第十二章 旅立ちのとき 6
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟<従弟>・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄<実父>)
カスター=ペドロ(クルー。通信士。愛称キャス)
クレア=ポーター(クルー。医者)
コーディ=ヴェッキア(クルー。看護士)
デューク=ジュニア=デミスト(現グリーンオイル財団理事長)
マルティン・デ・ドレイファス(コン・ラ・ジェンタ皇国の皇帝。セシリアの実兄。)
フェリシア=デ=ドレイファス(皇帝の第一皇女。スカイロード上官育成学校・一回生。)
ミーティングが始まる前に、デューク=ジュニア=デミスト財団理事長が入室し、総合ミーティングが始まった。
ロブがクレアに耳打ちした。
「あの男が、理事長ですか。」
「そうだ、あの狐目の男がデュークだ。」
グリーンオイル財団の慈善事業の一環である、人命救助空挺・スカイエンジェルフィッシュ号の出発式は、仰々しく派手に行われる。
招待客である、皇女殿下は前日の今日の午後から、研究所に到着する予定で、式に参加。
壇上より皇女殿下から祝いの言葉をいただき、クルーたちは出発の準備に入る。
パジェロブルーはスカイエンジェルフィッシュとは先取飛行の役目で別飛行する。
パジェロブルーを先導するかのように、飛行するのがスカイロード上官育成学校の誘導部隊である。
3回生のエアジェットを先頭に、パジェロブルーが続き、その左右を2回生と1回生のエアジェットが飛行する体勢になっている。
その後方をスカイエンジェルフィッシュ号が飛行する予定だ。
準備に余念がないよう、整備士責任者からの説明があり、管制官からの当日の天気概況の説明があった。
スカイエンジェルフィッシュ号の監督責任者のクレアが意思表明をし、最後に財団理事長が挨拶をした。
「今回の出発式は、国民に対する財団の使命責任を果たすものであります。
ただ無造作にグリーンオイルを作成し、空挺をつくりつづけて、国民の安全を脅かすものであってはいけないとという想いからきております。
わたしたちのこの考えに賛同してくださったクレア=ポーター医師に感謝しつつ、医療活動の成功を祈りつつ、送り出したいと思っております。」
挨拶が終わると、全員が立ち上がり、拍手を送って総合ミーティングは終了した。
ミーティングが終了後、理事長のデュークはまっすぐ、クレアのほうへ向かってきた。
「クレア先生、ご挨拶が後になってしまって申し訳ありません。」
「いえ、挨拶ぐらいはいつでも。」
クレアはよそよそしくデュークに接していた。
「初めましてですね。ロブ=スタンドフィールドさん。わたしはオイル財団理事長のデューク=ジュニア=デミストです。デュークと呼んでいただければ。」
「こちらこそ、初めましてよろしくお願いします。」
ロブはそつなく挨拶を済ませて、この場から立ち去りたい気分だった。
「妻からはあなたの話をよく聞いております。」
「ご婦人はお元気ですか。こちらでは厄介者を引き取って下さりありがたく思っています。」
ロブは嫌味をぶつけたが、デュークは気にしない素振りをした。
「妻は元気ですよ。こちらには午後から到着する予定です。みなさんに会えることを楽しみにしておりますよ。」
「それはそれは。こちらとしては、できるだけ会わせたくない者がおりますので、気を使っていただけたら幸いなのですが。」
デュークの口角が引きつった。デューク自身、その会わせたくないものが誰であるか知っているのだ。
以前、ロブが皇帝にセシリアを引き取って欲しいと懇願した際、ジリアンの存在を問われた。
皇帝自身は後継者にするつもりがなく、手元に置いておきたい主旨を伝えたが、ロブは手放す気持ちがなかった。
コーディからの情報は、デュークがジリアンを手元に置いておき、皇帝とのつながりを強くしていきたい様子があったのだという。
ジリアンをめぐって、皇帝と財団理事長デュークとロブとの攻防戦が密かに展開していたのだ。
クレアは蚊帳の外よろしく、その会話に介入していかなかったが、何を意図して会話が成り立っているか理解していた。
(宿業というのは、なんともおかしくも悲しいものだな。)
クレアはこころのなかでそうつぶやいた。
午後からは重厚な黒の航空機が到着した。
山と鷹をイメージした金色のマークがあり、それは、皇族専用機であることを表していた。
その航空機には、お忍びということで参加する皇帝と皇女が搭乗していた。
クルーたちは食堂から到着した飛行場を眺めていた。
「お忍びといいながら、派手に到着だな。」
クレアはつぶやいたが、カスターは首をかしげた。
「皇女殿下が搭乗しているのなら、皇族専用機できてもおかしくないでしょう。」
「馬鹿だな、キャス。皇女殿下といえども、スカイロード上官育成学校の生徒だよ。皇族専用機で来る必要なんてないんだよ。」
クレアは、皇族専用機を指差して、言った。
ロブがカスターの後ろにたっていた。
「誘導部隊にスカイロード上官育成学校の生徒が任務についたのは、皇女殿下のためだ。
女性が一人加わっているが、おそらく皇女殿下の護衛感覚で任命された者だろう。」
ロブがそう言うと、カスターはニヤリと笑った。
「そういえば、ミーティング前に紹介してもらったけど、その女生徒とレインは親しげに会話してたね。
誰かさんに似て、やっぱり年上好みなのかなぁ、レインは。」
カスターはにやけて横目でロブをみていた。ロブはカスターをにらんでいた。
「レインはもう14歳だったな。そのころのロブはもう、レテシアと・・・・。」
「それ以上言わなくてもいいでしょう、クレアさん!」
クレアの言葉をロブはさえぎった。
楽しげに会話を展開している大人たちと違って、レインとジリアンは葬式のようにテンションが低かった。
コーディから、財団理事長のデュークがセシリアの夫であることを聞かされたからだ。
そして、午後から、セシリアがこの研究所に到着するという話も聞かされた。
ジリアンは寒気がするほど、その言葉を受け入れできなかった。
セシリアが生きている限り、会わないようにすることは願っていても、ジリアンは叶わないかもしれないと思ってはいた。
会ったとき、どんな風になってしまうだろうと考えると、つらくなるばかりだった。
コーディはそんな二人の様子をみながら、言葉にした。
「ふたりとも、そんな落胆しなくてもいいわよ。あの方はもうふたりに危害を加えたり出来ない人なのだから。」
レインはコーディに言った。
「そうじゃないんだ、コーディ。セシルは美しい顔をして怖いことをする人なんだ。」
レインがいうと、ジリアンはこわばって、持っていたスプーンを落としてしまった。
レインは言ってはいけないことをしってしまったと思った。
「ごめん、ジル。」
レインの謝る言葉にジルは我に返って、落としたスプーンを拾った。
「謝ることなんてないよ、レイニー。ほんとうのことだもの。いつまでも気にしている僕が悪いんだ。」
「そんなことない、ジルは悪くないよ。」
コーディは二人の様子にほほえましく思い、笑顔で二人をみていた。
「大丈夫。ふたりにはわたしがついているし、空挺に搭乗するまで二人のそばを離れたりしないから、心配しないで。
わたしはあの方と何度も会って会話しているし、ふたりの面倒を見るように言われているから、あの方から二人を守ってあげることができるわ。」
レインとジリアンは無言でコーディの言葉にうなづいた。
コーディは話題を変えて、二人のテンションを上げようとした。
「理事長からお聞きしたのだけど、皇女殿下は二人の会えることを楽しみにしているそうよ。」
「え、どうして?」
「わが国の英雄アレックスの血を受け継ぐ少年たちですもの。」
二人は少し拍子抜けした顔をした。
「先ほど、紹介していただいたスカイロード上官育成学校の生徒さんと皇女殿下は一緒に勉学に励んでいらっしゃる方だから、エアジェットを操縦する少年たちのことは好奇心をそそられることだともう思うわ。」
「なんだぁ、お嬢様学校で学ばれているのだと思ってた。」
「厳しい訓練受けているんだね。怖い人かな。」
「とても綺麗な方だとお聞きしているわ。楽しみね。」
レインはエミリアのことを思い出して、頬を赤くした。
ジリアンは、皇女殿下が自分とは従姉弟同士であることを考えて、相手は知っているのだろうかと思っていた。
皇帝マルティン・デ・ドレイファスの一人娘フェリシア=デ=ドレイファス第一皇女は、幼くして母親の皇后を失くし、厳しく育てられた。
父の皇帝自身は厳しく育てることを望んでいたわけではなかったが、それが皇女のためだと思っていた。
将来は皇帝となって国を背負う身になるには、幼いうちから厳しさに苦悩にあい成長し、国民から愛され尊敬される身にならなければならないからだ。
時折、甘い父親の顔を覗かせながら、厳しい態度を取ってきた皇帝は、いつでも、娘の護衛には気を使ってきた。
訓練先の空軍であるスカイロード上官育成学校を選んだのも、グリーンオイル財団にいいように扱われないために、知識と見識、人脈を得るためのものだった。
とりわけ、女生徒が少ない部門だったが、入学する前から、女子生徒が受験する情報を得ていたので、気兼ねなく預けることができた。
グリーンオイル財団は皇帝にとっては、国政を脅かす存在で、裏側で黒衣の民族を利用してテロ行為を誘導していることを知っていた。
確たる証拠がつかめない中で、理事長のデュークには煮え湯を飲まされる思いがしていて、毅然とした態度で示してきた。
毅然とした態度には、実の妹セシリアを妻としていることで、皇帝自身に憂慮するところはないと言い切っている。
セシリアは皇族の一人に引き取られて、貴族の養女となって、デミスト家に嫁いだ。
皇帝にとっては、財団は目の上のたんこぶではあるが、国民には有益な大企業である。
慈善事業のお披露目式であるスカイエンジェルフィッシュ号の出発式には、国民に財団の存在を理解してもらう必要性に皇族が加わって、賛成しているという態度を示すことになる。
表向きには、皇女が招待されて参加するものではあるが、財団と皇族とのつながりを強くする意味合いがそこにはあった。
皇帝の思惑には、皇女がこういう形で政策参加していくことに意味のあることだとある。
皇女のフェリシアにはまだ、理解できないできごとではあった。
そして、そのフェリシアは、母親を知らないので、身近な存在である叔母に会えることを楽しみしていたし、アレックスの血を受け継ぐ少年たちに会えることも楽しみにしていた。
彼女にとって、アレックスは憧れの英雄だった。悲恋だったレジーナ女帝の思いを重ね合わせて、ジリアンの存在をまるでアレックスとレジーナの思いが実ったかのようなものだとつなぎあわせていた。
明日に出発式を控えて、クルーたちや出発式に関わるものたちは、眠れぬ夜を過ごしていた。
皇族、財団関係者、スタンドフィールドの者たち、それぞれが一同に介してあつまるイベント、この機会を待ち望んでいた者がいた。
その者たちが、暗躍し闇夜にまぎれて行動を開始していた。希望を胸に膨らませて夢に向かって羽ばたくものたちを失望の谷底に突き落とすために。
BGM:「ワールズエンド・スーパーノヴァ」くるり