第十二章 旅立ちのとき 7
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟<従弟>・愛称ジル)
エミリア=サンジョベーゼ(スカイロード上官育成学校1回生。皇女殿下のルームメイト)
フェリシア=デ=ドレイファス(皇帝の第一皇女。スカイロード上官育成学校・一回生。)
セイラ
出発式の当日の朝、眠れない夜を過ごしたレインとジリアンは朝食を終え、リラックスをするため、施設内の庭に出ていた。
コーディは朝食後に、財団理事長に来るように言われて、二人から離れた。
施設内の庭というか雑木林があってそこを二人で散歩していたのだが、ジリアンが綺麗な花に見とれている間に、レインは気づかず先に行ってしまった。
「プラーナに見せたら喜ぶだろうなぁ。こんな綺麗な花は学校周辺じゃ見かけないもの。ねぇ、レイニー。」
ジリアンが振り返ったところ、そこにはレインがいなかった。探し回ってもみつからないので、施設にある建物の方へもどっていった。
建物の近くに80センチほどのコデマリが白い小さな花をつけていてそれが風もないのに揺れていた。
ジリアンが不思議に思って近づくと、小さな女の子が出てきた。短い金髪でつぶらな瞳、ピンクのワンピースを着て赤い靴を履いた女の子は体中に黄色い花粉とくさっぱにまみれていた。
どうしてこんなところにこんな小さい子がいるのだろうとジリアンは思っていた。すると上空で航空機がとび立ち轟音を響かせた。
ゴォ~ン。
女の子はびっくりしてジリアンに飛びついた。
「怖いよぉ。」
ジリアンは女の子を抱き寄せた。
「大丈夫だよ。大きな飛行機がお空に飛んで、大きな音をたてただけだから。」
小さな潤んだ目で見つめる女の子をみて、ジリアンは言った。
「ねえ、どうしてこんなところにいるの?どこから来たの?」
「蝶々を追いかけていたの。どっかいっちゃったの。」
女の子は無邪気にそういった。
ジリアンは抱いていた女の子を地面に下ろした。
「お名前はなんていうのかな。」
「セイラ。」
女の子は元気良く答えた。
「セイラちゃんていうんだね。年はいくつかいえるかな。」
「みっちゅだよ。」
セイラは右手で三本の指を出して見せた。
ジリアンは困った顔をして、あたりを見回した。女の子を捜している人は見当たらなかった。
ジリアン自身はレインを探したいのだが、セイラの親を探すほうが先だろうと思った。
ジリアンはまた、セイラを抱きかかえ、歩き出した。
「ママを探しに行こうか。」
「待って、お花を取りたい。」
ジリアンはセイラをコデマリの花に近づけさせて、花を摘ませた。
セイラは喜び、ジリアンに抱かれながらはしゃいだ。
一方、レインは、雑木林奥まで行って、ようやくジリアンがいないことに気がついた。
しかし、後戻りしても、見当たらなかった。なぜなら、来た道を間違ってもどっていたからだった。
仕方なく、建物が見えるほうへ行き、たどり着くと、来た事もない場所だった。
途方に暮れているレインの前に、エミリアが現れた。
「おはようございます。」
「あら、おはよう。レイン君だったかしら。」
「そうです。」
エミリアに名前を覚えてくれたと思うとレインは嬉しく思った。
「どうしてこんなところにいるの。ここは関係者以外に入ってはいけないところなのよ。」
「え、そうなんですか。ごめんなさい。その散歩していたら、道に迷ってしまって。」
「仕方がないわね。」
そこへ、皇女フェリシアがあわてた様子で現れた。
「エミリア、ちょうど良いときに出会えてよかったわ。」
「フェリシア、どうしたの。なにかあったの?護衛の人はどうしたの?」
「ええ、ちょっと、都合が悪くて、はずしてもらったの。」
「だめじゃないの。あなたは護衛についてもらわないといけない身なのだから。」
「そんなことを言ってる場合じゃなくて。あら、この少年は誰なのかしら。」
エミリアはレインがいたことを忘れていた。レインに対して左手を差し出してフェリシアに紹介した。
「フェリシア、こちらはスカイエンジェルフィッシュ号のクルーで、レイン=スタンドフィールドさんよ。」
フェリシアはエミリアに紹介されて、この少年が父である皇帝からうわさを聞いていた女性パイロット・レテシアの息子だということを思い出していた。
「レイン、こちらはフェリシア皇女殿下であられます。」
レインは驚いたと同時に緊張した。
フェリシアは軍服姿で、金髪セミロングの色白、華奢な体格だった。
「はじめまして、わたくしがエミリア上等兵に紹介された皇女フェリシアです。エミリアとはスカイロード上官育成学校の同級生でルームメイトでもありますのよ。」
フェリシアは右手をレインに差し出した。
レインはあわてて、右手を後ろで持って行き服にこすり付けてから、手を差し出した。
「はじめまして、皇女殿下。お目にかかれて光栄です。」
レインは礼儀を知らずでフェリシアの手を握ろうとしたが、フェリシアは手の甲を上に向けていたので、下から握ろうとした。
エミリアはその様子をみて、咳払いをした。
レインが握らないうちに、エミリアはフェリシアに話しかけた。
「フェリシア、なにか問題がおきたのでしょう。」
「ええ、3歳くらいの女の子を探して欲しいの。」
「女の子?」
フェリシアは、女の子に会ってから可愛くて仕方がなくて散歩に連れていったのだという。
少し目を離した隙に女の子を見失ってしまったのだった。レインはその話をきいて、自分と同じことがフェリシアにも起きたことを不思議に思った。
その小さな女の子を3人で探すことになった。
しばらくしてレインがジリアンを見つけたと同時にジリアンが女の子を抱きかかえているのを発見した。
「ジル、その女の子はどうしたの?」
「迷子になったらしいんだ。親御さんを見つけてあげようと思って。」
ジリアンは女の子を抱いたまま歩き回っていたので、つかれきっていた。その場で女の子を地面に下ろした。
「名前はセイラっていうんだ。」
「実は、皇女殿下が3歳くらいの女の子を探していて、僕も一緒にさがしていたところなんだ。」
「皇女殿下が?」
レインがセイラを抱きかかえて、ジリアンとともに、先ほどの場所にもどった。
フェリシアとエミリアを探していると、雑木林のほうから返事がして、ふたりとも現れた。
「セイラ、探していたのよ。」
レインがセイラを下ろすと、フェリシアがセイラを抱きかかえた。
ライラは蝶々を追いかけて迷子になった話をした。
「あら、もしかして、この少年がジリアンなの?」
フェリシアはレインに声をかけた。
「ええ、ご存知ですか。」
「ジリアン、はじめまして。皇女フェリシアよ。あなたのことはセシルから聞いてるわ。」
ジリアンはセシリアの名を聞いて硬直した。
フェリシアは左手でライラを抱きかかえ、右手を差し出した。
ジリアンは、自分の手を添えてフェリシアの手の甲にキスをした。レインはその様子をみて驚き、自分の礼儀知らずに恥ずかしさを覚えた。
「ジリアンはセイラのことを知らないのかしら。」
ライラを見つけたのはジリアンだということを聞いたので、フェリシアは不思議に思って聞いてみた。
「知らないのですが・・・・・・。まさか。」
フェリシアはエミリアの方をみた。それは口外しないで欲しいという目配せだった。エミリアは両目のまぶたを閉じて返事をした。
「知らなかったのね。セイラはセシルと理事長の娘なのよ。」
その言葉にジリアンの体が震えた。
(ジリアンの妹。)
レインは心の中でつぶやいた。
「ママが心配しているわね。セイラもう、もどりましょうね。」
「はぁい。」
セイラは元気良く返事をした。
「セイラ、お兄さんたちにお礼を言って、さようならしましょう。」
フェリシアはセイラの顔をつきあわせて、話し掛けた。
「ありがとう。バイバイ。」
セイラは右手を上げて小さく手を振った。
「エミリア、二人をよろしくね。」
「ええ、無事に見送りをさせてもらうわ。」
「では、あなたがたふたりの晴れの舞台を見守らせてもらうわ。セイラのことではありがとう。」
フェリシアはそういうと、建物の中に入っていった。
レインは頭を下げていた。
エミリアが二人の方をみると、ジリアンが涙を流して直立不動になっていた。
(なにがあるのか知らないけど、つらいことなのね。)
エミリアはジリアンにハンカチを差し出した。
「す、すみません。」
「いいのよ。さぁ、関係者立ち入り禁止区域から出て行きましょうか。わたしが案内するわ。」
エミリアは二人を移動するように促した。
「ジル、大丈夫?」
「うん、大丈夫。なんだか・・・・。」
ジリアンは涙をハンカチでぬぐったものの、とめどなくでてきて、涙がこぼれないように上を向いた。
レインはジリアンの肩を抱いて、引き寄せ、くっつきながら、歩いていった。
上を見上げたままのジリアンは、風で吹き飛ばされていく花びらが散っていく様をみていた。
BGM:「君に春を思う」メレンゲ