第十五章 白い魚 7
ロックフォードの別荘で警護にあたったものはすべて外に出されて眠らせていた。
クレアは、プラスチック爆弾を仕掛けて、保護地区から遠ざかった頃にスイッチを入れて別荘を爆破させた。
証拠を失くすために。
ロブはパジェロブルーでSAFに帰還し、クレアはカスターを車にのせて、SAFの飛んでいる場所を目指した。
カスターをSAFに乗せると、コーディに任せて、クレアはSAFに乗らなかった。
ロブがその理由を尋ねると、クレアは車を返してくると言った。
「また、ひと仕事してくるみたいな感じですね。俺に内緒ですか。」
ロブはクレアの腕を掴んで言った。
「話を聞きたいのか。だったら、聞かせてやるよ。セリーヌを抱いてくるのさ。」
驚いたロブが掴んだクレアの腕を離すと、ニヤリと笑ってクレアは車に乗り込んだ。
車がその場を走り去るまで、ロブは棒立ちしていた。
ロブは診療室を覗いた。
コーディがせわしく動き回り、カスターの治療を施す準備をしていた。
コーディはロブがドア際に経っているのに気が付いて、声をかけた。
「クレアさんが気になりますか。」
「ああ。セリーヌが恋人じゃないだろう。」
「見返りですよ。」
「見返り?」
「ええ。いろいろと、手配してくれたりしたことの見返りです。
SAFのメンバーだから、何でも言うことを聞いてくれたと思いましたか。」
「理事長がそんなことまで、気を利かせてくれるとは思っていなかったさ。」
カスターの顔を覗き込み、コーディのそばまで寄っていった。
「コーディ。君は心配しないのか。クレアさんが自らの肉体を酷使するようなことをしていて。」
「それだけ、決意が固いのでしょう。」
言葉が返せなくなったロブの様子に、コーディは手を止めた。
「セリーヌさんが最初にクレアさんに近づいて、情報を聞き出そうとしたのです。
ミイラ取りがミイラになって、セリーヌさんはクレアさんの言いなりになりました。
セリーヌさんから情報を得る代わりに、こちらからもそれなりに情報を流したり・・・。」
「ジリアンを理事長に合わせるように仕向けたりか。」
「そうです。」
ロブはしばらく黙って、考え込んだ。
「もしかして、少佐にも?」
「そうかもしれませんね。でも、少佐のことはわたしにはわかりません。」
頭を掻いて苛立ちを隠せないロブに、コーディはロブの腕を取った。
「ロブさん、しっかりしてくださいね。クレアさんを信じてあげてくださいね。」
「君に言われなくても・・・。」
コーディの大きな手がロブの腕をしっかり掴んでいて、心まで掴まれたかのようにうろたえた。
「少佐が同性愛者だって、ご存知でしたか。」
「ええ!!!!!!」
「クレアさんがおっしゃってました。少佐の思い人は皇帝だそうですよ。」
コーディはロブの腕を放すと、ロブは両手を口に当てた。
(うそだろう。)
愕然としていたロブは、冷静になろうとした。
「クレアさんの体を求めないのはわかった。で、見返りに何を。」
「さぁ。ただ、少佐がスワン村の事を知りたがっているみたいだとおっしゃってたので。」
「そういうことか。」
ロブは胸をなで下ろした。
クレアはセリーヌと、ホテルで待ち合わせした。
セリーヌは同性愛者ではなかったが、クレアの指使いに身も心も奪われてしまっていた。
クレアは、セリーヌから得た情報の見返りに、白い魚の情報を流した。
ホテルを後にすると、テオに電話をした。
「スワン村ではレッドオイルが製作されている。」
「レッドオイル?」
「強力な爆弾みたいなものだ。」
「それを軍で輸送しようとしながら、黒衣の民族が略奪したかのようにみせかけて、スワン村に持ち込んだというのか。」
「そうだ。」
「目的は?」
「それは内部事情に詳しい少佐がご存知でしょう。」
「え?皇帝排除派が?」
「そっちは黒衣の民族が動いているのだと思うけどね。」
「なにぃ!皇帝派だというのか。」
「さぁね。」
含み笑いをした後、クレアは低い声で言った。
「ホーネットクルーは実質、解散していない。その証拠にレテシアがスワン村に来ていた。」
「なんだとぉ!」
ため息をついてから、次の言葉を言って、電話を切った。
「皇帝に知られないように、調べておいてほしいね。皇帝が秘密組織を結成していて、誰がメンバーになっているかってことをね。」
カスターは回復に向かい、麻薬を抜く治療はうまくいっていた。
しばらくは、悪夢に唸らせられて、夢か現かをさまよっていた。
カスターのそばで書類を作成していたクレアが、カスターが苦しんでいる様子に、顔を覗き込ませると、腕を掴まれた。
カスターの目は閉じていた。
クレアがカスターの頬に手を触れると、カスターの目が開き、掴んでいないほうの腕でクレアの頭の後ろを押さえ込んだ。
クレアの顔がカスターの間じかまで来た時、クレアは頬を触れた手でカスターの口を封じた。
「意識が戻っていたのか。」
カスターは両手を離し、クレアはカスターの口から手を離した。
「夢を見ていたんですよ。誰か知らない女性の腕を掴んでいて、それから抱擁していた。」
クレアは手放した書類を手に取り、ベッドから離れた。
「その人の左腕がなかったんですよ。僕自身も、別人だった。ただ、ものすごくせつなくて強く抱きしめていたんです。」
「すまなかったな。嫌な思いをさせてしまって。」
クレアが言葉を口にすると、カスターは唇を噛んだ。
「クレアさん、僕の命はあなたに捧げたって良いって思ってます。でも、その責任をとってほしいです。」
「責任?そんなもの。取れないよ。」
「見返りが欲しいとか、そんなことじゃないですよ。ただ、そばにいさせてくれるだけでもいいです。ロブのように。」
「はぁ~ん。お前勘違いしてるな。あたしは別に・・・。」
「わかってます。ロブのことを想っているとかじゃないことは。ただ、安心していたいだけなんです。」
「あたしのことを信じられないってことだから、安心できないのか。」
「信じてますよ。でも、クレアさん自身がどうなってもいいってわけじゃなくて・・・。ああ、何て言ったらいいんだろう。」
「責任はとってやるよ。今世は無理だから、来世でな。」
「来世?」
「ああ、今のあたしは汚れている。お前の責任を取れるほど、綺麗な体じゃないんだ。」
「いや、だから、体が欲しいとかって言ってるわけじゃ。」
「魂も汚れている。キャス、人を殺したことがあるか。」
「ないです。」
「あたしはこの右手でメスを持ち、人の命を永らえてきた。しかし、この左手で人を殺してきた。」
カスターはつばを飲み込んだ。
「それはお義父さんのためでしょう。だったら・・・。」
「違う。この世の中の理不尽さを無くす為さ。全部は無理だ、できる事をするしかない。」
「だからって、来世だなんて。」
「悪いな。来世じゃ、ちゃんと責任とってやるよ。」
「どうやって、責任取るんですか。」
「死ぬ前に誓ってやるよ。来世でまた、会えることを。」
クレアはカスターに背を向けていた。
カスターはその背に切ないものを感じていた。
夢に出てきた左腕の無い女性に姿を重ねてみていた。抱きしめたい衝動にかられていたが、出来ない自分がいてることに歯がゆく思った。
黒々とした空に、少し欠けた状態の月が輝いていた。
その月を見上げる少女がいた。
白い髪のおかっぱで、膝下のブーツ、短パン、上着は防寒着、皮手袋をはめていた。
「薫が死んで、次は厳か。あのオンナは知っているんだと思う。でも、しゃべらないと思う。
見せしめに誰かを殺さないとね。」
ヘッドセットのマイクに話しかけていた。
月の光をさえぎる物体があった。
「白い魚は空を飛びます。通信終わり。」
少女は崖の上に立っていて、そこから、下に向かって飛び込んだ。
そして、エアジェットの上に着地した。
少女はエアジェットの取っ手を掴むと、操縦席に合図をした。
エアジェットーは弧を描いて、先を上に向けると、ロケット噴射をし、上空へと消えていった。