第十二章 旅立ちのとき 5
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟<従弟>・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄<実父>)
カスター=ペドロ(クルー。通信士。愛称キャス)
ディゴ (クルー。操縦士)
クレア=ポーター(クルー。医者)
コーディ=ヴェッキア(クルー。看護士)
ジョナサン(クルー。エンジン技師)
アルバート(クルー。副操縦士。愛称アル)
フィリップ=バトラー(グリーンオイル財団研究所スカイエンジェルフィッシュ号空挺設計主任)
セリーヌ=マルキナ(デューク=ジュニア=デミスト理事長の第六秘書)
エミリア=サンジョベーゼ(スカイロード上官育成学校1回生。皇女殿下のルームメイト。上等兵)
ビル=ポルスキー(スカイロード上官育成学校・教官。准曹)
朝食で、レインとジリアンとコーディがテーブルについていた。
レインとジリアンは眠そうにしていた。
「二人とも眠れなかったのかしら。」
コーディが二人に声をかけた。
「昨夜、遅くにアルが大きな声で叫んでいるのが聞こえてさ、目が覚めちゃった。」
レインはもてあまし気味に食べ物にフォークを突き刺していた。
「アルって、クレアさんところでなにかあったんでしょ。」
レインがコーディに聞いた。
コーディの話すところ、昨夜遅くにアルバートが眠れないから一緒に寝て欲しいとクレアのところに来たらしい。
クレアはもちろん断った。その後、カスターの部屋が空いていたのでアルバートが入ったらしいのだが、カスターは即座にアルバートを追い出した。
「昨日さ、アルバートに一緒に寝て欲しいって言われてさ、嫌だって言って逃げたんだ。
なんか嫌な予感したから、ジリアンにも鍵をしておくように言ったんだ。」
ジリアンは昨夜なにがあったのか、熟睡していたのでわからなかった様子だった。
「僕のところにやってきて、ドアを開けようとしてさ、何か言ってたけど無視したんだ。
そしたら、ジリアンの部屋に行ったみたいで、そこでもドアを開けようとしていたよ。」
コーディはアルバートが最終的にロブの部屋に行ったことを二人に伝えた。
二人は驚いたが、コーディはクレアさんが仕向けたことだと言った。
アルバートは多重人格で、4人の人格がいてた。普段でているアルバートは無関心を装っていて、凶暴なアルバートと、ほんとうのアルバートと、女の子の人格との4人がいてた。
クレアがアルバートのなかの女の子のことをアリーと呼んでいた。
アリーは暴力を振るわれたりした時に出てくる人格で、クレアはわざとアルバートを痛めつけて、アリーを出させたのだ。
それはロブに懐かせるためだった。ロブ自身はそのことを知らない。
レインとジリアンはクレアのことが怖いと思ったし、より一層に逆らってはいけないと思った。
「あのさ、カスターが何か変なんだ。アルに対して、避けてる感じがする。」
レインはおもむろにコーディにそういった。
コーディは少し考えてから、言った。
「カスターさんは過去に何かありそうな感じがするのだけど、こちらから聞き出すのも失礼なので、今はそっとしておきましょう。
なにかあったら、私のほうから声をかけておくから、二人は心配しなくていいわよ。」
二人はコーディにそういわれて、安心した顔をした。
「ロブ兄さんって、クレアさんの手のひらで転がされているんだね。」
ジリアンが言うと、レインは少し固まり気味に強張った。
「クレアさんはみんなが思うほど、怖い人でも強い人でもないわ。みんなを守るために、ちゃんと考えて手を打っているだけよ。」
コーディは微笑みながら、そう語った。
レインは安堵した。ジリアンから時々でてくる毒舌に冷や汗をかくことがあるから、気が気でなかった。
3人が朝食を終えたころ、ロブとカスターとディゴが食堂にあらわれた。
お互い挨拶を済ませて、レインたちと入れ替わるように、ロブたちはテーブルについた。
「コーディ、クレアさんはまだ起きてないのかな。」
「ええ、まだです。ロブさん、クレアさんには伝えてますけど、この後、第三大会議室で総合ミーティングがありますから、遅れないようにしてくださいね。」
「了解。」
ロブは手をあげて、コーディに合図をした。
カスターは3人が去っていくのを待っていたかのように、話し始めた。
「ロブ、深夜、アルバートが来なかったか。」
「ああ、きたよ。アルバートはまだ、俺の部屋で寝ている。」
「ええ!!アルバートはロブと一緒に寝たのか。」
「大きな声をだすなよ、キャス。仕方ないだろ、眠れないって言うんだから。」
「もしかして、同じベッドに寝たとか。」
「しょうがないだろう、部屋にはベッドが一つしかないんだから。」
カスターは露骨に変な顔でロブの顔をみていた。
隣でディゴは我関せずとばかりに食事をしていた。
「レインと一緒に寝ているとおもえば、たいしたことはないさ。」
「何もされなかったのか。」
「何をするんだよ。誰かさんと違ってベッドに入るとすぐに安心したのか寝息をたててたよ。」
ロブは横目でカスターをみていた。
「ぼ、僕のことかい。まるでロブと一緒に寝たみたいに言わないでくれよ。」
カスターはロブのほうへ顔を近づけて、周りに聞こえないように言った。
「ああ、あれはタンクの掃除を終えて、疲れていたキャスが立ったままねてて、いびきをかいていたんだったな。」
ロブがそういうと、ディゴは吹いた。
「ぶっ。あはは。」
「あれは慣れていなかったから、体力的にも精神的にも疲れてたんだよ。」
そこへ、クレアとアルバートが腕を組み連れ立って食堂に入ってきた。
「おはよう」
「おはようございます。みなさん。」
クレアにつづいて、組んでいた腕をはずしアルバートは恥ずかしそうに挨拶をした。
ロブたちは、その様子に驚いていて空いた口がふさがらなかった。
クレアは三人の馬鹿な面をみて、呆れながら、テーブルについた。
「こいつ、本人以外に3人の人格があるんだが、今は女の子なんだ。」
平然としてクレアは言ったが、3人は納得が行かない様子だった。
「女の子って、どのタイミングでそうなるんですか。」
クレアはロブに理由をいうと、怒るだろうから言わなかった。
「ロブと一緒に寝たから、女の子になっちゃったんですか。」
カスターは思ったことを口にしたが、ロブはカスターをにらんだ。
クレアは思惑通りになったと心の中で微笑んだ。
そこへ、バトラー設計主任が現れた。
「みなさん、おはようございます。今日はここで、食事を取らせてください。
ご一緒させてもらってよろしいですか。」
みんながバトラーと挨拶を済ませて、食事を取りながら、雑談をはじめた。
バトラーは、アルバートがクルーたちとなじんでいるように見えて、安心していた。
そこで、ロブは、アルバートに聞きたいことがあると言い出した。
「バトラーさん、パジェロブルーの設計者の名前がなかったように思うのですが、誰でしょうか。」
「実はわたしも知らないんです。」
バトラーはパジェロブルーの製作にいたった過程を話した。
パジェロブルーはデューク=ジュニア=デミスト財団理事長の支持で作られたが、それは軍部からの依頼だった。
皇帝陛下が所望していて、今は無きホーネット隊の最新機としてデビューさせるものだったという。
「では、皇帝陛下か、軍部関係者が設計者を知っているということですか。」
クレアがバトラーの物言いに心当たりがあったので、聞いた。
「そうですね。その可能性があるでしょう。理事長は今回の件、皇帝陛下への信頼回復をしようと慈善事業を展開しているとのことですので。」
「つまりは、皇帝陛下の機嫌を取る意味があるということですか。」
クレアがなにかを思って言葉を口にしていると、ロブは思っていた。
ロブがクレアを見たとき、クレアはニヤリと笑ってロブをみた。
皇帝陛下のご機嫌取りにパジェロブルーを製作させて、スカイエンジェルフィッシュ号に与えたということは、レテシアの息子であるレインへの贈り物になることだった。
ロブは真実を知ったと同時にクレアの考えていることがいやらしく感じた。
食事を終え、一向は食堂を出た。
「では、後ほど、第三会議室でお会いしましょう。」
バトラーはそういって、その場から去っていった。
ロブは眉間にしわを寄せていた。
「そう怖い顔をするなよ、ロブ。あの子達を成長させるにはアイテムが必要なんだよ。
それが母親のにおいがするエアジェットなら、なおさらいいじゃないか。なにか意味のあることだよ。」
クレアは満足げにそう言った。
「あのエアジェットはアルの面倒を見る代わりにもらったものなんだ。
だから、アルの面倒を頼むよ、ロブ。」
クレアの言葉に、ロブはようやく自分がクレアの思い通りに動かされていることを知った。
両手で顔を覆い、落胆した。
ディゴはいつものことだとロブに干渉しなかったが、カスターはロブのことをすこしだけ不憫に思った。
カスターはロブと同様に自分がクレアの思惑で翻弄されていることに気がついていなかった。
財団研究所の空挺製造部門の棟に第三大会議室はあった。
明日のスカイエンジェルフィッシュ号出発式に備えての全体ミーティングが行われる。
その日の朝に、スカイロード上官育成学校から六名と教官一名がエアジェットで到着していた。
出発式でスカイエンジェルフィッシュ号を誘導する役目があったからだった。
始まる前に、第六秘書のセリーヌ=マルキナから、クルーたちに紹介があった。
准曹で教官のビル=ポルスキー、以下上等兵の3回生二人、2回生二人、1回生二人の6名だった。
ビル=ポルスキーはロブに挨拶をすると、ロブが10代のころ、アクロバット飛行コンテストでの数々の優勝をしていたことを話した。
「さすがは、アレックス=スタンドフィールドを受け継ぐ者だと思いましたよ。」
ロブはコンテストの際にはことあるごとにアレックスのことを言われていていまさらまたと思っていた。
学生たちは、ジリアンとレインに話しかけていた。
「初等科のものが、操縦できるとは思えないんだが。」
一人が言うと、ジリアンは自慢げな態度をとっていた。
「ロブ兄さんは11歳でコンテストに出場していたんですよ。」
そして、言われる言葉がいつも同じだった。
「さすが、アレックス=スタンドフィールドを受け継ぐ者だ。」
二人はすこし、呆れていた。
六名のうちの紅一点のエミリア=サンジョベーゼだけは、レインの顔をまじまじと見ていた。
レインはエミリアと目があって、恥ずかしそうに照れていた。
「僕になにか変なところがありますか。」
レインはエミリアに声をかけた。
「じろじろみたりしてごめんなさい。何でもないのですよ。ただ、どこかで見かけたような気がして思い出そうとして思い出せないのです。」
会ったことは一度もないはずと思いながらも、レインは少し嬉しく思った。
BGM:「きらきら」Aqua Timez