第十四章 まさか 女難 6
グリーンオイル財団の理事長が泊まっているペントハウス、そのダイニングルーム。
セイラはメイドのカミーユに食べさせてもらって、夕食を摂っていた。
隣にはジリアンがいて、セイラがにこやかに大人しくしていたのはジリアンがお絵かきに付き合ってくれたからだった。
セイラの嬉しそうな様子に、理事長のデューク=ジュニア=デミストは顔を緩ませながら食事を摂っていた。
「時に、ジリアン君。君は先ほどから、セシルのことを聞いたりしないね。気に掛けたりしないのかな。」
ジリアンはあのころの暗闇に引き連れ込まれる感覚がして、青くなって硬直した。
引きちぎれそうになるくらい腕を引っ張られて、小屋に連れて行こうとするセシリアの姿が脳裏に浮かんでいた。
「君にとっては、実の母親なんだよ。そして、その同じ母親をもつセイラがそこにいてる。
幼い娘がここにいるというのに、母親はそばにいないんだよ。おかしいと思わないかい。」
セイラは父親のダグラスが何を言っているのかわからないので、口のほおばった食べ物をよく噛んで食べることに集中していた。
「マルキナさんから、病気だと聞きました。」
脂汗がでてきそうに、体がだるくなるのを必死に意識にしないようにして、搾り出すように言葉を口にした。
「確かに、病気なんだ。でも、もう、治らない病気なのかもしれない。何度も手を尽くしたが、どうにもならないんだよ。」
ジリアンはどんな病気かと尋ねることはしなかった。セシリアがどんな病気になろうとも、関係ないと思っていたからだ。
セイラは悲しむのだろうかと、それだけが脳裏に浮かんだ。
「この話の続きは夕食後にしよう。」
ジリアンは浮かない顔をした。セイラとこのまま、ずっと一緒にいられたらいいのにと思っているのに。
カスターはひとりホテルのレストランで、食事をしていた。
なにか、視線を感じるので、振り向くと、白髪の女性がカスターをみているのに気が付いた。
目が会うと、首をかしげてニコリと笑顔になるので、ドキッとした。
その女性が席を立って、カスターに向かってくるので、何か声を掛けられるのかと待っていたが、その女性はカスターの横を通り過ぎていった。
カスターは自分の妄想の思い違いにガッカリした。
(期待通り展開しなくても、声をかけてもらうだけでもいいのに。)
ないか、と思いながら、カスターは天井を見上げた。
アルバートに付き添っていたロブだが、周りがあわただしくしているのに、じっとしていられない気持ちでいた。
アルバートは鎮静剤と睡眠剤で、気持ちよくうつ伏せで寝ていた。
コーディに声を掛けられて交代し、夕食を食べに行った。
夕食は配給になっていて、器とフォークを手に持ち、鍋を横に置いた係りの者に渡すと、スープを入れてくれる。
硬い棒状のパンを手渡されて、ロブは食した。
ホテルのロビーは吹き抜けでそこから外が見渡せる。
日が暮れて夜になっていたが、ホテルの玄関には庭園が広がり、街灯があたりを美しく照らしていた。
巨大な岩盤落石の粉砕爆破により、庭園も荒れて破壊されたところもあったが、ところどころ街灯が点いていなかったので見苦しくはなかった。
一息ついたところへ、庭園に出てみると、虫の鳴き声が聞こえ、涼しい風が吹いていた。
リラックスできそうな状態に、相反するものがロブのそばに現われた。
むさくるしい男がふたり、テオとディゴが汗をかき、その汗に土埃がまとわりついていて、より一層むさくるしさをかきたてていた。
「ひさしぶりだな、ロブ。」
「ご無沙汰ですね。アラゴン少佐。」
少佐の分も食事もらってくるよとディゴはそのまま、中に入っていった。
首に巻いていたタオルで顔の汚れや汗をふき取り、テオはそのまま、そこへ座り込んだ。
庭園には他にも人が何人かいて、疲れを癒し涼んでいた。
「レインに会ったが、レテシアと間違いそうになるな。」
「髪は短かくしてましたか。」
「ああ。」
ロブが知っているレテシアはロングヘアーであって、短髪でなければ、見間違うことはないだろうと思っていた。
「ところどころで会う軍人には、よく間違えられて、レインはふてくされるんですよ。」
ロブはそう言い草をしながら、目は遠くを見ていた。
「女の子みたいだからなぁ。まぁ、でも、たくましく見えないことも無いな。体がしっかりと引き締まっているように見えた。」
ディゴが両手に器を持って、現われると、立ち上がってテオは器を受け取った。
「人気の無いところで話をしたいんだが。」
テオの言葉にただならぬ雰囲気を感じ、ロブは身まがえしながら、うなづいて、ディゴとともにテオについていった。
「人に聞かれたらまずい話か。」
ディゴがそういうと、テオは「そうだ。」と言った。
テオが話す内容は、軍部の内情だった。
軍部は今、皇帝崇拝派と、皇帝廃嫡派に分かれていた。
次期皇帝に、皇女殿下フェリシアを望まないものが軍部で派閥を作り、徒党を組んでいるというのだった。
皇帝崇拝派といっても、皇帝を亡き後、力なき皇女殿下を擁して摂政を狙う者がいるかもしれないという。
「ホーネットクルーは、その廃嫡派によって、解散させられたと思われているが、事実は皇帝が下した命令であったからな。」
「皇帝を守護する軍隊でも作れば、表沙汰での恐怖政治でも始まるとでもいうのか。」
「そこまですることにはならないだろうが、廃嫡派は宮殿に近寄れないように、遠ざけられているところはあるさ。」
「それで、アラゴン少佐は、このような災害救助の任務に就かれていて、廃嫡派には煙たがれているのではないですか。」
テオは、スープをすすり、パンをかじり、しばらくだんまりを決め込んだ。
「クレアが首を突っ込んでいるのはグリーンオイル財団で、義父のダンが亡くなった事件にまちがいなく関わっているからだが。」
食べ終わったディゴは、器をその場において、座り込んだ。
「グリーンオイル財団がどちらについているかだな。表面上は皇帝についているように見えるが、一方では廃嫡派についているんじゃないのか。」
ディゴがしゃべり続けていて、ロブとテオの双方は話をしようとしなかった。
テオが言いたい事を口にした。
「グリーンエメラルダ号が、どっちについてるか気になるんだ。ハートランド艦長による私物化が軍の内部では問題にならないわけじゃない。
皇帝が容認しているとの話もあるが、帝位に就く前からの話しだというのを知っているものがいるからなぁ。」
テオが言わないとしていることを、考えないわけでもないとロブは思っていた。
皇帝についていると思われても仕方ないし、命を狙われるなら、それは承知の上で、自分の身は自分で守らなければならないことぐらいはするだろう。
「ロブ、お前は知っているのか。」
「何ですか、急に。」
「レテシアが空中アクロバットをしているのさ。あいつ三十路だぞ。」
「はぁ!?」
「エアジェットで空を飛んでいるのではなくて、身ひとつで空を飛んでいると見た者は言うんだ。」
ロブは額に手を当てて下を向いた。
(あいつ、何を考えているんだ。)
「お前に対するパフォーマンスじゃないだろうなぁ。」
開けっぴろげにディゴは言ったが、だったら痛い話じゃないかと言葉を口にしないままに、ロブはいたたまれない気持ちになった。
下を向いた顔を上げると、青白いくすんだ空に真ん丸い月が明るく照らしていた。
レインが劇場に着いて、車から降りると、大理石で出来た玄関に彫刻の造形物がレインを迎えてくれた。
おのぼりさんよろしく、周囲を見回して、立ち止まっているレインに、コーネリアスが後ろから腕を差し込んだ。
あっエスコートしなきゃとこころでつぶやくと、レインは背筋を伸ばして、コーネリアスの腕を引き寄せた。
二人が玄関を通ると、紳士淑女が多くいて、受付の前で混雑していた。
ロビーは4階吹き抜けで天井からいくつかシャンデリアが下がっていて、より一層チカチカときらめいていてまぶしかった。
受付では、執事のピエトロに言われたとおりに、小切手帳を出し、すでに書かれて捺印されたものをその場で切り取り係りのものに手渡した。
受付を済ませると、3階に席があるからとロビー脇の階段に進み、3階に着くと、10代の女性が連れ立って固まっている人だかりがあり、そのうちの一人がレインとコーネリアスを見つけると隣に口伝えし、そして、一斉に二人の方へ視線がいった。
「あらぁまぁ、うそつきお嬢様がいらしたわ。ペテン師をお供に連れて。」
一団のなかから、高慢そうな女が前に進んできて、二人を一瞥した。
そして、周囲は口々に言いたい事を言う。
「アレックスの子孫って大嘘ね。なにあれ、アレックスは金髪なのに、あの子はブラウンよ。」
「凛々しいお姿が生き写しにならない、女の子みたいだわ。」
「アンコーナ家って成り上がりじゃなかったかしら。」
「嘘をつくのも平気なのねぇ。」
コーネリアスの耳に侮蔑な言葉が聞こえても、聞こえない振りを決め込んでいた。
レインは動揺していたが、コーネリアスの毅然とした態度に、気を引き締めた。
人だかりを避けて、客席へ向かおうとドアに足を進めていると、人だかりの奥から聞き覚えのある声がしてきた。
「青臭い、田舎者のにおいがするわ。」
レインは立ち止まって、振り返った。
人を分けて前に進む婦人があらわれて、羽付きの扇子を口元に当てて言葉を発した。
「臭い、臭い、臭い、ほんと臭いわ。においが鼻につくわ。どなたかしら、このような青臭いお子様を観劇に連れてこられる方は?」
レインは驚きのあまり、開いた口がふさがらなかった。
その婦人がセシリアだったからだ。
レインを軽蔑する様子のセシリアは、レインが好きだった淡い石鹸の香りが漂う笑顔が素敵なセシリアではなかった。
今にも、手に持った扇子でぶたれるのではないかと思うような勢いで、にらみつけられた思いがした。
セシリアの後ろから、紳士があらわれた。
「どうかなさいましたか、デミスト婦人。声を荒げて、あなたらしくもない。」
赤茶色のベルベットの上着を着こなし、宝飾品を身につけていて、見劣りしない容姿の紳士はコーネリアスが通学するお嬢様学校の理事長だった。
こげ茶色の巻き毛を指でいじりながら、笑顔でレインたちを見ていた。
「アンコーナ嬢ですね。あなたの話題が上っていたところなのですよ。お連れの方が噂のスタンドフィールド家の方ですか。」
嫌味のない笑顔に、レインは少しホッとした。セシリアは相変わらず、蔑んだ目をしていた。
「ブライアン。その少年を中に入らせないで頂戴。臭くてたまらないわ。」
「そのようなこと。アンコーナ嬢がお連れした方に対して失礼ですよ。」
理事長はセシリアの肩を抱いて、客席に向かおうと促した。
「アンコーナ嬢、気を悪くしないでくださいね。わたしがお連れした婦人は気分が上下する方なのです。わたしからお詫びします。ごめんなさい。」
「いえ、そんな、わたし、気にしていませんわ。理事長。」
「ミスター、馴れない場所での不愉快な出来事に気落ちしないでくださいね。今日の観劇をぜひ、楽しんでいただきたい。」
理事長は笑顔でレインに話しかけた。そして、彼を置いて、先にいったセシリアを追いかけるように、その場を去った。
その場にいた人だかりは蜘蛛の子を散らすようにいなくなっていった。
「車の中で泣いていたのは・・・。」
とレインが口にすると、うつむいてコーネリアスは言った。
「前もってエスコートしてくださる紳士の名を明かさなければいけなかったの。」
レインはコーネリアスの手を引くと、コーネリアスは首を振った。
「あのご婦人はあなたのお知り合いなの?」
「いや、なんていったらいいのか。」
「言いたくなければいいわ。客席に行くのはやめましょう。あなたに臭いがするわけじゃないわ。
観劇を楽しむ気分になれないの。それに・・・。」
「それに?」
「今日のお芝居は、女帝レジーナの悲恋物語なの。」
レインはじいさまから散々聞かされた話が脳裏にかすめ、「ああ。」とつぶやいた。




