第十一章 震える気持ち 2
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟<従弟>・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄<実父>)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ディゴ (スタンドフィールド・ドックのクルーで板金工)
クレア=ポーター(ダンの養女。医者)
コーディ=ヴェッキア(スカイエンジェルフィッシュのクルー。)
ジョナサン(スカイエンジェルフィッシュのクルー。エンジン技師)
アルバート(スカイエンジェルフィッシュのクルー。愛称アル)
フレッド=スタンドフィールド(主人公の長兄<叔父>)
スカイエンジェルフィッシュ号のクルーたちは、カテリナ病院で身体検査をしていた。
検査が午前中に終わると、ロブとレイン、ジリアンの三人は遺伝子検査のために、検査施設に向かった。
ジョナサンが朝食抜きの血液検査を受けなければならなくて、他のメンバーとは別行動になった。
カスターが昼食の際、クレアにジョナサンのことを聞いた。
「クレアさん、ジョナサンは大丈夫なんですか。」
「なにがぁ。」
「や、あの、なにがって。」
答える気のない返事のクレアに気を配り、コーディが答えた。
「ジョナサンは大丈夫ですよ。エンジンの職人さんですから。」
「はぁ、そんなものかな。」
クレアが、カスターにジョナサンが加わったいきさつを話した。
ジョナサンはもともと、空軍のエンジン技師だったが、財団研究所に引き抜かれた。
危険な仕事をするより安定した仕事を望んだのは両親のためだったが、その両親が他界したため、バトラー設計主任にスカイエンジェルフィッシュ号のクルーに加えて欲しいと頼み込んだということだった。
「このクルーでスパイになりそうなのは・・・・。」
「アルなら、大丈夫だよ。あたしが手なづけてるからね。」
「手なづけてるって・・・・・。」
「なにかあったら、コーディでも大丈夫だから。」
「え?!」
「カスターさん、アルバートさんは多重人格ですが、基本、こころ根のやさしい男性なのです。
スイッチが入らなければちゃんとコミュニケーションできるのですよ。」
カスターはアルバートを見た。アルバートはこの三人とは距離を置いた場所で、上着のフードを目深にかぶって、食事をしていた。
(あの様子でちゃんとコミュニケーションできるとは思えないけどな。)
そのカスターの様子をみて、クレアは言った。
「お前も、多重人格だろ、カスター。」
「僕がですか。とんでもない。僕はロブの良き相棒です。」
「自分で言ってたら、世話ないな。」
「カスターさん、あなたのその明るく振舞っている姿が気になるんですよ。」
「ぼ、僕が?無理に明るくなんかしてないよぉ。」
「まぁ、コーディ、こいつがそう言ってるんだから、そういうことにしておけば。」
「でも。アルバートさんは優等生だったんです。だから、なおさら、優等生を嫌う人格のアルバートさんがスイッチ入ったら出てくるんですよ。」
「ふぅん。そうなんだ。わかったよ。気にかけておくよ。」
カスターが再度アルバートの方を見てみると、目が合った。そしてアルバートはニヤリと不適な笑みを浮かべた。その様子にカスターは寒気がした。
もくもくと食事をしていたディゴが、口を開いた。
「クレア、ロブたちの検査が終わったら、どうするんだ。」
「ああ、軍部の病院に向かうことになっている。ディゴもいくんだろ。」
「フレッドに会えるなら、会いに行きたい。」
「僕も一緒に。」
「カスターは一緒に行かないほうがいい。会ったことがないだろ。」
「でも、僕がいたほうが、保護者だし。」
「俺もそう思う。行かないほうがいいだろう。」
カスターは拗ねた顔をした。
カスターが昼食後、トイレに向かった。トイレで用を足して手洗いを済ませると、アルバートがやってきた。
カスターは嫌な予感がした。アルバートは目深にかぶっていたフードを両手で下ろして、顔を出すと、不適な笑みを浮かべてカスターをみていた。
(なんだよ、こいつ。喧嘩でも売るつもりか。)
カスターはクレアたちと仲良く談笑している姿をアルバートがやきもちを焼いているように思えて仕方がなかった。
カスターがアルバートを避けて、横を通り過ぎようとしたとき、アルバートは右手でカスターの手首を取り、背中に回して自分の体で壁に押し付けた。
「なにするんだよ、アル。」
「アルって、気安く呼ぶなよ。」
「やめろって、アルバート!」
足元をみて、足をひっかければ、アルバートくらい倒せるとカスターは考えていた。
アルバートは左手で、カスターの尻をつかんだ。
「?!」
カスターは声も出せれないぐらい驚いた。
「お前、処女じゃないだろ。」
カスターはその言葉に怯えた。アルバートはカスターの手首を離し、カスターから離れた。
カスターはその場からよろめきながら、去っていった。
ディゴは、検査を終えたロブたちと合流した。
そして、軍部の病院に向かった。
フレッドはアレキサンダー号が黒衣の民族の襲撃にあい谷底に墜落した時、操縦桿を握ったままで、倒れていた。
心臓が動いていたので、救急処置を施されたが、脳の損傷が激しく植物状態になった。軍部の病院で延命処置を受けて、呼吸器をつけたままの状態で行き続けていた。
ジリアンはフレッドの皮手袋を両手で握り締めていて、病室に入る前につばを飲んだ。その様子をレインはみていて動揺しないようにと自分に言い聞かせた。ロブは気丈な振る舞いをしながらも、自分を責め続けていた。
病室のドアをロブはノックして、中に入った。
年老いた看護士が椅子にすわって、フレッドの手を握っていた。
「どなたですか。」
「患者の家族です。前もって連絡していたのですが。」
「ええ、聞いております。どうぞ。」
看護士はフレッドの手をおいて、椅子から立ち、その場から離れた。
ロブに促されてジリアンは恐る恐る、近寄った。
フレッドは呼吸器をつけていて、機械によって、生かされていた。呼吸にあわせて、機械が音をたてているのようだった。
ジリアンはフレッドの顔をまじまじとみていた。たしかにその顔は、いつもジリアンに微笑みかけていたフレッドの顔だった。
いまにも目を開けて話しかけてくれそうなくらい血色が良く、元気そうに見えたが、自分では呼吸できない状態だと聞かされてショックを隠せないでいた。
「フレッド兄さん、会いたかったよ、僕。僕、兄さんの皮手袋大事にするからね。」
ジリアンはフレッドの体にしがみつくように皮手袋を握った両手を置いた。そして、泣きじゃくった。
その様子に、ロブが涙してしまい、壁の方に向かっていて、フレッドを見ようとしなかった。
レインは泣かないように努力していたが、ジリアンが泣く姿をみて、耐えられず涙をこぼした。
ディゴが、フレッドのベッドに近寄った。
「ずいぶんとまたせてしまったな。やっと連れて来られたよ。お前も会いたかっただろ。」
ジリアンは、泣くのをやめたかと思うと突然、ロブのほうへ振り向いた。
「ロブ兄さん。フレッド兄さんをもう、これ以上、機械で生かしてあげなくてもいいでしょ。もう、開放してあげてほしい。」
ジリアンのその言葉にロブは驚いた。
「ジリアン、お前。」
ディゴがジリアンの肩に手を置いて言った。
「よく言った。俺もそう思っていた。」
その様子にレインはとまどった。
「そんなことって、目が覚めることって、もうないの?」
ロブは自分の頭を壁にぶつけた。
「ジリアンがそうしたいのなら、そうしよう。俺には延命治療を拒否する決意ができなかった。」
ロブはそいういうと泣き崩れた。
看護士はロブに寄り添い、肩を抱いて、椅子に座らせようとしたが、ロブは拒否した。
「僕はフレッド兄さんを楽にしてあげたい。ベッドに寝たままで、自分で呼吸もできないなんて。もう、これ以上苦しませたくない。」
「その通りだな、ジル。ロブはこんな奴だが、お前に真実を打ち明けないまま、フレッドを逝かせるわけにいかないと思っていたんだ。
そのことだけはわかっていてくれ。」
ジリアンは返事を口にしなかったが大きくうなづいた。
BGM:「思い出我爛道」空気公団