第十三章 手紙と贈り物 5
レインが開けたエミリアの手紙にはこう書かれていた。
「早期回復の知らせをフェリシア皇女殿下から聞きました。
訓練中の身であるわたしにとって、研究所でのできごとは貴重な体験です。
そして、あなたが命の危険から脱れ、手術を乗り越え、体力を回復されたことをこころのそこから嬉しいと感じます。
術後の経過が良くなるように祈っていましたが、また、いつの日か、お互い元気な姿で会える事を望み楽しみにしたいと思います。
あまり、無茶はしないようにと忠告してもだめなのでしょうが、SAFのクルーやお母さんのレテシア少尉のためにも、無事でいてください。」
他愛もない、ありふれた文章なのだが、レインにとっては、天にも昇るような気持ちになった。
箱の中身は贈り物で、中身はスカイブルーのスカーフで、端にレインの名で緑色の刺繍が施されていた。
スカーフを手に取り、両手でにぎりしめた。レインは嬉しくてたまらなかった。
時間を得て、満足しきったところで、レインはレテシアの手紙があった薄い箱を先に開けた。
中身はエミリアと同じスカイブルーのスカーフで、端にレインの名が青色の刺繍が施されていた。
エミリアと同じものがレテシアから送られてきたことに不思議な思いがレインにはした。
そして、レテシアの手紙の封を切った。
愛する息子レインへ
わたしもあなたに会いたい。
何もかも投げ出してあなたに会いたいわ。
でも、そんな事をしてもあなたは喜ばないでしょう。
あなたは空を飛ぶことが楽しくてしょうがないママが好きだったのだから。
あなたが生まれた時は激しい雨が降っていて、レインと名前をつけたの。
どんな天候になってもめげない気持ちで空を飛んでいてほしいって思ったから。
私もあなたと同じで何度も手紙を書き直したわ。
あなたの気持ちが良くわかるの。
書こうとしても書けないこと、それを繰り返したのでしょう。
あなたがわたしの思ったとおりの息子になってくれていると確信しているわ。
わたしの代わりにロブのそばにいてほしい。
わたしの分まで、ロブを愛していてほしい。
母として、あなたの無事を祈っているわ。
あなたがわたしの想像以上に成長していることを会えるその日まで楽しみにしているわ。
青い空の下、飛行している事が何より楽しいママより
読み終えるまでに、レインの手が震えた。
読み終えると、手で口を押さえて、咽び泣いた。
しかし、苦しくなって、口を押さえていた手で胸を押さえて、号泣した。
レインの声は隣の部屋のジリアンに聞こえていた。
(レテシアさんの手紙を読んでいたのだろうか。)
ジリアンの手にはプラーナの手紙が握られていた。
「あなたの手紙にかかれていたように、わたしは学校でたくさんの友達ができたよ。
あなたには他の誰にも出来ないようなことができるとわたしは思うの。
わたしにかけてくれた言葉の数々があなたのこころから生まれてきているから、あなたの言葉であなたが大事にしてあげたい人々を守ることが出来ると思うの。
あなたのこころの強さがわたしを守ってくれたように、あなたのこころがレイニーのこころを守ってあげることが出来ると思う。
いつも、感謝しているわ。どこにいても、どんな時でも、あなたの無事を祈っている。」
ジリアンはプラーナとはこころが通じ合っているから、言葉をかけてあげられると思っている。
はたして、レイニーとは、ロブとは、通じ合えているのか。できないとか考えるのはやめようと思った。
せっかく、プラーナが励ましてくれているのにと。
いつ、声をかけようかと考えて、手を胸にあてて、祈った。
(フレッド兄さん、僕に力を貸してほしい。レインが苦しまないように、僕がしてあげれることに。)
SAFはレイクオンクラウドを離れて飛行していた。
軍からの荷物には個人的な物資から研究所からの提供品などが入っていた。
個人的なものは、ディゴ、ジリアン、レインの3人だけだったが、研究所の提供品にはジョナサンあてに届いた。
クレアはジョナサン宛のものが、取り扱い危険物と注意書きされていたので、問い正した。
「取り扱いに注意してもらわないといけない代物なんですよ。爆発物とかじゃないですから、安心してください。
何でしたら、中身を確認しますか。」
「確認させてもらおう。」
クレアの目の前でジョナサンは荷物を開封した。
中身は発泡スチロールで保護されて瓶詰めになった液体だった。一瓶手にとって、瓶に張られている注意書きを読んで、クレアは瓶のふたを開けた。
ニオイをかいで確認した。
「グリーンオイルの種がなぜ取り扱い危険物なんだ。」
クレアは瓶の注意書きを信用していなかったが、においをかいで、それがグリーンオイルの種だと理解したのだ。
「さすがだね。それは研究段階の種でね。少量の水で成長が早い品質改良ものなのですよ。」
「違う種類は、種じゃないね。事前に持ち込んでいた栄養剤かな。」
「そうです。あと、説明書をちゃんと読んでおかないと使用方法を間違ったら大変なことになるのは提供品の痛いところでね。
エンジンが傷んでしまうようなことがあってはいけないから、注意して使用していますよ。」
クレアはジョナサンを疑っていた。軍から研究所にヘッドハンティングされたのは両親のためだという理由だったが、軍部で手に入れた情報にはジョナサンの親孝行している様子がなかったからだった。
ジョナサンには、疑っているという態度を示して、揺さぶっておいて、様子をみようかとクレアは考えていた。
「OKだ。疑って悪かったよ。研究所の荷物っていうのがうさんくさくてね。」
「わかってますよ。クレアさんが理事長のことを快く思っていないことぐらい。
いくらなんでも、わたしをつかってクレアさんを陥れようなんて思ってないでしょう。」
クレアは手をおでこにあてて、頭痛でもするしぐさをした。
「そんなこと考えてもないよ。そんなこと考えていたら、身がもたない。
これでもか弱いんだから。クスッ。」
不敵な笑みを浮かべるクレアの様子をみて、ジョナサンは寒気がした。
(ヤバイ。相手のペースに飲み込まれるなよ。)
ポーカーフェースを決め込んだつもりの二人だったが、内面においては激しく攻防をしているようだった。
クレアはジョナサンに背を向けて手を振って去っていった。
(ジョナサンはパジェロブルーのことといい、食えない奴だな。わざとおしゃべりなオトコになってる。)
クレアがパジェロブルーが収納されている場所にいくと、ロブが立っているのが見えた。
その後に、パジェロブルーの整備をするために下に潜り込んでいるレインの姿が見えた。
クレアは声をかけようかと思ったが、そのまま、ふたりの様子をみていた。
「レイン。届け物の中身はいったいなんだったんだ。」
「特に何もないよ。」
「何もないわけじゃないだろ。カスターが少し重たいものが入っていたって。」
「いったい、何が気になるの?」
「気になるって・・・・。」
二人の会話には冷たい空気が流れているようだった。
レインの一方的な冷たい態度だったが、ロブにとってはレテシアの手紙だという確信はあるものの、中身が知りたい一心だった。
「レテシアママの手紙が入っていたかどうかってことなら、入っていたよ。」
「手紙には何と書かれていたんだ。」
「特に何も。」
二人の会話を聞いていたクレアは、こころのなかで「オイオイ」とつぶやいた。
二人は後方にクレアがいてることには気がついていないらしい。
「怒っているのはなぜなんだ。」
「怒ってなんかいないよ。」
「怒っているだろう。なぜだか、言ってやろう。レテシアがお前と一緒にいたいと言っているからだ。」
その言葉にレインは血が上った。
バコッ
「痛い。」
その場から立ち上がろうとして、頭を機体にぶつけた。
ロブは咄嗟に、レインが乗っているキャスターつきの板をひっぱりだした。
レインはおでこに手をやり、痛がっていた。
「大丈夫か。」
ロブはレインに手を差し出したが、レインはそれを払いのけた。
「この分からず屋!」
レインは叫んで、自分で立ち上がった。
「レテシアママの気持ちなんて、全然わかってない。
分かれて当然だよ。いままで、兄さんに会わなかった気持ちがわかるよ。」
レインはロブをにらんで怒鳴ったが、その後、目を伏せて思った。
(そばにいれば、つらいだけなんだ。)
ロブは自分が言ったこととは違う内容だったのかと唖然としていた。
パチパチパチパチ
音がするほうに二人が振り向いたら、クレアが拍手をしていた。
「レイン、よく言った。」
レインはクレアの言葉に釈然としなかった。
「僕を馬鹿にしているんですか、クレアさん。」
「そうじゃないよ。同じ言葉をあたしがロブにいったのさ。『分からず屋』ってね。」
ロブは、「あ、痛い」と心の中でつぶやいた。
レインの顔は真っ赤になった。
クレアさんに言われた言葉を自分の口から言わせたロブのことに腹を立てたのだ。
歯をぐいと食いしばっていたレインをみていたクレアは指をさした。
「レイニー、鼻から血が出ている。」
ロブが振り返ってレインをみると、確かにレインの鼻から血がたれていた。
レインは鼻の下に手をやってふきとり、目で確かめた。
「あ、どうしたんだろう。」
クレアはレインの顔が赤くなっているのを知っていたので、血圧が上がったのだろうと思った。
「顔を上に上げてみな。」
クレアはレインのそばにより、鼻を覗き込んだ。
「たいしたことはないと思うけど、診療室に行こうか。」
クレアは白衣のポケットからティッシュをとりだし、レインの鼻にあてた。
レインはクレアに促されて、その場を立ち去った。
ロブは二人の後姿をだまってみていた。
ガタンッ
音のするほうへロブが振り返ると、パジェロブルーの操縦席にいたジリアンがドアをあけて中から出てきたところだった。
「ずっと、いたのか。」
「うん。僕が聞いても、レイニーはなにも言ってくれなかったんだ。」
「そうか。」
「レイニーは確かに苦しくて辛いって思っている。でも、それは今言ったことじゃないんだと思う。」
「そうだな。」
「まるで、他人事だね。」
「あ、いや。そんなつもりはなくて、もう、俺自身がどうしていいのかわからなくて。」
ロブは頭に手をやって、疲れた顔をした。
レインの届け物が届いた昨日から、よく眠れていないのだろうかとジリアンは思った。
ジリアンがロブのそばにいくと、ロブはジリアンの肩を抱いて言った。
「俺の代わりに、そばにいて声をかけてやってくれ。俺にできないことはジリアンにならできるだろう。」
「うん。家族だから、できるだけのことはするよ。でも、兄さんの代わりにはなれない。」
「すまない、そういうことを言いたかったわけじゃないんだが。」
「僕にできることは、ふたりのことを見守ってあげることだと思う。フレッド兄さんだって、同じ事をするだろうって思う。」
「そうだな。」
ロブはジリアンの言葉に思った。
(まいったなぁ。ふたりともいつのまに成長したんだ。ドックを出てそんなに月日がたってないというのに。)