第二章 レインとジリアン 3
レインは止まるわけには行かないと思い、ハンドルを切って右に行こうとしたが、男たちの一人がジリアンに飛びつき、ジリアンはエアバイクから振り落とされた。
レインは、右に行かずに、Uターンした。
振り落とされたジリアンは、飛びついてきた男を振り払い、起き上がって川沿いとは反対側に走り出した。
飛びついた男ともうひとり、ジリアンの後を追った。
ジリアンは細い路地へ行き、路地を抜けところで右に隠れてリュックを手にもち、追っかけてきた男の足めがけて振り回した。
ひとりは、足元から崩れ倒れ、もうひとりがその男に重なるように倒れた。
ジリアンはその男の背中に乗り、立ち上がれないようにジャンプを繰り返して、元来た場所へと走りだした。
レインは、Uターンをしたと同時にハンドルの下のボタンを押し、左足を後ろに踏ん張り、右足を前に折り曲げしゃがむ姿勢をとる。
エアバイクの底の前半部分からジェット蒸気が出ると、バイクは前のめりになり、レインは、男たち二人ほどに向かった。
男たちはバイクになぎ倒された。
起き上がろうとするところへ、エアバイクが回転し、後ろの部分が顔面に殴打し、男たちは気を失った。
さきに、物陰から出てきて合図を送っていた男があらわれて、レインに飛びついた。
そして、エアバイクは右に倒れこみ、二人とも、同時に地面に体をたたきつけた。
レインはハンドルから手を離すことが出来なかったため、右腕を強打し、うめき声を上げた。
レインに飛びついた男は地面にたたきつけられて手を離したため、転がっていったが、その場所にはジリアンがいた。
ジリアンは転がってきた男の顔面めがけてリュックを振り下ろした。
ジリアンは、襲ってきた男たちが動けないことを確認した後、バイクをおこし、ハンドルを握ってエンジンをかけ、レインは右腕をかばいながら、バイクの後ろに乗った。
二人は、川沿いに向かって走りだした。
男たちは追いかけてこない。
川のそばに来ると、川の流れは速い。
川の流れにハンドルをとられないようにしないと、横転して川に落ちてしまう。
ジリアンには力がなく、レインは右腕が利かない。
ジリアンが悩んでいると、レインは「代わろう。」とジリアンの右肩を握った。
「大丈夫なの?腕痛めたんでしょ。」
「両足で踏ん張れば、左腕だけでもハンドルをとられないでいけるよ。」
ジリアンはしぶしぶ交代したが、レインの右腕はハンドルが握れなかった。
川沿い間際にくると、ハンドルの下のボタンを押し、エアバイクの底からジェット蒸気が噴射し、川面に乗り上げる。
レインは立ち上がって両足を前後に踏ん張り、ジリアンはレインの背中にしがみついた。
左手でハンドルをとられないようにして、レインは歯を食いしばった。
荒い波がエアバイクを襲うと、レインはボタン操作で底からジェット蒸気を出し、バイクを回転させて横転しないようにした。
なんとか、オホス川を渡りきったが、勢いで、地面に滑り込み横転した。
そのとき、レインはハンドルを放したので、ふたりはバイクからほうりだされた。
二人は受身をとったので怪我はしなかったが、レインは痛めた腕をさらに地面に打ちつけた様子に叫び声をあげた。
「うあぁ。」
ジリアンは泣きながら、起き上がって、バイクを起こし、レインを抱きかかえるようにして、乗せて、ハンドルを握ってバイクを走らせた。
「うっ、うっ、うっ。」
「くぅ~う。」
レインは痛みを堪えるのに必死だった。
ジリアンは泣きながら、ハンドルを握り締め、自分を見失っていた。
二人はドックの崖の下入り口にたどりつき、バイクとレインを置いて、ジリアンは中に向かって走りだした。
「キャス!キャス!」
走りながら、叫んだ。
ジリアンがたどり着いたのは、住居スペースで、吹き抜けになった場所だった。
「キャス!キャス!どこにいるのぉ!」
ジリアンは泣き叫ぶと、その声は反響した。
何事かと、カスターは食堂から、飛び出し、吹き抜けのフロアに出てきた。
カスターの姿を目にしたジリアンは、後ろを指差した。
「レインが、レインが大変なことに」
カスターは、いつになく取り乱したジリアンをみて、ただ事ではないことを感じた。
ジリアンの叫び声を聞きつけたロブは地下の作業場からあがってきた。
レインがジリアンを心配して、駆け足でその場所にやってきた。
レインは大丈夫そうだったが、袖をまくりあげた右腕は腫れ上がり、顔にかすり傷があった。
ジリアンは、鼻水を垂らし、引きつって泣いていると、過呼吸に陥った。
「すぅはっはっ。すぅはっはっ。すぅはっはっ。すぅはっはっ。」
ロブはジリアンにかけより、両肩を両手で押さえる。
「ジリアン、しっかりしろ、俺の目を見ろ。ゆっくり呼吸をするんだ。」
「すぅはっはっ。すぅはっはっ。すぅはっはっ。すぅはっはっ。」
息をするのに必死なジリアン。
心配そうに眺めるレイン。
レインの腕をとるキャス。
「レインの腕の骨、折れてるかもしれない。」
そこへ食堂から、ジゼルがかけつけた。
「いったい、どうしたっていうの。」
「ジゼル、そばに来るな。離れていろ。」
そういわれて、ジリアンが過呼吸になっている姿を認識して、あとずさりしたジゼル。
「ああ、ごめん。」
ロブはジリアンを抱きしめた。
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ」
目を見開いて、ロブをみることが出来なかったジリアン。
「ジリアン、僕は大丈夫だから!大丈夫なんだよ!」
ジリアンを落ち着かせるため、レインは大声を張り上げた。
ロブはジリアンを強く出しきしめると、片手で背中をさすった。
「よしよし、ジリアン。もう大丈夫なんだ、心配することはなにもないんだよ。」
そういって、もう片方の手で頭をなでた。
ジリアンの過呼吸がおさまりはじめた。
ロブはキャスに向かっていった。
「キャス、テントウムシを出してくれ。レインをタイディン診療所に連れて行く。」
「わかった。で、レインはこのままか。」
ロブはジリアンの顔を自分の胸にうずくませると、振り返って、ジゼルに言った。
「ジゼル、すまない。レインの右腕をなにかで固定してやってくれないか。」
「わかったわ、ロブ。レイン、いらっしゃい。」
ジゼルはレインを手招きして、食堂へ連れて行った。
過呼吸が止まったジリアンだったが、泣くのは止まらなかった。
ジリアンには、精神的ダメージをうけたトラウマがあったのだった。
BGM:「アフターダーク」ASIAN KUNG-FU GENERATION