第十五章 白い魚 5
スワン村にいていることに似つかわしくないレテシアの声だった。
振り返ろうとするクレアにレテシアは言った。
「そのまま、本を読んでいる振りをしていてください。」
クレアの頭によぎったのは、一人身の女性が危険だということだった。
「一人で来たのか。」
「そうです。」
「本を読みに来たのではないだろう。何が目的なんだ。」
「あのぉ、クレアさんを追ってきたのではないですよ。」
拍子抜けするような会話には慣れていたつもりだが、久しぶりに出くわすと、笑いが止まらなくなるが、こらえた。
「あたしがレテシアに追われるようなことをしているとは思えないが。」
「そうですね。追えば、なにかわかることもあるでしょうけど。
クレアさんがスワン村にいてることを知らないで来ました。」
ページをめくりながら、横目で周囲を見渡したが、視界に人らしきものは見当たらなかった。
「わたしのできることをしていこうと思って、動いてます。」
「何を目的に?」
「聞かないでください。」
クレアはためいきをついた。いつも、こうだ。レテシアとは会話のキャッチボールがなかなかできない。
それでも、素っ頓狂な声をだし、愛嬌のある笑顔を向けられると、許してしまえる。
「はいはい、なにも聞かなかったことにするよ。」
「ありがとうございます。」
どうして声をかけてきたんだかと思いながら、レテシアがひとりで動くはずないと背後にあるものは何だろうと考え始めた。
「クレアさんと話ができてうれしかったです。」
「あたしに聞きたいことはないのか。」
「知りたい情報は得ていますから。」
「そうか。」
「本当はもっとお話をしたいのですが。クレアさんはいつまでここにいらっしゃるのですか。」
「どうしてかなぁ。まだ、来たばかりなんだけど。」
本を読む振りをしているというより、思考を働かせているので、レテシアの話を半分しか聞いていない素振りをしていた。
「ちかくに、エメラルダグリーン号を待機させているのです。お時間があったら、じっくりお話したかったのですが。」
「残念だな。来たばかりなので、すぐに出るつもりはないよ。」
「お時間をとらせてしまって、ごめんなさい。」
「いいよ。いつものことだろ。なにも変わっちゃいないね。安心したよ。ある意味ね。」
「そ、そうですか。変わってませんか。では、また、会えたときに。」
「そうだね。お疲れさん。」
レテシアは足音もたてずに、その場からいなくなった。
そういえば、ロブが言ってたなぁとクレアは思った。
「レテシアは足音も立てずに、近寄ってくる。」
道理で気づかなかったはずだ、耳は良いつもりだったんだけどなと思った。
パジェロブルーの操縦席でレインはひとり、塞ぎこんでいた。
ベルボーイに言われた事を振り返っていた。
それまでは周囲に気づかれずに過ごしてきたつもりだったが。
コッコッ。
ジリアンが操縦席のドアをたたいた。
レインがドアを開けると、ジリアンは縁に肘を着いた。
「あの夜のこと、全部の話を聞いてなかったね。何を言われたのか知らないけど。つまらないことを言われたのでしょ。」
「命を狙われる理由だよ、知りたいって思うだろ。」
「思わないよ。ただの脅しだよ。それより、誰かを疑えって言われた?」
レインの顔色が変わった。
「図星なんだ。そんなの、考えても無駄だよ。誰を疑っても仕方ないよ。どこの誰かもわからないような奴を信じるなんておかしいよ。」
「そんな、誰かがスパイかもしれないんだよ。」
「誰がスパイなんだよ。アルかい?コーディさん?ジョナサン?僕たちが良く知っている人を疑ったりしてないよね。」
レインは愚の音も出なかった。
「無意味だよ。誰かを疑うなんて。」
「キャスのことは心配していないのか。」
ボソッとつぶやいた。
「レイニーは心配していないんでしょ。」
「さっきから、うろたえてない感じだから。」
「クレアさんが心配しなくていいよって。必ず戻ってくるから、戻ってきたら暖かく迎えて欲しいって。」
「キャスがもどってきたら、兄さんまた殴るのかな。」
「殴らないでしょ。大丈夫だよ。そこまで理不尽じゃないと思う。」
クレアのところにテオから連絡が入った。
「餌が動きだした。」
川岸の街で2、3日停泊した後、深夜にエアジェットの迎えが来たのだという。
クレアは見当をつけていた。
理事長の秘書セリーヌにミセス・ロックフォードの別荘を調べさせて、川岸の街からエアジェットで飛べる範囲を特定し、1件を絞り込んだ。
SAFがいてる場所からパジェロブルーで迎える距離だった。
クレアとロブは用意をして、パジェロブルーに乗り込んだ。
クレアはジョナサンにも聞こえるように、「カスターを迎えに行く」と言った。
(もし、向こうで罠でも仕掛けられたら、ジョナサンはスパイだ。)