秘書・アップルメイト大尉が要塞を甘く見ないようにって、忠言していたじゃないですか。
アルはすごく怯えてましたよ。夜は出歩かないようにしようって言ってたんですから。」
「そうは言っても・・・。」
「言い訳が下手だな、ジョナサン。アルは夜寝る時、一人じゃ寂しがるんだ。アルを一人にして、いなくなったのを見計らって部屋にもどったんじゃないだろうな。」
ロブは、疑いの言葉をジョナサンに投げかけた。
「ロブ、今、チームワークを乱すようなことが無いようにって言ったばかりじゃないか。僕を疑ってどうするんだ。」
「勝手な行動を戒めるのがチームワークを乱さないことだと思うんだが。」
「はは、そうだね。悪かったよ。いやぁ、実は、レテシアと連絡を取っていてね。ふたりのことを知らせていたんだ。」
「ええ!!」
レインは大きな声で叫んだ。ロブは頭を抱えた。
「どうしてそんなことを。」
ロブは小声でジョナサンに問いただした。
「いやぁ、レテシアとはよく連絡を取っていたのでね。内緒にしてくれって言われてたんだが。
ふたりのことをつぶさに話したら、とても喜んでいたよ。内緒にしていて、済まなかった。察してくれ。」
魂が抜かれた状態になったレイン、あきれた顔のロブ、複雑な心境になったジリアン、彼らを横目に、罰が悪そうに食事を早々と済ませて、ジョナサンは退散した。
訓練のための朝礼は、隊長の秘書・メアリー=アップルメイト大尉が説明した。
訓練には、SAFからロブ、レイン、ジリアン、アルバートが参加。
山岳警備隊から、パイロットのカイン=シュタット少尉、ジェフ=マックファット少尉、陸上部隊のエディ=コークスロー中尉が参加。
まずは、ディアナ火山の山岳地帯の説明から始まった。
山岳地帯は、サドレ川の分岐した川が浸食した断崖絶壁が何層にも連なっていて迷路のようになっている。
深さが約1,000mの底には、川は流れておらず、砂地になっているが、断崖絶壁に住み着く小動物を食べて生息する砂虫がいてた。
その砂虫は巨大なものは人間をも食べてしまうので、谷底には落下できない。
絶壁には、地層がいくつも出来ていて、やわらかい地層に草が根付いて派生し、蔦のようになっているので、縄代わりになると説明があった。
落ちた場合はその草を掴むように努力するよう言われたのだ。
午前の訓練は、陸上部隊のコークスロー中尉を中心に、断崖絶壁での対処法を身につけること、要塞での常備品の使い方の指導を受ける。
ハーケン、ロックハンマー、発炎筒、フラッシュライトなどが、常備されたベストを身につけ、使い方から教わった。
ハーケンやロックハンマーは岩場に使うためだが、発炎筒は要塞igaiでも必要とされていたので使ったことがなかったので、実演してもらった。
山岳地帯での発炎筒の使い方は、明かりを嫌う砂虫除けだったが、フラッシュライトは発炎筒を切らした時のためのもので、一瞬の発光で砂虫を一時的に動かなくさせるものだった。
訓練のための朝礼を終え、みんなは現場に向かった。
クレアは、診療部で、コーディからマッサージを受けていた。
隣で、カスターは点滴を打たれていた。
「キャス、少しは眠れたかい。」
「ええ。空挺じゃないところは、落ち着かないんですけど、昨日はぐっすり眠れました。
昔話に花が咲いたので。」
「それは良かった。どうかなぁ、そのぉ、カオルの気に当てられた、例の感じは?」
「そうですねぇ、なんか、薄らいだ感じがします。」
カスターは、人格破壊をカオルから受けて、魂が離れかけていた。
ロブたちに救出されてから、麻薬中毒のために、夢うつつをさまよったが、カスター自身、妙な感覚に囚われていた。
クレアに触れるとクレアの左腕がない感じがしてしょうがなく、コーディやアルバートに触れると幼い手を握っているような感覚がしていた。
3人以外の人間だと何も感じないのだという。
魔術師に能力があるとは、クレア自身は信じていなかったが、なにか気に当てられて、妙な力を植えつけられたのかと考えていた。
「こころが弱くなっている時、その代わりに普通の人間には有り得ない力というのが出てくるのだと医療の世界で言われてはいるのだけどね。」
そう言いながらも、クレアはカスターに対して気休めしか言えてないことは自覚していた。
「クレアさんの左腕が未来でなくなっていることなんてことがあっても、アルやコーディの手が幼くなるなんてことはないでしょう。
未来を感じているとは思えないですよ。ただ・・・。」
「ただ?」
「クレアさんが、来世の話しなんかするから、来世の話しかもしれないですね。」
コーディは二人の会話を聞きながらも、マッサージを淡々と続けていて、聞こえない振りをしていた。
「来世か。そうかもしれないね。」
「そうかもしれないねって、ショックじゃないんですか。」
「そうだなぁ、左腕をカスターにくれてやるんだった、それも仕方ないかなと。」
「ふっ、クレアさん。僕は左腕、要らないですよ。来世の僕自身がどんなものなのかがわからないんですし。」
「まぁ、なにか理由があってのことだろう。必要性があるんじゃないかなぁ。」
「何のですか。」
「こころが弱くなっていることで感じることだから、来世を知る必要性。
まぁ、こころが強くなれば、その感覚はなくなるってことだな。安心したよ。」
「こころ、強くなりますか。」
「なるよ。あたしの周りには弱い男なんていないんだから。」
ここでマッサージをしてから始めて、コーディの口から言葉が出た。
「こころ強いですね。クレアさんに縁のある男性はこころが強いひとなんですよ。
カスターさんはいまだけですから、いづれ強くなれますよ。」
コーディの笑顔にカスターも笑顔を返した。
「絶対いないとは限らないが。少なくとも、味方として戦っていけるオトコたちには、ってことだねぇ。」
コーディがマッサージの力を強くしていったので、クレアはうめき声を上げならも気持ちいいと言った。