第十四章 まさか 女難 2
ウウウウウウウィーン、ファンファンファン
都市部に大きなサイレンが鳴り響いた。
山間に響き渡るので、反響して、サイレンが鳴り止まないように聞こえた。
上空のいくつかの空挺が上昇していく。ところどころで、「退避!」という叫び声が聞こえてくる。
レインたちは、何が起きたのかわからなかった。
ゴゴゴゴゴゴオーッ
地響きがしていた。
空を見上げると、戦闘機が飛んでいるのが見えた。
戦闘機はミサイルを発射した。ミサイルが飛んだ先を追いかけることが出来なかったが、何かを爆破させた。
上空で煙雲がたちこめて、そこから何かが降り注いでくる。
空を見上げて何が起こるか理解できたアルバートはレインとジリアンの服を掴んで、パジェロブルーの下に押し込めた。
アルバート自身は自分の体を張って、二人を覆った。
レインがうつ伏せで下になり、ジリアンが仰向けで上になった。
ジリアンはすべて防弾ガラスの操縦席の下からアルバートの顔を見上げていた。
アルバートの背中越しに見えた太陽があっという間に雲に覆われ、周囲は真っ暗になった。
そして、バチバチバチと音がして、空から霰のようなものが降ってきた。
それは霰ではなくて小石だった。それらはアルバートに容赦なく降り注いだ。
アルバートは小石が背中に降り注いで痛みに耐えかねて、顔をゆがませた。
ジリアンが見ているのを知っていて、我慢したかったのだが。
小石が降り注ぐ、アルバートのゆがんだ顔をみて、ジリアンは思った。
(普段のアルじゃない。これが本当のアルなのか。)
レインは何かが降り注ぐ音と地面しか見えてなかった。
何が起こっているかわからない状況に、自分が見えているものしか理解できない自分自身にいらだちを感じた。
(これが僕の現状。なにかが起きているのに、僕に見えているものでしか判断できないし、理解できない。)
地面しか見ていない顔を横に向こうと動けば、ジリアンの体を動かすことになる。
この狭い空間のなかで、恐怖に怯えていた。
小石が降り注ぐ音ともに、爆音がして、人の叫び声が聞こえた。
そして、ようやく音がやんだ。
アルバートはパジェロブルーのガラスにしがみついていた力を抜いて、横に倒れこんだ。
「アルー!」
ジリアンが叫んで、パジェロブルーの下から出てきた。
レインはジリアンの叫び声で恐怖から現実に引き戻された感があって、その場からすぐに動けなかった。
ジリアンがアルバートを抱き起こすと、アルバートは含み笑いをした。
一瞬気持ち悪いと思ったが、アルバートが痛みをごまかそうとしているのがわかった。
「おおーい、無事か。」
テオがレインたちのところへ戻ってきた。
「僕たちは大丈夫ですが、アルが怪我を。」
ジリアンはアルバートのうつぶせにして、自分に寄りかからせた。
アルバートの背中には小石が切り裂いた無数の傷があった。
レインはようやく、パジェロブルーの下から這い出た。
「何があったんですか。少佐。」
ジリアンは周囲を見渡して、何が起こったか想像も出来なかったので、質問した。
「山頂で大きな落石があってな。それが都市部めがけて転がって来たんだ。」
テオはアルバートの体に手を伸ばし、抱きかかえた。
「かなり大きなバウンドをして、上空からここめがけて落ちるとこだったから・・・。」
「戦闘機で爆破したのですか。」
レインは空で見た様子を口にした。
「そうだ。」
テオはアルバートをうつぶせにして肩にかついだ。
アルバートはされるがままになっていた。
「アルは救護部へ連れて行く。君たちはわたしの後についてくるんだ。どこも怪我はないんだな。」
「はい。」
「はい。」
レインとジリアンは元気良く返事をした。
パジェロブルーの操縦席からジジーッという機械音が聞こえた。
ジリアンは思い出したというようなしぐさで、操縦席のドアをあけ、ヘッドセットを獲った。
テオの後を追って、歩きながら、頭に装着しスイッチを押した。
「こちら、パジェロブルー、応答願います。」
レインはジリアンのほうを見ながら、テオの後を追った。
「こちら、スカイエンジェルフィッシュ号、カスターだ。ジルか、無事か?」
「こちら、ジリアンです。レインとジリアンは無事ですが、アルバートが負傷しました。救護部に向かうところです。」
「緊急事態発令の信号を受けたんだ。アルバートの容態は?」
「無数の切り傷で、命に別状はありません。空挺第五部隊隊長アラゴン少佐の指示に従い救護部に向かいます。」
バン
ジリアンの返信に、カスターの後ろで通信を聞いていたロブは足を踏み鳴らした。
マイクに手で覆い、カスターはその様子に振りかえって言った。
「どうしたの?ロブ。」
「いや、なんでもない。」
ロブは親指を噛んだ。
「なんか、歯がゆいのか。アラゴン少佐のことか。」
「しょうもないことを考えるなよ、キャス。」
「へぇへぇ。」
マイクを覆っていた手を話し、カスターは通信した。
「ジル、30分後には、現地に到着する。少佐の指示に従って、アルに付き添ってくれ。
救護部から出るんじゃないぞ。」
「了解しました。」
「通信終了。」
カスターはスイッチを切った。
振り返ったカスターはロブが後ろにいないことに驚いた。
きょろきょろしていると、ディゴが指を指していった。
「ウォータータンクを見に行った。」
「あ、そう。」
SAFのクルーはそれぞれ、自分たちの役割を果たしていた。
クレアは、不眠不休の救護を予測して、診療室で仮眠をとっていた。
コーディは薬品や消耗品などの数量を確認していた。
ジョナサンはエンジンルームからグリーンオイルの量を計算していた。
ディゴは、現地に向かうべく、航路を確認し、計器類を確認していた。
そして、現地の付近で煙雲が風で散っていく様子が見えていた。
カスターは引き続き軍の通信をして、状況を把握しようとしていた。
ロブはウォータールームにいって、水の量を確認していた。
「レイクオンクラウドでだいぶ補給したらかな。たっぷりあるな。」
ロブはテオに殴られたことを思い出していた。
レテシアと分かれて数ヵ月後のことだった。
アレキサンドリア号で荷物を運んでいて、停泊した場所が軍の駐留地に近かった。
アレキサンドリア号が停泊していると聞きつけて、テオがエアジェットでそこへ乗り込んできた。
誰もが怒りに満ちたテオを止めることが出来ないでいた。
拳を握りまっしぐらにロブに向かってくるとすぐさま殴りつけた。
ロブはテオだと気づくと、あとはもう抵抗しなかった。
殴られるがままに抵抗しないロブをみて、自尊心が痛まないわけがなかったが、それでも自分で止めることがテオにはできなかった。
「お前は俺に誓ったはずだ!レテシアを幸せにしてやるとな!」
口から血を吐き、ロブはうつろな目でテオを見た。
テオはロブの胸倉を掴んで、にらみつけていた。
「子供を生ませて、あいつのこころをもてあそんで、捨ててしまうような、やさくれた男だったか、お前はよ。」
フレッドがテオの後ろに立った。
「すまない。アラゴン大尉。勘弁してやってくれないか。」
テオは無言でちらりと後ろをみて、フレッドだと確認すると、また、ロブのほうに向きなおした。
「レテシアの幸せは周囲が決めるものじゃない。彼女がやりたいことを理解してやるのが周囲の人間がしてやれることじゃないのか。」
フレッドはそういうと、その場からいなくなった。
テオはつづけて、ロブの腹を殴り続けた。
ロブがそうして欲しいと言うような目つきをしていたからだった。
ロブが気を失う寸前、見物の大衆のなかに、白髪の人物をみた。
厳かと思ったが、ロングドレスを着ていたのでオンナとわかり、厳じゃないとわかって目を閉じた。