第十四章 まさか 女難 9
レインがドアを開けると、そこにはホテルのベルボーイが立っていた。
レインがドアノブをしっかり握っているのに対して、ベルボーイはドアの端を手で押し開けた。
レインを押しのけて、部屋の奥へ行くと、窓際に立ち、カーテンを引いた。
窓から満月の明かりが部屋のなかに差し込んだ。
レインがドアを閉めて、奥へと足を運び、月明かりに照らされたベルボーイの姿をみた。
ベルボーイはレインのほうに向いていたのに、目はレインを見てなかった。焦点があっていなかった。
「だめだなぁ、きみはほんとに。」
レインがしかめっ面でベルボーイをみていると、ベルボーイはポケットに手を入れて、すぐに出して銃を持ったように見せかけた。
「バーンッ。ハイ、君、死んでるね。僕が銃を持っていたらね。」
ベルボーイはレインに近づいて、胸倉を掴み、窓際にひきずってきた。
「な、なにをするんだ。」
レインの顔に自分の顔を近づけ、目がどこを見てるかわからないのがはっきりとわかるようにした。
「ジリアンと、君を、殺すように言われてるんだ。ジリアンは殺せなかった。ドアを開けてくれなかったからね。」
また、自分が馬鹿なことをしてしまったと、レインは屈辱的なものを感じた。
「でも、僕は、君を殺したくはないんだ。君を殺すと、悲しむ人がいて、その人が悲しむ姿を僕はみたくないから。」
レインは何を言おうとしているのか考えてもわからないから、殺そうとする理由を知らないままでは抵抗できないとじっとしていた。
「君は無防備すぎるんだ。自分自身に対して、周囲の人に対して、ものすごく、甘く考えでいて、そして、なんでも受け入れてしまおうとする。」
「いったい、あなたは何ものなのです。」
それが精一杯に、出た言葉だった。
「これだけは、言いたい。忠告だよ。あの方はとても、憎んでいる。君の存在そのものを。そして、歯がゆく思っている。君を殺したくてしょうがないことを。」
ベルボーイはそういうと、掴んでいた手を放した。
「ジリアンも、君も、命を狙われている。あの方が殺したいって思っているから。僕が殺さなくても、誰かが殺す。
そして、僕は、あの方がもうひとり殺したがっていて、その人の命を守るために、君たちを殺そうと思っていたんだ。
僕の目的は、その人の命を守るため。間違いに気がついたから、君に忠告するんだ。」
ベルボーイはレインの両肩を抱き、顔をまた近づけて、食べてしまいそうな勢いで口を大きくあけて、口を閉じると、言葉を発した。
「君のまわりに裏切り者がいる。いつ、殺されてもおかしくない。人を信用するな、疑え、疑ってかかれ。いまみたいに、メモ書きひとつでドアをあけるようなことがあったら、もう君の命はないよ。いいね。」
そういうと、ベルボーイはレインの肩を抱いていた手を放し、急ぎ足で、ドアに向かい、部屋を出ようとした。
レインは咄嗟にベルボーイに声をかけた。
「キャスをどうしたの?」
ベルボーイは立ち止まって言った。
「今、お楽しみ中だよ。邪魔しちゃだめなんだ。時期にもどってくるよ。大人しく待ってなさい。」
ベルボーイはドアを開けて、レインに手を振り、去っていった。
朝食をペントハウスでとり、お別れの挨拶をしたジリアンは、また会おうとセイラに約束をした。
セイラの顔は真っ赤になって涙で頬が濡れていた。
セイラはジリアンの事を実の兄だと知らない。でも、ジリアンの想いがセイラに通じてしまっているかのようになついてしまった。
カスターが部屋にもどると、レインはまだ寝ていた。
なにごともなかったように、カスターはベッドに入り、寝たふりをした。
レインとカスターはチェックアウトを済ませ、レストランで朝食をとっていた。
レインはカスターが部屋を出て、何をしていたかは聞きだそうとはしなかった。
レストランを出ると、ロビーでは人だかりができていて慌しかった。
ホテルマンが客を引き止めている様子で、指図しているようだった。
ジリアンはセイラと別れをつげて、ようやく第六秘書のセリーヌに連れられてロビーに出てきた。
メモ書きが部屋に入れられたことで、レインにも同じことが起きているんじゃないかと心配していた。
ロビーの様子をセリーヌがホテルマンに情報を聞いて、ジリアンに何が起きているか話した。
「非常階段でベルボーイが死んでいるのが見つかったそうよ。これで足止めになるかもしれないわ。」
「レインたちは無事かな。」
「先ほど、レストランで朝食をとっている様子でしたので、無事のはずです。」
ジリアンは少し安心したが、気が気でなかった。
ジリアンはレインとカスターを見つけると、すぐさま、騒ぎの様子を話した。
レインは、ベルボーイの死に青ざめた。
レインの様子に気がついたジリアンは、レインに何か起こったのだと悟った。
「カスター、昨日の晩は部屋から出ていないよね!」
カスターは言葉を濁しながら、すこし、部屋をでたようなことを言った。
「レイニー、部屋に誰かいれたんでしょう。」
レインをにらみつけて、怒って言った。
ジリアンが部屋のドアを開けなかったことを知っていたレインは、ジリアンがなにか起きていると知っていることにうろたえた。
「レイニー、ちゃんと話さないと大変なことになるよ。」
昨晩あったことをその場で話をすると、カスターが青ざめた。
しばらくして、カスターが昨晩フロアを歩いているところを従業員に見られていて、警察に告げられたので、事情聴取を受けた。
アリバイ証明できるカオル=ロックフォードはすでにチェックアウトを済ませ、ホテルを出ていたが、警察が連絡をとり、アリバイが証明されたので、開放された。
レイン、ジリアン、カスターの三人が、パラディーゾデラモンテグナ都市にもどってきたのは、夜になってからだった。
事件があって足止めになっていたことは、すでに知られており、カスターがロブに会うと、速攻殴られた。
「お前は、何のために、ふたりについていったんだ!」
レインが止めに入ったが、ロブはレインも殴った。
「お前も無防備すぎるんだ。どうやったら、ドアを開けて、知らない人間を部屋に入れることをするんだ。」
ロブはカスターを引きずって、SAFの中に入っていった。
ロブの後に入っていこうとしたレインをジリアンは止めた。
「だめだよ。カスターが悪いんだから。」
「なんだよ、ジル。カスターだけが悪いわけじゃない。」
「レイニーだって、殴られたでしょ。」
ジルを振り払って、SAFに入ろうとすると、クレアがレインを止めた。
「レイニー、話がある。こっちに来なさい。」
クレアの顔は怒っていなかったが、怒られると思うと、レインは背筋が凍る思いがした。
「はい。」
大人しく、クレアについていった。
ジリアンがクレアについていこうとしたが、来ないように言われた。
不安そうな顔をしているジリアンに、コーディが肩を抱いた。
「クレアさんはレインさんを怒ったりしないわよ。カスターさんのことはわたしが後で見てあげるから、大丈夫よ。」
「僕はどうしたらいいの?」
「アルバートさんが寂しがっていたから、話し相手になってあげて。」
ジリアンはうなづいて、アルバートのところへ行った。
クレアは人気の無いホテルの庭園にレインを連れて来た。
うつむいていまにも泣きそうなレインをみて、クレアは呆れたように言った。
「おまえさんは、ほんと、どうしようもないね。無防備なのは、母親譲りなのかなぁ。そう思えば、諦めつくかもね。」
クレアの顔をみて、何もいえない状態に、涙がこぼれてきた。
「ご、ごめんなさい。」
「質問したいんだけど、いいかな。」
「あ、はい。」
レインはつばを飲み込んだ。
「部屋に誰を入れたんだ。」
「たぶん、非常階段で死んだベルボーイだと思います。」
「ベルボーイだけ?」
「ええ。」
レインは昨晩の出来事を全部、クレアに話した。
「昨日は満月だったからなぁ。そういうことか。」
クレアは疲れきった目でレインを見ていた。
「観劇を見に行ったんだって。楽しかったかい。」
「あ、いえ。レジーナの悲恋物語で、観劇するのはやめようって。」
「そうか。」
劇場でセシリアに会った話をすると、クレアはセシリアが麻薬に犯されている話をした。
「関係あるかもしれないから、学園の理事長っていう男も調べておこう。」
クレアは涙がこぼれおちたレインの頬に手を当て、すこし音がする程度に叩いた。
「レテシアに会うまでは無事でいるんだ。無茶なことして死に掛けたことを忘れるなよ。」
「はい。すみませんでした。」
「ジルにはメモを書いて渡してあったんだ。部屋を出るなと、入れるなということをね。」
「え、そうなんですか。」
「ジルのことだから、メモを渡さなくても、人を入れることはしないとは思うが、万が一を考えてね。
レイニーは自力で相手を倒せるかもしれないが、ジルはまだ無理だからな。」
非力ゆえの防御が身についているのだろう。体を鍛えていることで無防備になっているといわれているようだった。
「最後にさ、聞きたいんだけど。」
「あ、何ですか。」
「カオル=ロックフォードって、どんな女性だったの?」
「エレーナさんと同じぐらいの年齢かな。白髪で、綺麗な人でした。」
「胸は?」
「え?」
レインは思わず赤くなった。指先の汚れを指摘される時、後ろから抱きつくようにされたことを思い出した。
「胸って、そのぉ、後ろから抱きつかれるように手をまわされて、そのぉ、やわらかいものが背中に当たった感じはあったけどぉ。」
恥ずかしくて、それ以上詳しくいえなかった。
「胸は大きいんだな。」
「あ、は、はい。」
「わかった。もう、遅いから、ジルと一緒に、SAFで寝てなさい。」
「はい。わかりました。」
レインはクレアが何を知りたがっていたのかわからなかった。
カオル=ロックフォードから言われた「女難」の話をしようとした。
しかし、クレアが言った言葉がすこし気になった。
「満月かぁ。オンナが満ちる時だな。」
レインは何もいえなくなって、その場から立ち去った。