第十三章 手紙と贈り物 1
レテシア・ママへ
ママが心配していると思うから、手紙を書くよ。
僕は肋骨が折れて肺に刺さってしまい、呼吸困難を起し、手術をうけたんだ。
手術はクレアさんのおかげで成功したし、順調に回復して、今は元気にしているよ。
まだ、パジェロブルーには乗れないけど、ジリアンと二人で空を飛べるように早くなりたい。
書きたいこと、伝えたいことはたくさんあるはずなのに、思うように書けないんだ。
書いているこれはもう何度も書き直したものなんだ。
ママの事をすべては思い出せない。僕がまだ幼かったからだと思うけど。
僕が覚えているママのことは、ホーネットの機体に乗せてもらったこと。
ものすごく太陽に近いところにいて、僕はものすごく興奮していた。
僕の小さな手がママの腕を強く握っていた。
僕はずっと自分で空を飛びたいって思っていたんだ。
そのことで、なんか焦っていたんだ。なぜだろうなんて考えたこともなかった。
今ならわかるよ。僕はママに会いたいと思っていたんだって。
いつか会えるって僕は思っている。
レインより
「やっと、書けた。」
レインが小さなテーブルにかがみこんでいた姿勢から体を起し、反り返って背中を伸ばした。
そばにはジリアンがいて、手には手紙を1通握っていた。
短い文章だとジリアンにはなじられてしまったが、レインは何度も書き直したのでもうこれ以上書くことはできないと言った。
レインはレテシアを思い出そうとしても思い出せないし、どんなママなのか想像もつかなかったからだ。
それだけに手紙を書くのはこれが精一杯だった。
レインの手術中に皇帝が皇女フェリシアとともにロブに会いに来た。
フェリシアが自分の責任でレインが命の危険を冒すことになったと嘆いていたからだ。
慰めるには、手術中とはいえ、様子を伺いに行くしかないと思い、皇帝は連れてきた。
ロブは不憫に思い、フェリシアに声をかけた。
「あなたの責任ではありません。未熟者で任務につけれるような状態ではなかったのに、こういうことが想定できなかった、わたしの責任です。」
ロブはやりきれない気持ちを押さえ込み、自分の考えの甘さを痛感していた。
やつれて覇気のないロブをみて、皇帝は思惑がうまくいかなかったことを残念に思った。
「ロブ、わたしは君たちの門出を祝いたくて、隠密でここに来たのだ。
こんなことになって非常に残念だ。君たちの晴れの舞台に祝いの品を用意していて、わたしの思いが通じたかどうか確かめたい気持ちがあったのだよ。」
皇帝の言いたかったことが理解できないわけではなかったが、ロブは返答できなかった。
ロブの状態を察して、皇帝はフェリシアの手を引き、その場を去ろうとした。
フェリシアは、レインに伝えてほしいと、レテシアのことを述べ、一刻も早い回復を祈っていると言葉を続け、ロブの手を握って泣き崩れた。
皇帝はフェリシアの両肩を抱いて、立ち去ることを促した。
ロブに背中を見せながらも、振り返り、フェリシアは皇帝に肩を抱かれて歩みを進めた。
ロブはその様子を見送ってから、壁に向かって頭を打ち付けた。
そばにはコーディが立っていて、その時にようやく気がついた。
「皇女殿下のお言葉は私から伝えておきますね。レインさんは大丈夫ですよ、不死身のロブさんの息子さんじゃないですか。」
コーディは笑顔でロブに話しかけた。
「ありがとう。クレアさんのほかにコーディがいてくれたことに感謝するよ。」
ロブは2度命を落としかけていた。
黒衣の民族に襲撃されてアレキサンダー号が墜落した時、クレアとスワン村にブルボードで向かい黒衣の民族と接触してしまい交戦し谷底に落ちそうになった時。
その度ごとに大怪我をしたが、命をとりとめ回復し、今に至る。
昔から、アレックスの加護があるといわれていて、レインの手術の際はそれを願った。
これから先、レインだけじゃなくジリアンも、命の危険にさらされ、大怪我するような事態になることがあるのだから、そのたびごとにハラハラして気を揉んでも仕方ない。
ロブの思いは、レインが回復したときに褒めてあげようと、そしてレテシアに会うまで無事でいてほしいと伝えたいということだった。
手術は成功し、クレアが手術室から出て、ロブに声をかけた。
「レテシアが丈夫な子に産んでくれたことに感謝しなさいね。」
手術に取り掛かった頃にはレインの容態は芳しくなかった。
クレアはレインの生命力の強さに賭けた。
このまま死ぬような奴じゃないだろうと願いを込めて執刀に当たったが、幾度となく心臓が止まることがあった。
最終的に持ちこたえてくれたことに安堵した。
ロブには手術の仔細を話し、これから先の事をどうするか話し合った。
理事長の第六秘書・セリーヌ=マルキが様子を伺いに来た。
日程的な調整に、クレアはロブに提案をした。
レインをこのままSAF(スカイエンジェルフィッシュ号)に乗せて、術後の回復を空挺内で診るということだった。
レインに麻酔薬を投与し、目覚めさせないようにして、体力温存するかたちでSAFに搬入させた。
その間、ジリアンはエミリア上等兵の容態を心配して伺いに行っていた。
エミリアは手術をしなかったものの、絶対安静の状態だったので、麻酔でしばらく眠らされていた。
ジリアンはエミリアと会話することなく、その場から立ち去った。
ジリアンは自分の無力さを実感したと同時に無責任な行動しないことを決意した。
非力さゆえに、防御する方法は自分の身を案じ、他の人に迷惑や心配かけないようにすることだと。
そして、レインにできないことを自分がしようと考えた。
レインが思いつきもしないこと、それがレテシアに手紙を書くことだと。
ジリアンはプラーナに手紙を書いていたが、レインは誰にも手紙を書こうとしていなかった。
書くきっかけになったのは、とある給油所でのできごとだった。
SAFは空挺内でグリーンオイルを精製するこができる設備が整っていたが、電気供給も兼ねていたので、あっという間に底がついた。
飛行中の近辺で給油することになり、レインはパジェロブルーに乗れない代わりにグリーンオイルの精製する担当をしていて、責任者となって行動していた。
「あれ、レテシア少尉じゃないよね。」
知らない土地で会う人物はもちろん知らない人である。
その知らない人がレインをみてこう言ってレテシアと勘違いした。
「レテシア少尉に娘さんがいるって言ってたかなぁ。」
その言葉にレインは怒りを覚えた。
「ぼ、僕は男です。女の子じゃありません。」
「お、そりゃ残念。」
あっけらかんと給油所の担当者に言われてしまい、レインは返す言葉がでなかった。
「レテシア少尉がここにいるわけないか。グリーンエメラルダ号だもんな。」
「あのぉ、グリーンエメラルダ号はここによく来るのですか。」
「ああ、つい先日も着てたよ。」
「いつごろですか。」
「10日前かな。」
レインは、レテシアに会える日がまじかにあるかもしれないと考えていた。
その様子をそばで見ていたジリアンが、レインに提案をしたのだ。
「レイニー、レテシアさんに手紙を書いてみない?」
「え、どうして、そんな、よく覚えてないのに・・・。」
そこへクレアが援護してくれた。
「SAFの出発式のことは知っていたわけだし、襲撃されてレインが傷を負ったことくらいの報せは届いているはずだから、心配していると思うから、書いてみれば?」
「そうだよ、とりあえず書いてみようよ。」
レインはクレアとジリアンに促されて、手紙を書くことにしたのだ。