第二章 レインとジリアン 1
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士)
コリン(レインのクラスメイト)
プラーナ(ジリアンのクラスメイト)
太陽が二重に見えて、まぶしいくらい、近い。目を細めて眺めていた幼いレインは、興奮していて、誰かの腕を小さな手で握り締めた。その腕は筋肉質だったが、白くて艶やかですべすべしていた。レインと同じ栗色の長い髪がその腕に絡みついていた。幼いレインは誰かの膝の上に座っていた。
その誰かの顔を見ようと顔を上に向けると、一変した。強烈な光とともに、バリバリバリッと雷鳴が轟く。幼いレインは泣き叫ぶことしかできなかった。ふたりが乗っている機体は激しくゆれ、今にも引き裂かれそうにきしんでいた。誰かは、幼いレインを力強く片手で抱きしめながら、もう片方で操縦のハンドルを握りしめていた。
場面は変わる。ドックのデッキだった。鳴り止まない雷鳴とともに、幼いレインは誰かにしがみついていた。それは先ほどの誰かではない。
「こわいよ、こわいよ。」
雷光で、先ほど乗っていたであろう機体の姿がみえた。黒い機体に、黒と黄色のクマンバチをセクシーな女性の擬人化したマーキングが見えた。
見えたと同時にロブの怒号が聞こえた。
「忘れろ!忘れるんだ!忘れたほうがいいんだ!」
レインが目を覚まして、起き上がると、そこはベッドの上。上半身を起こして、しばらく、下を向いて、思いをはせていた。右を向くと、壁にいくつかの写真が貼られていた。そのうちのひとつに、幼いレインを後ろから抱きしめるようにしている女性がレインと同じ栗色の髪をしている。肌の色は、白いとはいえないし、腕や顔にいくつかの皺をみつけることができる。
一緒に、幼いジリアンとジリアンを抱きかかえる女性が写っていた。その女性は金髪の巻き毛に眼鏡をし、ふっくらとした顔はやわやらかそうで、優しい人柄がにじみでていそうな感じだった。
いつも見る夢のなかの女性は、この二人ではないことをレインは知っているが、誰なのかは知らなかった。知らなかったというより、思い出せなかった。レインのそばにいてる女性は、マーサでレインとジリアンの母親。3年前に病気で亡くなっている。ジリアンを抱きかかえている女性は、セシリアという女性だが、マーサが亡くなった後、ドックを去っていた。
レインが身支度をしていると、ジリアンがノックをした。
「レイニー、朝ごはん食べてる時間ないよ。大丈夫?」
「今すぐ、出るよ。朝ごはんは途中で食べる。」
ベッドの下に机、ユニットタイプ。部屋は狭く、楕円形の窓があるだけ。それはまるで船の個室のようだった。
食堂のそばをかけると、エプロンをつけて朝食の用意をするキャスが二人をみつけて声をかけた。
「だめだめだめだよぉ。ちゃんと朝食たべてちょうだい。」
ジリアンがキッチンに入り、袋を手に取り、朝食と思われるサンドイッチを詰め合わせる。レインは、ジューサーを手に取ると、ジュースをボトルに入れる。手っ取り早く二人は朝食をつめると、キャスは二人に抱きついた。
「ママに、朝の挨拶してくれないのかしら。」
「気持ち悪いから、やめてくれよ、キャス。」
そう言いながらもキャスにほっぺを寄せるレインと、何事にも動じないでやってのけるジリアン。
「行って来ます。」
そう言って、二人は元気よく、食堂を出て行った。
スタンドフィールド・ドックの第一デッキに、リュックを背負うレインとジリアンがあらわれると、二人はそこに置かれたパラグライダーを左右からつかんだ。パラグライダーの取っ手を掴み、デッキを走りこみ、デッキの先端で勢いよくけって、飛び込んだ。
岩山の上部から、パラグライダーでヴィエントフレスコ滝壷の脇まで降り立つ。そこから、地下部にある建物からジリアンはエアバイクを出してきた。ジリアンがバイクを出す間に、レインは朝食を食べてしまい、エアバイクを運転する。後ろにのったジリアンが、バイクの移動の間に朝食を食べる。
ヴェンディシオン川から分流するオホス川の水面を渡る。彼らが向かっているのは、週3日に通う学校。ヴィエントフレスコ滝の反対側がリゾート地で都市部ではあるものの、レインたちが住む居住区は農業と工業地帯が広がっていて、自営業をする世帯が多い。家業を手伝う子供たちが多くいるため、週3日の登校ということだが、高校や大学に進学を希望するものは、初等科から全寮制の学校に行くのが一般的だった。
学校に到着すると、エアバイクを指定の場所にとめ、ジリアンは初等科へ、レインは中等科の棟へ向かう。レインが棟の入り口を抜けると、後ろから抱きつく少年がいた。
「レインちゃん、おはよう。今日もなんだかきれいだね。」
「やめろって、コリン。僕は女の子じゃないんだから。」
「俺にとっては、女の子だよ。こんな白いむっちりした肌しちゃって。」
赤毛のそばかすだらけのクラスメイト・コリンは、レインをからかうより、密着することによって、自分の欲求不満を解消しているかのようで、それはレインもわかってはいてたが、嫌でしょうがなかった。
彼らは自分のロッカーに荷物を置き、教科書を取り出した。
「相変わらず、ラブラブカップルなのね。お暑いですこと。」
二人のそばを通ったのは、クラスメイトの女の子たち。初等科の時は、レインをお人形さんのように扱って、べたべたしていた彼女たちだが、中等科になる際、コリンがべたべたするようになったので、彼女たちはレインに近づけなくなっていた。やきもちを焼いているのは、レインにもわかっていたが、女の子たちにおもちゃにされるより、コリンにおもちゃにされるほうがましだと今は理解していた。
授業が早く始まってほしいといつも願うレイン。休憩時間はコリンにべたべたされるがままになっていた。昼食時間が終わると、ダッシュして逃げ出す。コリンに追いつかれないようにして、向かった先は、図書館だった。
ジリアンは、初等科で優等生だった。担当教師には、全寮制の学校へ進学したほうがよいと薦められていた。ジリアンには、目的がなかった。スタンドフィールド・ドックで航海士になることが当たり前のように思われているのに嫌気をさしていてはいるが、他に何がしたいのかはわからなかった。ただ、反発するだけでは意味が無いことを、ロブとレインのやり取りで理解していたが、言われるがままにおとなしく用意された器に収まるつもりもなかった。
そんな彼に同情する女の子がいて、図書館でジリアンとふたり机にすわり向かい合っていて、なにかにつけて、お互いの不平不満を話し合っていた。
そんなところに、レインがあらわれたが、ジリアンがいてるのをきづかず、本棚にむかっていた。ジリアンはレインが通り過ぎるのをみていた。
「ジル、どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。それより、プラーナは中等科で全寮制の学校に進学するんだろう。」
「初等科から進学している子達ばかりの学校しかないのよ。そんなところへいってもいじめられるだけだもの。」
「プラーナには、やりたいことがあるだろう。生物学の研究がしたいっていう。」
「ジルも全寮制の学校に進学するっていうのなら、行きたいわ。いえ、そうでないと、わたしの勉強は進まないわ。」
「僕は全寮制なんて、いけないよ。プラーナなら、大丈夫。理系が得意なんだから、中等科から、専制で勉強すればいいじゃないか。」
「ジルがいないなんて、つまんない。全寮制いって、ドックから離れちゃえばいいのに。思う存分、理系の勉強ができて、将来は博士になれるとおもうんだけどな、ジルなら。」
「博士になるなんて、ドックにいてるのと一緒だよ。研究室にとじこもったままでさ。空が飛べるだけ、ドックのほうがましかな。」
ふたりは机のうえで顔を近づけてひそひそと会話をしていた。
レインは、ある本棚をみつけると、立ち止まり、隅から、目当てのものを探し始めた。見つけて取り出した本をその場でぱらぱらとめくり始めた。目に留まったページには、黒い機体の小型機。ホーネットクルーという、皇帝専属偵察機部隊。国の第一研究機関で仕上げられた小型機を導入する部隊で、最新鋭の機体が操縦できるところである。しかしながら、この部隊は、5年前に解散になっていた。
BGM:「二つの雨」メレンゲ