第十章 始動 3
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ラゴネ=コンチネータ(レインたちの叔父。グリーンオイル生産責任者・愛称じいさま)
ディゴ (スタンドフィールド・ドックのクルーで板金工)
コリン=ボイド(レインのクラスメイト)
プラーナ(ジリアンのクラスメイト)
レテシア=ハートランド(元ホーネットクルー。グリーンエメラルダ号のクルー)
クレア=ポーター(ダンの養女。医者)
コーディ=ヴェッキア(スカイエンジェルフィッシュのクルー。前グリーンオイル財団理事長ダグラス=Jr=デミストの介護士)
ジョナサン(スカイエンジェルフィッシュのクルー。エンジン技師)
アルバート(スカイエンジェルフィッシュのクルー。)
フレッド=スタンドフィールド(ロブの兄)
レインは自分の部屋に閉じこもっていた。
ジリアンは心配して部屋にやってきて声をかけたが、返事がなかった。
そこへカスターに促されてロブがやってきた。
「ジリアン。レインは部屋にいるのか。」
ジリアンはロブに対して怒りをあらわにした。
「兄さん、ひどいよ。僕に対してあんなことしなかったのに。」
「急降下はしただろう。」
「脅すこと前提って、意味わからないよ。喧嘩でなにもあそこまでしなくてもいいと思う。」
「喧嘩じゃない。怖さを知る必要があるんだよ。」
ジルはロブに何を言っても無駄だと思って、その場から立ち去ろうとした。
ところがロブはジルの腕を掴んで足止めした。
「俺が用事あるのは、お前だ、ジリアン。」
「何の用事があるの?」
ジリアンはロブを睨み返した。
「予定より1週間早くここを立つことになった。」
「え、どうして?」
「医療学園都市で身体検査するとになった。まぁ、精密検査なんだが。」
「じゃ、明日で学校終わりってことになるの?」
「そうだ。」
ジリアンは、プラーナのことを考えていた。
初等科を卒業したら、会えなくなるので、別れの挨拶は済ませていたが。
「お前に話しておきたい事があるんだ。」
「僕に?」
「ああ。先に謝っておく。すまない。ジリアン。」
「え?なに、急に。」
「今まで黙ってすまなかった。」
「まだ、何かあるの?」
ジリアンは不安そうにロブの顔を見ていた。
ロブはジリアンに頭を下げて、悲しそうな顔つきでいた。
「フレッドが医療学園都市にいてるんだ。」
「え?!死んでしまったんじゃないの?」
「生きているとは言えない状態なんだ。」
「生きてないけどって、どういうこと?わからないよぉ。」
「植物人間状態で、延命処置をされているんだ。」
「じゃ、生きているけど、会ってもわからないんじゃ。」
「ああ、そうだ。」
「どうして・・・。」
「すまない。言えなかった。できたら、本当のことを話せるようになって・・・。」
「会えないよ。そんなの。怖いよ。まるで・・・。」
「俺に勇気がなくてすまない。延命処置をすることしか選べなかった。」
「勇気があるなしの問題じゃないよね。」
「ああ、そうだ。」
しばらくのあいだ、二人は沈黙していた。
ジリアンは考えていた。
(兄さんの事情って、いつも、僕たちをつらい目に合わせている気がする。)
言葉にしてはいけないと思いつつ、言葉にできない苛立ちをジリアンは感じていた。
「医療学園都市には行かなくちゃいけないんでしょ。会うかどうかはそれまでに考える。」
「そうか。わかった。」
「僕、自分の部屋に帰るよ。仲直り、ちゃんとしてね。」
「ああ、努力はする。」
ジリアンは弱気なロブに呆れた。
(努力はするって・・・。)
ジリアンが去っていったのを確認して、ロブはレインのドアをたたいた。
「レイン、聞いてるか。おまえに、アクロバットの飛行の怖さを知って欲しかったんだ。」
レインは無言だった。
「お前に操縦桿を握らせないつもりはない。ただ、日程が早まってしまったんだ。」
ドアの鍵が開く音がした。
レインは少しだけドアを開いて顔を覗かせた。
「早まったって、どれくらい?」
「明日で学校は終わりだ。」
「え?!明日でお別れのあいさつ?」
「そうだ。」
「そんな。」
(行きたくないって言うなよ。)
ロブはこころの中でつぶやいた。
「ジリアンは?」
「話したよ。了解してくれたみたいだ。ただ・・・・。」
「ただ、なに?」
「レイン、ジリアンの力になってやってくれないか?」
「何の話?」
展望台に、カスターとディゴ、ラゴネを呼び出して、ロブは話を始めた。
「日程が、1週間早くなった。」
ロブ以外の人間は驚いた。
「どうしてだ、ロブ。」
ディゴが腕組みしながら、たずねた。
「クレアさんが、クルーの身体測定というか、精密検査をしたいと言われてね。」
「その方がいいね。」
ディゴとカスターは深くうなずいた。
「それで、わしがここに呼ばれたわけか。」
「そうだ。じいさま。すまないが、このドックを仕切って欲しい。」
「寂しくなるのぉ。」
「ここ三ヶ月で、修理や点検の依頼はできないと伝えてはある。」
「仕事無しで、ここやっていけるの?」
カスターは伝票を片手にもって、振ってみせた。
「しばらくはオイル補給で食いつないでいくしかない。」
「慈善事業と言っても、給料はでるんだろう。」
「ああ、そうだな。ディゴ。」
ラゴネは、ロブの前を通り過ぎて言った。
「了解じゃ、旅の無事を祈っているぞ。」
「え、それだけで、いいの?」
カスターは動揺していた。
「いつものことだからな。」
ディゴは平然と言ってのけた。
「医療学園都市で、クレアさんがクルーに加えたという男性二人とも合流する。」
「了解。明日までに、準備をすればいいんだな。」
「よろしく頼むよ、ディゴ。」
「はぁ、急な話になったな。こころの準備は出来ていたといっても。」
「キャス、覚悟しておけよ。クレアさんのしごきはきついぞ。」
「ええ?!」
「からかってもしょうがないだろ。今までどおりだよ」
「今までどおりなら、なおさらじゃないか、ロブ」
「それで、レインとはもう・・・・。」
「ああ、話はついた。俺もどうかしてたけど、いまさらじたばたしても仕方がないし。」
「で、医療学園都市といえば、フレッドのことも。」
「フレッドの話もした。ジリアンは考えさせてくれと言っていた。」
「そうか。」
「フレッドって?」
「フレッドは生きているんだ。」
「生きている?!」
「俺はうまくあいつらに話せる自信がなくて、死んだことにした。」
「生きている状態とは程遠いからな。」
「って、まさか。」
「延命処置をされた植物人間状態。」
「ジリアンにあわせる気なのかよ。」
二人は無言だった。
「信じられないな。立て続けに嫌な話を聞かされたばかりだろ。」
「医療学園都市に行く機会がこれからもあるとは思えないし、これもなにかのチャンスかと思ってね。」
「ま、いずれは話をしなくちゃいけないことだ。」
ディゴはそういうと、展望台から出て行った。
「ジリアンを慰める気持ちになんてなれないよ。」
「大丈夫。レインに頼んだ。」
「はぁ~、レインに頼んだ?・・・話はついたってそういうことか。」
レインとジリアンは展望台の上、岩山の天辺にいた。
太陽が沈みかけていた。冷たい風が二人に吹き付けていた。
ふたりは寄りそうに座っていた。
「僕たち、ふたりでここに座ることって、もうできなくなりそうだね。」
「そうだね。」
ジリアンは気のない返事をした。
「ジリアン、明日はプラーナとお別れの挨拶をしなくちゃいけないよ。」
「うん、わかってる。」
「兄さんから、フレッド兄さんの話を聞いたよ。僕からは何もいえないけど・・・。」
「レイニーは、レテシアさんに会いたいんだよね。」
「うん。」
罰が悪そうにレインは返事をした。
「ほんとうは、僕、フレッド兄さんに会うつもりでいてるけど、ロブ兄さんの前で素直にうんとはいえなかった。」
泣きそうな声で話すジリアンに、レインは自分の肩にジリアンの頭を傾けさせた。
「わかるよ。でも、僕に気を使ってくれてるんだね。」
「レイニーにはレテシアさんに会って欲しいから。」
岩山の下の方は暗くなりつつあるが、二人を赤い日差しが照らしていた。
レインとジリアンは職業訓練という手続きをすると、学校を休学する形をとる。
休学といっても、復学するときに試験を受けてパスすれば、ちゃんと進級できる。
レインはコリンに別れを告げた。ドックにもどってきても、お互い中等科を卒業する時期になるからだ。
コリンは中等科を卒業したら、家業のパン屋を継ぐために働く。
町にいれば会えないということではない。
ふたりはまた、再会する約束をした。
ジリアンはプラーナとはもう別れの挨拶は済ませていたので、手紙をやりとりをする約束をした。
ジリアンはプラーナが私立学園の寮に入るので寮あてに手紙を出し、プラーナはドック宛に出してジゼルが通信で手紙を読み上げてくれる段取りになっていた。
ジリアンは自分の素性をプラーナには言わなかった。手紙でも書くつもりはなかった。
プラーナに辛い事を打ち明けるわけにいかないと思っていたからだ。
そして、ジリアンは密かに思っていた。プラーナとは二度と会わないつもりだと。
ロブ、カスター、ディゴ、レイン、ジリアンの5人は、グリーンオイル財団研究所からの迎えが来て、ドックを旅立った。
5人は、医療学園都市に着き、財団から用意されたホテルに入った。
カテリーナ病院に行く前に、ロブとディゴの部屋にクレアたちが尋ねてきた。
「お疲れさん。無事にこちらに到着したみたいで。」
「もちろん、無事にここまで来れるでしょう。」
「コーディすまないけど、隣の部屋へいって、3人を呼んできてくれないか。」
「はい。」
クレアと一緒に男性二人がいた。
ひとりは中年の中肉中背で特徴も特になく、もうひとりは上着のパーカーのフードを目深にかぶっていて表情がわからず痩身な感じだった。
3人がコーディに連れられて部屋に入ってきた。
「クレアさん、久しぶりです。」
「クレアさん、こんにちわ。」
「元気そうだな、ふたりとも。」
「ぼくも元気ですよ、クレアさん。」
「ブサイクはどうでも良いよ。」
「え、そ、そんな。」
クレアはかしこまって言った。
「これで全員だな。これがスカイエンジェルフィッシュ号のクルー9人だ。」
全員のひとりは除いて、引き締まった状態になっていた。
「紹介するよ。まず、リーダーのロブ、技師のディゴ、通信士のカスター、レインとジリアン。」
クレアはそれぞれ、指を指しながら、男性二人に紹介した。それぞれが頭を下げたりして挨拶をした。
「そして、こっちは、財団研究所から引き抜いたエンジン技師のジョナサンと、アルバートだ。」
ジョナサンは頭を下げたが、アルバートは何もしなった。
「アル!フードをとりなさい。」
アルバートはクレアに怒鳴られて、渋々、フードをとった。
アルバートは青白いが目鼻立ちの整った美形で、年のころは18歳だった。
ロブは怪訝な顔をしていた。
「最初に言っておく。アルバートは保護観察の身で、設計主任のバトラーさんが保護観察官で、面倒を見て欲しいと頼まれてね。」
ロブやディゴたちは、唖然としていた。
クレアはその反応が最初からわかっていたとばかりににやけた。
「黒衣の民族の混血児だ。」
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