第十章 始動 2
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の実父)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ラゴネ=コンチネータ(レインたちの叔父。グリーンオイル生産責任者・愛称じいさま)
ディゴ (スタンドフィールド・ドックのクルーで板金工)
クレア=ポーター(ダンの養女。医者)
レテシア=ハートランド(元ホーネットクルー。グリーンエメラルダ号のクルー。レインの実母)
コーディ=ヴェッキア(スカイエンジェルフィッシュのクルー。前グリーンオイル財団理事長ダグラス=Jr=デミストの介護士)
セシリア=デミスト(現グリーンオイル財団理事長の妻。ジリアンの実母。)
医療学園都市はクレアにとって、良い思い出のない場所だった。
クレアは15歳から20歳まで、医療技術を身につけるべく、テレンス夫妻のところで下宿をしながら、医療学校に通学していた。
クレアの養父ダン・ポーターと医療学校で同級生だったという医師ニコラ=ランバートに目をかけてもらい、クレアはトラブルを起しながらも医療学校を卒業した。
ニコラが院長をしている病院がカテリーナ病院だ。
その病院に、クレアとコーディとクルーに加えられた男性一人が世話になっていた。
夕方、クレアにロブから電話が入った。
「電話するように言われたので。」
「ああ、悪いな。日程にあるグリーンオイル財団研究所へ行く前に、医療学園都市に来てもらえないかと思ってね。」
「どういうことですか。」
「ジリアン、レイン、ロブ、三人の血液検査をしたいんだ。」
「血液検査って・・・。」
「コーディに頼んで、セシルの髪の毛を採取したんだ。薬物の反応が出たよ。」
「薬物?!」
「精神が安定できないみたいだ。コーディが直感的にそれらしいこと言うから、ためしに髪の毛を採取したんだ。」
「それは相手の許可をとってないことですよね。」
「もちろんさ。」
ロブは受話器を持ちながら、片手で頭を抱えた。
「セシルは乱交の噂があるんだよ。」
「乱交?!」
「ああ、夫の財団理事長との仲が冷えているという話がある。
セシルを診療所で薬を抜くのに預かったときは、あたしの目をはばからず、ダンに色仕掛けで迫っていたからね。」
セシリアから迫られる話はロブにも覚えがあった。
「薬がないと乱交してしまうんですか・・・・ってジリアンがフレッドの子じゃないって考えてるんじゃないでしょうね。」
「まぁ、まちがいなくフレッドの子だろうけど、念のために調べておきたいんだ。」
「・・・保険ってやつもあるでしょう。」
「そうだな。」
ロブはためいきをついた。
「わかりました。」
「財団からお迎えが来ることになっているのだが、設計主任に頼んで、身体検査をしたいから、クルーを医療学園都市に運んで欲しいといってある。」
「そういうことですか。準備を早めないといけないということですね。」
「エアジェットはもう乗りこなしているのだろう。カスターから聞いたよ。」
「ええ、ジリアンの操縦で完璧にいけますよ。」
「それから、誰がパジェロブルーの名づけたのがあたしだって言ったんだよ。」
「え、俺ですが。クレアさんじゃないんですか。」
「あたしじゃないね。」
「カスターから聞いたんですか。」
「他に誰から聞くんだよ。」
「そ、そうですね。」
このとき、ようやく、ロブは自分の思い込みに気がついて、恥ずかしくなった。
「そういう思い込み、昔から変わらないな。」
「・・・・・・・・。」
「レテシアがらみだろ。」
「!?」
真意をつかれて、ロブは何もいえなかった。
何も言ってこない様子に図星だとクレアは感じた。
「わかりやすい男だな、ほんと。」
「す、すみません。」
「それより、レテシアの話をちゃんとしたんだろうね。」
「ああ、しましたよ。レインはレテシアに会いたがってます。」
「そ、そうか。」
「グリーンエメラルダ号が、スカイエンジェルフィッシュの出発式に現れることってないですよね。」
「あれは軍の関係だろ。こっちはグリーンオイル財団の関係だからな。」
ロブは間をおいた。
「招待状を送ることってできないですかね。」
「レテシアにか?」
「ええ。俺からとはちょっとまずいかと思うんですけど。」
「弱気だな。」
「あれから9年になりますからね。」
「いいよ、あたしから、招待状を出しておくよ。」
「ホントですか!」
(えらく力はいっているじゃないか)
クレアはそう思うと、ロブもまんざらじゃないなと思った。
「ああ、ハートランド艦長にそれとなく追って書きしておくよ。」
「ありがとうございます。」
「これは極秘だけど。」
「え、何ですか。」
「出発式には、お忍びで皇帝が来るらしい。」
「え?!どうして。」
「何でも、スカイロード上官育成学校の学生が財団研究所に外部訓練で駐屯するらしくて、出発式を派手に送り出すためらしい。
その学生のなかに皇女殿下がいてるからということだとさ。」
「はぁ~。お忍びですか。」
「公ではないが、お前のことが気になって会いに来るとも思えるが。」
「何ですか、それ。」
「あたしは知っているよ。」
「セシリアのことで、謁見していますが、レテシアのことでは関係ないですよ、俺は。」
「そうかな。」
「だいたい・・・・・、レインのことは皇帝に話が通っているわけじゃないでしょ。」
「ああ、そうだな。どうして?」
「いや、・・・セシリアのことで・・・謁見したときに・・・レインに会ってみたいといわれたから・・・。」
「歯切れ悪いな。皇帝はレテシアがらみだろう。」
「・・・・・」
「気にしても仕方がないが、こころの準備はしたほうがいいだろうと思ってさ。」
「こころの準備ですか。レテシアのことはセシリアのときに、酷く嫌味を言われましたから。」
「どんなことを言われたんだよ。」
「いまさら、言っても・・・。」
「ああ、わかった。こっちに着たときに聞くよ。」
「え?!」
「じゃ、電話切るよ。」
「あ、あの・・・。あれ。切れたか。」
ロブは大きなため息をついた。
(俺、なに言ってるんだか。)
レテシアに対して未練があるとか、まだ、ロブには意識できていなかった。
天気は晴れ。太陽が岩山を照らし、すがすがしい空気が漂って、朝を迎える。
パジェロブルーの点検をジリアンとカスターがしていると、興奮気味のレインがヘルメットをかぶってやってきた。
「いよいよだよ。」
「楽しそうだね。レイニー。」
「もちろんだよ、キャス。待ちに待ったパジェロブルーの搭乗だよ。」
「シートにさえ座らせてもらえなかったもんね。レイニーなら大丈夫だよ思うよ、僕。」
「いくら、この機体の操縦席が足元が透けている仕様になっていようとも、僕は高所恐怖症じゃないんだから。」
「パジェロブルーの操縦の仕方くらいは、ふたりでいつも話していただろう。」
「うん。でも、実際乗ってみないとわからないでしょ。」
「兄さんはいじわるだからな。どんなことでレイニーを恐怖させるんだか。」
「ばればれだな。ディゴが知っている感じだったよ。」
「じいさまに聞いても教えてくれないんだよ!」
「レテシアさんはスクリュー飛行が得意だったけど、ロブは苦手だったみたいだよ。」
「スクリュー飛行って、その原理がわかりにくいよ。そんなことできるんかな。」
「できるんじゃないのかな。僕は見たことないけどさ。軍にいたパイロットでスカイロード上官育成学校の卒業生だった人が知り合いでいてそのことは知っていると言ってたよ。」
「本当なんだね。」
「背面飛行していたのは覚えているんだけどな。」
「それもすごすぎ。」
「何を話しているんだ。」
後ろにロブが立っていることに気がつかなかったレインは勢い良く後ろを振り返り、ヘルメットがロブの鼻に当たりそうになったが、ロブは避けた。
「危ないな。」
「あ、ごめんなさい。びっくりしたんだから。」
「用意はできた。点検はまだか。」
「OK。僕のほうは大丈夫。ジルは?」
「僕のほうもOKだよ。」
レインはロブに促されて、後方のシートに乗り込んだ。
カスターはレインが座ったのを確認して、シートベルトを締めた。
そして、通信機の使い方を説明し、ジリアンは操縦桿の説明をした。
ロブが前方のシートに乗り込むと、コックピットのドアが閉められた。
パジェロブルーはデッキから勢い良く飛び出し、岩山を旋回した。
ジリアンとカスターが展望台にあがっていくと、そこにはディゴがいた。
「やぁ、ディゴ。見物かい。」
「ああ、ロブがレインを脅かすと言ってたからな。」
「ディゴは、兄さんが何をするのかわかっているんでしょ。」
「ああ、おそらく、ツバメ返しだろう。」
「ツバメ返し?!」
「地面か岩山にぶつかる前に、切り替えして旋回するんだ。」
ジリアンとカスターはお互いを見た。そして、窓のほうへ身を乗り出すように外をみた。
ロブは操縦桿を握っていて、準備運動なみに、岩山を旋回していた。
レインは、こころが踊るように感動していた。
足元をみれば下がまるみえで、上空もガラスで出来ているので、鳥とおなじような感覚でいられることに興奮しっぱなしだった。
「どうだぁ、レイニー。気分は最高か。」
展望台からカスターの通信が入ってきた。
「最高だよ。鳥になった感じだ。」
ロブは不適な笑みを浮かべていた。
旋回をやめて、上空めがけて、ジェットエンジンをふかし、高度を上げた。
レインは急な上空飛行に操縦桿を握り締めて体制を整えた。
太陽がまだ、上空に上がりきっていないとき、下にみえそうなほど、上空にパジェロブルーはいた。
そこから、ロブは降下する。
「レイン、急降下するぞ。」
「あ、はい。」
レインはこころがまえをしていた。
急降下は、加速していく。風を切るというよりは、切り裂くように落ちていく。
自分の体を安定できないままに、体が浮いてしまう感覚に襲われた。
(こんなことくらいで)
急降下はジリアンを載せたときにもやっていた。ジリアンは少々怖がってみせたものの、パニックにはなっていなかった。
レインは体を鍛えていたこともあって、筋肉が緊張することなく、体を支えていた。
ロブは、岩山あたりまで降下した程度で、切り替えした。
レインは、これぐらいなんともないと言った具合でだった。
そのとき、ぐらりと機体は傾き、岩山にぶつかりそうになった。
レインは恐怖した。
しかし、機体は傾いたまま、飛行した。岩山に沿うようにして。
ロブはレインがパニックになっていないか、確かめようと後ろを振り返ると、レインは青い顔になった。
(どうして振り向くんだよ、前を見てよ)
その様子をちらりとみて、前に向きなおし、微笑んだ。いや、笑いをこらえた。
傾いたまま、飛行し、岩山をぐるりとすると、展望台に操縦席がみえるような位置にきた。
「わお。」
ジリアンとカスターは感激していた。
レインはその様子が理解できていなかった。
ロブは操縦席から上を見上げて、展望台の方をみた。
(ディゴがいるな。珍しいな)
ディゴは腕組をして立っていた。
パジェロブルーは傾きを水平にもどして、高度を下げ、岩山から離れていった。
展望台から豆粒くらいに距離が離れたところから、パジェロブルーはジェットエンジンをふかして、勢い良く岩山に向かっていく。
その様子に、レインは度肝を抜かれていて、パニック寸前だった。
(ま、まさか!?)
ロケットエンジンをふかしているので、機体はかなり揺れている。
レインの体も揺れているし、こころも動揺していた。
パジェロブルーは展望台めがけて突っ込みそうになっていた。
「うわぁ!!うそだろう。やめてよ!」
ロブは高笑いをしながら、操縦桿を動かした。
パジェロブルーは展望台直前で切り返し、上空にむかって行った。
展望台では、カスターが度肝を抜かれて尻餅をついていた。
ジリアンは目を輝かせていたが、そのうち、ため息をついた。
「雨が降るかな。」
「レイニーが泣くのかよ。」
「泣かないだろ。」
ディゴは腕組みしながら、展望台から出て行った。
パジェロブルーがデッキに着岸すると、操縦席からロブは笑いながら降りてきた。
レインはそのままで動こうとしなかった。
レインの様子をみて、笑うのをやめたロブだったが、カスターが現れたのをみると、肩をぽんとたたいて、その場を去った。
カスターはレインの座席のほうを覗き込んだ。
「大丈夫か、レイニー」
レイニーは無言だった。
カスターは仕方なく、レイニーのシートベルトをはずしてやった。
右手を差し出して、シートから下ろしてやると、レイニーはヘルメットをぬいで、それを床にたたきつけた。
カスターは驚いた。
(やりすぎじゃないか、ロブ)
BGM:「転がる岩 君に朝が降る」ASIAN KUNG-FU GENERATION