第十三章 手紙と贈り物 6
レインは頭を高くして診療室のベッドに寝かされていた。
「しばらくはそうやって寝ているといい。」
クレアはそういうと、椅子に腰掛けた。
「なにも話したくないっていうのなら、それでもいいけど。腹の中に溜め込んじゃったままだと病気になってしまうよ。
肋骨が治りにくくなるかもしれないし。」
レインはクレアのほうをみないで、天井を見つめていた。
「愛し合っていても、離れていないといけないっていうのは、お互いに事情がある場合でしょ。」
クレアは右顎に手をおき、椅子の背もたれに肘をついて、レインの話を聞いていた。
「お互いのためにって思ってて離れていないといけないっていうのは、なにかちがう気がする。」
レインは言い終えると目を閉じた。
「ロブが話そうとしないことを話すわけにはいかないが。」
クレアは間をおいて、話し始めた。
「あたしが好きなロブは、レテシアのことで頭がいっぱいだっていう姿だった。
あいつの、あの頃は、夢中だった。何をしても、どこにいても、レテシアのことしか考えていない感じだった。
そんな様子に、周囲のみんなは微笑ましくおもっていたのかもしれないし、幸せな気分になれたのかもしれない。
レテシアのことを好きでいてるロブは、素直ないい男だった。レテシアさえいれば、何でもできるっていう気持ちさえ持っていて、輝いていた。」
レインはクレアの話を聞いていくうちに、涙が出そうになって、目の上に腕をあげてのせた。
「誰もが、二人の幸せが永遠に続いてほしいって思ってたんだが、ひとりだけ例外がいた。」
「例外?」
「そう、二人の間にレインが生まれて、最高の幸せを噛締めている姿を妬んでいた一人がね。」
「・・・セシルのこと?」
「そうだ。」
レインは涙が出ないと確信して、目開いてクレアをみた。
「嫉妬?」
「ああ。セシリアは二人に嫉妬していた。」
「分かれた理由はセシルのせいじゃないでしょう。」
「そうだよ。セシリアがなぜ嫉妬したか、わかるかい?」
質問されたレインは少し考えてみた。
「自分が幸せじゃないから?」
「そうだよ。本来なら、最初に生まれた子を抱いて育てているはずだった。
そういうことになってしまったのは、義父さんの判断だった。間違っていたのかな?」
レインはクレアのほうから向きなおして天井を見つめた。
「間違っていないと思う。それはジリアンのことがあって、それを知っているからだけど。」
「そう、それ。時間がたてば、わかることがある。もちろん、わからないこともある。」
レインはジリアンがセシリアに酷い虐待を受けている姿をみていた。
たとえ、セシリアの最初の子を育てることができたとしても、レインが生まれれば、嫉妬したに違いない。
「表面上じゃわからないことがある。中身を知ったところでわかるものでもない。
今、レインが考えていること思っている事を否定するつもりはない。そういうことを感じて考えたりすることが大切だと思う。
でも、ロブを非難するのはまた、違うよ。ロブ自身は時間がたてば理解してもらえると思っているのかもしれない。」
「では、どうして、クレアさんは兄さんに『分からず屋』って言ったんですか。」
「レインが悲しむ姿が目に浮かんだからさ。」
その言葉を聞いて、レインは泣きそうになった。
「また、それもレインにとって大切なことなのかもしれないって、今は思えるよ。」
クレアは椅子から腰を浮かし、立ち上がってベッドから離れていった。
「人間、完璧っていうのはない。未完成だから、人としてつながっていけるんだ。」
レインの目から大粒の涙がこぼれてきた。
クレアはレインに背を向けていたので、その様子を知らない。
「ロブはレインに理解してほしいと思っているが、時間がかかるということもわかっていると思う。
だから、焦らなくていい。すこしずつでいいから、ロブの事を理解してやってほしい。
レインの父親なんだから。」
クレアはそういうと、診療室から出ようとした。
「しばらく休むといい。」
クレアが診療室を出ると、レインは声を出して泣いた。
(ロブを理解しないと、レインに子供が生まれた時、父親になれないんじゃないかって思うんだ。)
クレアはこころのなかで思った。
晴れ渡る空の下、スカイロード上官育成学校の訓練場で、エミリアとフェリシアは飛行訓練をしていた。
ふたりは必ずペアとなって、訓練をする。
エミリアは訓練では得られない貴重な体験をしたので、何事も冷静に判断していけると自信があった。
フェリシアは必死になって、操縦桿を握っていて、空をみている余裕がなかった。
その様子をエミリアは反射鏡で確認して、リラックスできるように言葉をかけた。
「わたしがいるから、緊張して操縦しなくても大丈夫よ、フェリシア。
景色をみて、空がとっても青いから。」
「そんなこといわれてもできないわ。」
泣きそうになりながら、フェリシアは操縦桿を握ったまま、上を見上げた。
光が差し込んでいてまぶしくて、目が開けられなかった。
エミリアは機体を旋回させて、光をさえぎった。
フェリシアは旋回した様子に驚いたが、視界がひろがって、青い空が目に飛び込んできた。
「ああ。青いわ。」
初めて空を見たといった感じで、フェリシアは感動していた。
自分で操縦して、ふたりっきりでエアジェットにのって、飛行するのが初めてだったからだ。
その後、ふたりは帰還して、飛行訓練を終えた。
シャワーを浴び終えると、フェリシアはエミリアに声をかけた。
「今日はありがとう。あなたがいないと何も訓練できないわ。」
「気遣いしなくていいわよ。ひとりで訓練するより、断然いいわ。
わたしたちだけに与えられた特権だけれど、有効活用しなくちゃ。」
「そうね。あ、今日もありがとうだったわ。クスッ」
二人は笑いあいながら、シャワー室を出た。
「そうだわ、レイニーからお礼の手紙が届いてたわ。エミリアにはどんな手紙だったのかしら。」
エミリアはすこし考え込んだ。そして、正直に手紙の内容を話さないほうが良いと思った。
「スカイブルーのスカーフを贈り物にしたら、レテシア少尉からも同じものが届いていたということが書かれていたわ。」
「え、そうなの?すごい偶然ね。」
「で、フェリシアのほうはどうだったの?」
「贈り物が気に入らなかったのかしら。他愛もない手紙だったわ。」
「そう。何を贈ったの?」
「時計よ。気圧も計測できるものなの。」
「高価そうね。気がひけたのじゃないかしら。」
「そうなのね。」
フェリシアはつまらなそうな顔をしたので、エミリアは気遣った。
「片方だけ時計をつけていると、バランスがわからなくなるからかもしれない。
今はわからなくても、その時計の価値がわかるようになるわよ。時計が大事なものだって知るようになると思うわ。」
「そうね。」
二人は更衣室を出て、自室にもどった。
エミリアは机の引き出しから、手紙を取り出した。
レインからの手紙だ。
エミリアさんへ
手紙と贈り物をいただき、ありがとうございました。
ほんとうは僕のほうから報告の手紙を書かないといけなかったのに、気が利かなくてごめんなさい。
僕は早く回復したくて、周囲の人たちに助けてもらいリハビリをしながら、治療を続けました。
まだ、肋骨にひびがある状態なので、エアジェットには乗れないのですが、早く乗れるようになりたいです。
僕はエミリアさんのように完璧な訓練を受けて、SAFのクルーになっているわけではないので、危険とは隣り合わせですが、軍では受けれない訓練を受けていけるような気がします。
僕自身がSAFの最初の患者になったことで、怪我をした人の気持ちがわかるというか、そんな経験を得ています。
僕はまだまだ未熟で、学ばなければいけないことがたくさんあって、それでもがんばっていけるのは、みんながいてるからです。
僕一人じゃないということが強みです。
僕にはよくわからないことがあって、それは僕一人で解決しないといけないみたいです。
離れ離れにならないと愛しているということが実感できないということです。
人を愛するということは、そばに居たいという気持ちが強くなっていくはずだと思っていました。
ごめんなさい、こんなことをエミリアさんに聞くのはおかしいですよね。
僕一人で解決していく自信がなくて、つい書いてしまいました。
エミリアさんからいただいたスカーフと同じものが、レテシアママからも届きました。
エミリアさんからいただいたものは大事にとっておきます。
僕も元気な姿で会える事を楽しみにしています。
それまで無茶な事をしないように、無事でいたいと思います。
レインより
エミリアは手紙を再度読み返していた。
そして、レインが両親のことで悩んでいるのだと考えていた。
スカイブルーのスカーフが首に巻かれていたレテシアの写真のことを思い返した。
エミリアは、レインのこころのスキマに贈ったスカーフの想いが届いたと確信した。