第十三章 手紙と贈り物 2
「あ”~~~~~~~」
カスターが妙な声を発した。
「クックックゥク、レレレレレレ、アアアアアア~~~~~~、さん」
ロブが壊れたスピーカーのように叫んだ。
驚きのあまり口をあけたままの二人を横目に、クレアの姿は膝下まで丈のある白衣のなかには白いパンティしかはいておらず、胸は乳輪が見えない程度にはだけている。
(良い物をみさせてもらった。これがSAFのクルーの役得か。)
カスターは見えている目を疑いながらもこころに思った。
ロブはあたりに布かなにかないか探して、無いのに気がついて上着を脱ごうとした。
しかし、ロブの後ろからコーディがバスタオルを持って、やってきた。
「クレアさん。年頃の男の子がいるのですから、節度ってものをわきまえてくださいってお願いしたじゃないですか。」
コーディは持ってきたバスタオルをクレアの肩にかけ、上半身をくるんだ。
「悪い、いつもの通りにしていて、寝起きは意識がはっきりしてなくてわかんないんだよ。」
クレアの寝起きが悪いのは、ロブも知っていた。
しかし、半裸で動き回ることなんて、見たこともなかった。
「か、勘弁してください、クレアさん。」
「はぁ、オンナの裸なんて、見慣れているんじゃないのか、ロブ。」
「馬鹿なことを言わないでください。」
カスターは鼻の下を伸ばし、二人の会話をニヤつきながら、聞いていた。
そしてカスターは、手を合わせて拝むようにして、言った。
「こんな日がたびたび続きますように。」
ロブは憤慨して、クレアに噛み付いて言った。
「クレアさん、寝起きが悪いからって半裸になるっていうのはおかしいでしょう。」
「そうかなぁ。」
「はぁ~。どうして、半裸になってるんですか。」
「さぁな。」
クレアはロブを疎ましく思って、その場から立ち去ろうとしていた。
その様子にコーディが仕方なく理由を話した。
昨日、アルバートをパジェロブルーに乗せて、クレアは山村の救命救助に向かった。
その際、いつものアルバートだとうだつがあがらなかったので、クレアはアルバートを殴り倒して、危ないアルバートの人格を呼び出した。
危険を顧みないアルバートの人格が出てきて、岩肌が迫る山間を抜けパジェロブルーを操縦した。
無事救命救助をして帰還したものの、危ないままのアルバートがレインとジリアンにちょっかいをかけてくるので、診療室にアルバートとクレアはふたりっきりになってこもった。
クレアが半裸になってアルバートを抱きしめ、人肌のぬくもりを与えることで、女性の人格であるアリが出てくる。
アリの人格で睡眠をとることでしばらくして普段出てくるアルバートになるという。こうやって、クレアはアルバートの人格入れ替えスイッチを使いこなしていた。
その話を聞いてロブとカスターは驚愕した。
(怖すぎるよ、クレアさん)
ロブはこころでつぶやいた。
(なんか、酷すぎる。)
カスターは自分の身におなじことが起きるのではないかと恐怖を感じた。
ジリアンは操縦室でレーダーを覗きこみながら、天気図を描いていた。その天気図は1時間後の天気予想だった。
進行方向の気圧や風圧を予測して、航路をシュミレーションしていた。
ディゴは同じく操縦室にいてて、自動操縦にしていた。操縦桿を視界に入れておいて、ジリアンの様子をみていた。
ジリアンは手元に日程表・行程表などを並べて、距離・オイル消費など、計算していた。
ディゴはその様子を、フレッドの姿で重ねてみていた。
(いまのジリアンの姿がみられなくて残念だろうが、ロブはがんばってお前の代わりをしているぞ。)
レインは、空挺の眺望台にいてた。
ポケットから、クレアに手渡されたエミリアの思い出の品を取り出した。
自分の血でにじんだ布の切れ端。
必死になって、レインの頭に巻きつけるエミリアの様子を想像していた。
布を手でギュッとにぎって、目を閉じた。
「会いたい。」
レインはレテシアに手紙を書いたが、エミリアに手紙を書かなかったことをちょっと後悔した。
手紙を書いたところで返事がもらえなかったら、どうしようとか思いながらも悦に浸っていた。
エミリアは回復して空挺実地訓練の実習に加わっていた。
皇女フェリシアは生徒でありながらも皇族であるがゆえに、一人で実習に参加することができなかった。
エミリアが実習に復帰することでフェリシアも実習することができるのだが、その間、他の生徒より体力が劣っていたので筋肉トレーニングをリハビリ目的のトレーニングをしていたエミリアと一緒にやってきた。
「エミリアがもどってくれたことでやっと実習ができるわ。他の人より遅れた分をとりもどしましょうね。」
「ええ、そうね。フェリシアには操縦をメインに訓練していかなくちゃいけないわね。がんばるわ。」
ふたりは実習に入る前に機体の整備をしていた。
フェリシアはエミリアのいない時期に徹底して機体の整備に勉強をした。
それはレインがスタンドフィールドドックの一員だということを知って、整備の勉強も必要だと思い始めたからだった。
「フェリシア、わたしのいない間にずいぶんと物知りになっているわね。どのような心境の変化があったのかしら。知りたいわ。」
「たいしたことではないわ。父にはスカイロードで学べるものはきちんと身につけておきなさいって言われてて、よくレテシアさんの話を聞かされたのだけれど、万全の準備を施してこそ安心して空を飛び自分の安全を守ることにつながるって言うことをね。」
整備をしながらエミリアはレインのことをふと思い出した。
レインの体は回復したのかしらと。
「ねぇ、エミリア。」
「なぁに。」
「レテシア少尉の息子さんがレインだって知っていたかしら?」
「そうなのね。そっくりだと思ってはいたんだけど。」
「レテシア少尉を知っていたの?」
「フェリシアから話を聞いていたから、ひょっとしてと思って。校長室に写真が飾られていたのがレインにそっくりだったから。」
「あら、そうなのね。そういう写真があったのね。気がつかなかったわ。」
「とても素敵な笑顔で少女のような女性だったわ。」
「今も変わらない様子なのよ。年を取らない女性って感じなの。」
「素敵なことね。でも、命かけて航空士として任務についているのでしょう。どうしたら、そのような女性になれるのかしら。」
「わたしも知りたいわ。
そうだわ、父から聞いたのだけれど、レインの傷は回復していて、SAFに元気でがんばっているそうよ。」
「そう、良かったわ。心配していたの。命に別状はないって知ってから、早期回復を祈ってはいたのだけど。
あのときの出来事は一生忘れられない体験だったわ。」
「そうね。ねぇ、レインに手紙を書いてみない?回復したお祝いに贈り物をしたいと思っていたの。」
「いいわね。そうしましょう。」
「なにがいいかしら。」
ふたりは機体の整備で顔や作業服を汚して黒々とさせながら、笑顔で会話していた。
グリーンエメラルダ号の眺望台に一人の女性がいた。
ウェーブがかかった栗色の髪は肩に届かない程度の長さで、太陽の光をあびて時々金色のきらめきを放っていた。
白い肌を高潮させて、大きな丸い目で遠くを見つめていた。
首にはスカイブルー色のスカーフが巻かれており、そのスカーフの端を指でいじって考え事をしていた。
(いつか会えるかしら。どのくらい大きくなったかしら。写真くらいくれてもいいのに。)
彼女のパンツの後ろのポケットには手紙が差し込んであった。
その女性はレインの母親であるレテシア・ハートランドだ。
レインからの手紙をもらい、読んで、こころが暖かくなっていた。
グリーンエメラルダ号は雲海の上を飛行していた。
レテシアは今すぐにでもエアジェットに乗り込んでレインに会いに行きたいと思っていた。
いままで、会おうとしなかったのは、レインがレテシアを覚えていないということを知っていたからだった。
会えば忘れ去られていることを目の当たりにして、分かれてしまった事を後悔するばかりではなく、それまで努力してきたことも悔いてしまうだろうと辛くなってしまうからだ。
レテシアはレテシアで、レインの事を、ロブの事を、思い続けて、自分にできることはして行こうと努力してきた。
それはグリーンエメラルダ号で航空士として搭乗する任務だけではないことだった。
レテシアの胸に秘めた思いは、一人を除いて誰も知る由もない。