第一章 スタンドフィールド・ドック 3
郵便船があるデッキでは、溶接をする男がいた。
ディゴが現れると、作業をいったん止めて、片手をあげて挨拶をした。
「テスの出番ありとは、派手にやられたな。」
「底もやられてるよ。積乱雲を押し付けられて、下からの奇襲攻撃を受けたんじゃないか。焦げ目の線が走ってる。」
「雷か。下から現れて横ぎられる際、アクロバット飛行の攻撃でやられたのか。」
「チェーンソーでやられてるよ。こりゃ、脅しだな。派手に傷つけるのが目的みたいだ。」
「チェーンソーなら、タンクをやったら仕舞いだな。落とさなかったのは、見せしめか。」
溶接工のテスは、作業を再開し、ディゴは作業場で道具を取り出し始めた。
テスが、チェーンソーで引き裂かれたところを部分的に溶接で取り外すと、それをもって、溶鉱炉に入れた。
ロブがデッキにあらわれると、ディゴは外をながめた。
「おやおや、雨が降りそうだな。また、やらかしたのか。」
ロブは眉をひそめた。
「スタンドフィールド・ドックは国家認定修理工場だって、知ってたか。ディゴ」
「そんなお堅いとこだって、知らなかったな。闇の運び屋をしていたお前がいるんだが。」
「余計な情報は漏らすなよ。」
そういうと、ロブは手にしていたビンを台の上に置いた。
「ここは、黒衣の民族の領空飛行禁止区域だぜ。やりあったぐらいで脅されたら、たまんないな。」
テスが溶接を始めようとしたら、機体が揺れた。
中から、モナがあらわれた。
「指定居住区に不満があるのよ。あそこには豊富な水が流れてこないからね。」
手にしていた紙袋をロブにむかって放り投げた。
「見張り役が転寝して、接近されているのを見落としたのよ。それは隠し財産を没収したの。」
ロブが紙袋の中身をみると、燻製の魚とチーズが入っていた。
「あてがあると、やる気もでるな、ディゴ」
「荷物を整理したら、速達便が多数合ったわ。前言撤回で、明日の朝までに頼むわ。」
「ヘイヘイ。やらせてもらいますよ。」
ディゴは溶鉱炉から真っ赤になった鉄板を出すと、めくれた場所をめがけてハンマーを打ちはじめた。
「ロブ、弟を泣かせるのは卒業したんじゃないの。塗装の渇きが悪くなるじゃない。」
「レディ・ロマーノ、ごもっとも。ご執心のロブから、レインに鞍替えしますか。」
「ジェイ、仕上げはきれいにしてちょうだいね。レインはまだ幼いし、女の子みたいだからちょっとね。」
「時期にロブみたいな男になりますよ。」
「肌もきれい過ぎるのよ、あの子。ワイルドな感じなのがタイプなの。」
モナがロブにウィンクすると、ロブは逃げるようにデッキから去っていった。
たたみかけるように、モナが言った。
「ほら、雨が降ったきたわ。泣き虫レインちゃんが泣いているのね。」
食堂の台所には、ディゴの妻・ジゼルが忙しく料理をしていた。
そのそばで、ジリアンは洗いものの手伝いをしに台所にあらわれた。
「雨がふってきたみたいね。レイニーはどうしているの。」
「降ってきたら、いつものところだよ。キャスが慰めてたけどね。」
スタンドフィールド・ドックには、女性がほとんどいない。
ジゼルはディゴの幼馴染で幼い息子がひとりいている。
食堂のきりもりはジゼル一人ではできないので、レイン、ジリアン、カスターがいつも手伝っていた。
カスターが食堂にあらわれると、ジゼルは料理がのったプレートを差し出した。
「お昼がまだだったみたいね。」
「ああ、ありがとう、ジゼル。」
「レイニーは、トレーニング室へ?」
「ああ、いつものことだから、気が済んだら、プロテインをもらいにくるだろう。」
「どうして、いつもああなのかしら。」
「できの悪い子ほど、かわいいんじゃないのかな。」
「レインが小さいころは、ほんと、犬のように舐めるようにしてかわいがっていたのに。」
「うんぐ。あはは。それ、ほんとなの?ジゼル」
「ええ、そうよ。一歩あるいただけで、うれしがっちゃって。ほっぺを舐めてたんだから。」
「だからかなぁ。ディゴさ。」
「ディゴがどうしたの。」
「僕がロブに連れられて、はじめてスタンドフィールド・ドック(ここ)にきたとき。」
「ああ、お墓参りにいったらって話ね。クス」
「ディゴが言ったのさ。『犬でも拾ってきたか。』」
「うっふふふ。だって、ロブが笑顔で帰ってきたんだから。なにかいいものを見つけたって感じだったわ。」
「僕がいいものだなんて、そっちの趣味ないし。」
「そりゃそうね。いい遊び相手ができたってそんな感じよ。」
「ま、確かに、面白い奴だなってのは散々言われたけどね。・・・犬ね、レイニーをなめるようにかわいがるか。」
「目をまるくして、そりゃもう、かわいかったんだから。ほんと、子犬みたいね。」
「そんな子犬がいま、猟犬にでもなろうとして、必死に筋トレしてるよ。」
「ジル、あなたも鍛えたほうがいいんじゃないの。レイニーには体力で負けちゃうわよ。」
「いいんだ。僕は、ココではまけないから。」
ジルは自分の頭に指をさした。
「ジルは、口で負かすタイプだもんな。」
「女の子みたいな顔で体鍛えちゃったら、なんだかバランス悪くなりそうね。」
「兄さんになじられて、泣いているうちは、女の子みたいな顔から変わることはないよ。」
「言うわね、ジル。」
「僕は、レイニーに体力で負けても、泣いたりしないよ。悔しくなんかないもの。」
「フレッドもそう言ってたわ。ロブに負けても悔しくないって。」
「フレッドって、ロブのお兄さんで、長兄だったっけ。」
「そう。ゴメスのおじさんに、フレッド、ジリアン。ほんと3人は家族ってすぐわかる、すごく似てるもの。」
「似てるって、よく言われるけど、あまりうれしくない。」
「そうねぇ、口の悪いところは、ロブに似ているけど、沈着冷静なのは、フレッドに似てる。頑固なところは似てなくて良かったわよ。」
「頑固なところは、レイニーが似てるんじゃないの。」
「フレッドが生きていてくれたら、ロブも無茶なことしたりぶっきらぼうになったりしないのに。」
ジゼルは、料理の作業の手を止めて、みつめていた。
「どうして、あんなふうになっちゃったかな。」
スタンドフィールド・ドックの崖のしたには、雑草の生えた滑走路があった。
崖の下に穴があり、滑走路は、そこへのびていた。
穴の奥には格納庫があり、使われていないその倉庫には、空挺の残骸があった。
そこに、ひとりの男が立っていた。ロブだった。
ロブは、空挺の錆びれた機体に手をやり、愛しそうに撫でると、額を機体にたたきつけた。