第十四章 まさか 女難 8
カスターはホテルに向かうタクシーの中でポケットの押しこんだ紙を取り出し、見た。
紙には、ホテル名とルームナンバーが書いてあった。
同じホテルだし、レインたちが寝たら、こっそり、行ってみようとカスターは考えていた。
「なにしてるの?キャス。」
「いや、何も無いよ。」
「へ?」
カスターは、あわてて、また、紙をポケットにしまいこんだ。
「しかしぃ、レインはすごいなぁ。あんな素敵なお嬢さんに好かれちゃうんだなぁ。」
「好かれてなんか、ないよ。」
「え?だって、手紙のやり取りをしようって約束してたでしょう。」
タクシーに乗る前に、レインはコーネリアスから、学園通学のための寮の住所を手紙のあて先に添えて、紙を渡したのだ。
レインは口頭で、グリーンオイル財団研究所第六秘書セリーヌ=マルキナ気付けで手紙を出してほしいと言った。
「コーネリアスは、兄さんのような男性が好みのタイプなんだ。金髪の碧眼っていう眉目秀麗な男性だってさ。」
「なんか、差別的な感じだな。お金持ちってそういう人種かもしれないが。ロブが父親だって、知ってるの?」
「知らないよ。ペンフレンドになるんだから、べつにいろいろとあからさまに話をしなくてもいいでしょう。」
「エミリアさんは?」
「関係ないよ。」
「どうして?」
「弱音を吐いてしまいそうになるから。」
レインはうつむいて、歯を食いしばった。
「そんな意地張らなくても、相手は年上だし、ちょっとぐらいいいと思うけど。僕が口出しすることじゃないよね。」
レインは車の窓から外を眺めた。
カスターは、ロブとレテシアさんのことが複雑に絡んできちゃったのかなと考えた。
二人がホテルに着くと、ロビーで秘書のセリーヌが待っていた。
「お二人の帰りが遅くなると思いまして、ジリアンさんとは別の部屋に寝泊りしてもらいます。」
「ジリアンはもう?」
「ええ、お休みになりました。」
セリーヌから、鍵を受け取り、二人は部屋に入った。
ジリアンはベッドに入っていた。
枕元には、コーディが手渡したクレアの伝言メモがあった。
(部屋でひとりになっても、誰も入れないように。なにかあっても、夜に一人で部屋をでないように。)
ドアをノックする音がしたので、ドアのそばまで行くと、ドアのしたの隙間から、紙が入ってきた。
紙に書かれた内容は、命を狙われる理由が知りたければ、ドアを開けるようにというメモだったが、ドアを開けなかった。
そのまま、ベッドに戻った。
理事長の話を思い返していた。
ジリアンはきっぱりと、養子になるつもりはないと言った。
理事長は時間がかかると思っていると言い、今すぐにとは言わないと食い下がった。
そして、黒衣の民族との混血児の居所がわかって男子だった場合、その子を養子にするのだと言った。
セイラのことは、思いがけなくて嬉しかったが、混血児の兄か姉のことを考えると憂鬱になった。
両手で目頭を押さえて、考えないで寝てしまおうと思った。
そして、スタンドフィールドを離れることなんて、これからさきも考えることはないと強くこころに誓った。
災害救助で助け出されたけが人の外科手術にずっと、こなしてきたクレアは、短時間の仮眠をとってから食事を摂っていた。
コーディがクレアに近づいて、話しかけた。
「マルキナさんから、伝言です。魚が餌に食いつきましたということです。」
「そうか。そういうことなら、あの子たちは無事なんだな。」
「そうです。」
「ありがとう。」
コーディは伝言を伝えると、その場から去った。
クレアは、コーヒーと硬いパンを持って、ロビーに出た。
月明かりがまぶしくて、目を細めていると、ロブが近づいてきた。
「お疲れ様です。これから、休憩ですか。」
「いや、さきに仮眠をとったよ。これからは見回り。経過確認だよ。」
「そうですか。外科手術が一段落したんですね。」
「まぁ、これから救出されても、外科手術か必要にはならないからね。」
「あいつらをここから、遠ざけたのは、邪魔になるからですか。」
「まぁ、それもあるし。理事長がジリアンと話したがっているということがあったのでね。」
「何の話ですか。」
「養子縁組だよ。」
「え?!」
クレアは、ロブに、コーディが仕えていた前理事長の話をした。
グリーンオイル財団の理事長の後継者は男子と決まっていて、後継者がいない場合、排除される。
つまり、前理事長は息子がいなかったために、殺されたということなのだと。
前理事長には娘さんがいたが、奥さんとともに事故に会い亡くなっていた。それは事故なのか殺されたのかは不明だった。
たとえ、ジリアンが理事長の実の息子でなくても、セイラと血のつながりがあれば、養子として後継者にできる。
セイラに息子ができれば、後継者として養子になった者と交代すればいいという話だった。
「ジリアンを養子になんて。」
「ジリアンが養子に行くわけないだろ。そんな子じゃないよ。ジリアンの口からはっきりと断られることが必要なんだよ。
養子問題のために、混血児の情報を手に入れるようと躍起になっているみたいだからな。」
「しかし、クレアさん。それはあかさずにダン先生が亡くなったことで、知る術がないということでしょう。」
「義父さんは、あかさないことで、あたしや周囲の人間を守ったつもりなんだろうけどねぇ。」
「スワン村でなにか情報手に入れたのですか。」
「話す気はないよ。」
「そ、そうですか。」
ロブはクレアから聞き出そうとしても、肝心なことは言わないのを良く知っていた。
「アルはもう大丈夫だから、あしたからはロブも力仕事をしてもらうことになるから、今のうちに睡眠をとっておきな。」
「力仕事ですか。」
「ああ、死体運びだよ。」
クレアはさりげなく、えぐい話をし、ロブは眉間にしわを寄せ、嫌そうにした。
カスターはレインが寝付いたのを確認して、部屋を出た。
ミセス・ロックフォードの部屋に行き、ドアをノックした。
「あら、もういらっしゃらないのかと思ってましたわ。」
彼女はバスローブを羽織っただけの姿でカスターを迎え入れた。
カスターは鼻の穴を膨らませた。
「お話をするだけでしょうか。」
「あら、わたくし、早合点したのかしら。眠りを誘うのに童話でも聞かせてくれるのかしら。あなたはあの少年の子守なの?」
「いえ、違いますよ。」
「だったら、わたくしと裸で会話しましょうよ。」
「え、いいんですか。」
妄想どおりでの早い展開、カスターの胸が高鳴る。
彼女はカスターの肩に腕を回した。
「バスローブの紐をといてくださるかしら。」
カスターが彼女のバスローブの紐を解くと、襟元からはだけて、胸があらわになり、カスターは我慢できずに彼女をベッドに押し倒した。
激しくドアをノックする音が聞こえた。
レインは寝ぼけ眼で周囲を見渡し、カスターがいないことに気がついた。
(部屋から閉め出しになっちゃったのかな。)
レインがドアに近づいて、カスターなの?と声を掛けると、ドアの下から、紙が出てきた。
紙に書かれた内容は、命を狙われる理由が知りたければ、ドアを開けるようにというメモだった。
レインはドアを開けてしまった。