第九章 絆 4
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ラゴネ=コンチネータ(レインたちの叔父。グリーンオイル生産責任者・愛称じいさま)
ディゴ (スタンドフィールド・ドックのクルーで板金工)
ジゼル(スタンドフィールド・ドックのクルーで食堂担当。ディゴの妻)
コリン=ボイド(レインのクラスメイト)
ジョイス=ボイド(コリンの父親)
レテシア=ハートランド(元ホーネットクルー。グリーンエメラルダ号のクルー)
レインがドックにもどらなくなって、1週間がたった。
その間には、ロブがボイド家に電話で「面倒をかけて申し訳ない」と連絡していた。
レインはコリンの家で、居づらいながらも、コリンの嬉しそうな様子になかなかドックにもどると言い出せなくなっていた。
その様子を察していたコリンの両親は戻れるようにと促してはコリンに邪魔されていた。
コリンが母親からパンの発酵具合について食い入るように説明を聞いているときに、コリンの父ジョイスはレインをつれて勝手口に向かった。
二人に聞こえないようにジョイスはレインに話した。
「レイニー、コリンは君に私たちの子供ではないということ話したらしいね。」
「あ、はい。でも、誰にも言いません。」
「君を疑っているわけではないんだよ。クレアさんはこのことを知ってるんだ。」
「え、クレアさんが?」
「ああ、ダン=ポーター先生はわたしの古い知り合いでね。クレアさんもコリンのことを知っているんだ。」
レインはダンが殺されたことを思い起こして、寒気がした。
「君になにかあった場合、もうしわけないからね。クレアさんにコリンが私たちの子供でないということを知っていると話していてほしいんだ。
クレアさんなら、君のことをちゃんと守ってくれるだろうから。」
レインは眉をよせて怪訝そうな顔をした。周囲の大人は子ども扱いをしていている。自分の身は自分で守れると言いたかった。
「コリンは君が親友だから、知っていて欲しかったと言っていたが、中身はそう簡単な話ではなく複雑なんだ。
君に迷惑がかかっては、ポーター先生に申し訳ない。君の事をポーター先生は将来が楽しみだと話してくれてたからね。」
「はい、わかりました。おじさんの言うとおりにします。」
「コリンは、わたしたちが全身全霊で守る。それは子供を育てる喜びを与えてくれた恩返しだ。
君にはまだ実感できないかもしれないけど、家族の大切さはわかっているだろう。」
「はい。」
「喧嘩したぐらいで大切なものを失うことなんて夢にもおもわないかもしれないけど、どんなことが起きるかわからない。
後悔しないうちに、仲直りするんだ。いいね。」
「は、はい。」
ジョイスは笑顔でそう話すと、レインの背中に手を回して、この場からいかせるように促した。
パジェロブルーを乗りこなそうと、ジリアンは必死だった。
自分の命が狙われているかもしれないというのは、自分の身は自分で守ることができれば、何も恐れる必要がないという考えに達していた。
ロブやレインの足手まといになりたくないその思いは、やらなくてはいけないことを嫌々やっていたジリアンにとって、心機一転の機会になった。
ロブと同乗しても、一人で操縦桿を操作できるようになったジリアンは、夢中になりすぎて、天候を確認できていなかった。
「ジリアン、雲行きが怪しくなった。今日はここまでにしよう。」
「了解です。」
ジリアンはドック周辺を旋回して高度を下げ、ドックに着岸準備を始めた。
パジェロブルーが着岸準備を始めたので、カスターは展望台から、第二デッキに向かった。
ロブがパジェロブルーから出てくると、カスターは透かさず、言った。
「雨が降りそうだね。レイニーが寂しがってるんじゃないのかな。」
ロブは眉間にしわを寄せて、ロブをにらんだ。
「そんな怖い顔しないでよ。迎えにいかないのは、帰ってくるのを待っているのかい。」
「どっちも意地っ張りだから、レイニーがもどってこれないんじゃないの。」
ジリアンはヘルメットをはずしながら、ロブの前を横切って言った。
「オレのことを意地っ張りって言ったか、ジリアン。」
「そうだよ。レイニーも意地っ張りじゃないか。そっくりじゃないか。親子でしょ。」
「おいおい、ジル。ロブに喧嘩を売る気か。」
「生意気な口を言葉にするのは誰に似たとか言わないでよね。」
ロブは遇の根も言えなかった。
カスターは呆れていた。
「やれやれ。これは兄弟喧嘩大歓迎状態だな。」
ジリアンは振り返りもせず、そのまま、第二デッキを去った。
「どうするんだよ、ロブ。」
「迎えに行って戻ってくるとも思えないし。」
「僕は迎えにいかないからね。余計怒らせるだけだろ。」
「そうだな。」
ロブは途方に暮れていた。
「レイニーは、レテシアさんに会いたいって思っているんだろうか。」
「いきなり、なんだ。」
「どうなんだよ、ロブ。あわせてあげる事って出来ないのかよ。」
「会いたいっていうのに、会わせないつもりはないさ。」
「レテシアさんの写真をレインは・・・。」
「わかった。迎えに行く。それ以上言わないでくれ。」
「ロブ。」
「なんだよ。」
「レテシアさんにレインを合わせたくないとかじゃなくて、ロブがレテシアさんに会いたくないからだろ。」
「言うなって。キャス。休憩したら、迎えに行く。」
「シャワー浴びないのか。」
「どうせ、雨で濡れる。」
「雨は降りそうだけど、振らないかもしれない。」
「そのときは、川で水浴びでもするさ。」
「意地っ張りだな。こんな寒い季節に川で水浴びかよ。」
ロブはカスターに拳を振り目の前で止めた。
「おやおや。失いたくない気持ちはわかないわけじゃないが、子供っていうのは巣立っていくものだろう。」
ロブは何も言わずに第二デッキを出て行った。
カスターはパジェロブルーの点検し始めた。
レインとコリンは昼間に店番をしていた。
コリンの両親は朝からパン作りで働いているので昼食後は昼寝をする。
昼からは客があまり来ないが、コリンが学校へ行かない日は店じまいをせずに開けていることにしていた。
「こんにちわ、コリン。おやつを買いに来たわ。シュークリームはあるかしら。」
「ええ、ありますよ。」
「外は今にも雨が降りそうよ。今日は豪雨になるかもしれないって予報では言ってたわね。」
「じゃ、おばさんを最後に今日は店じまいするよ。」
「そうね、お客さんも来ないかもしれないわね。孫たちのおやつを買い忘れるところだったの。いつもありがとね。」
「いえいえ、こちらこそ。ありがとうございます。」
コリンは客を店の入り口で見送ると店じまいの準備をしようとした。
そこへ、エアバイクが店の前にとまった。エアバイクはロブで店の中に入ろうとした。
「こんにちわ。ロブさん。」
「こんにちわ。レインが世話になってすまない、コリン。レインはいるかな。」
コリンは一瞬嫌な顔をして、にこやかな顔にもどり、後ろを振り返った。
ちょうどレインは店の奥から出てきたところだった。
「レイニー、お兄さんが来られたよ。」
レインはロブの姿をみて、一瞬怪訝そうな顔をした。
「レイン、話があるんだ。外で話さないか。」
レインはジョイスの言われたことを思い返して、素直に応じた。
レインがコリンの前を通り過ぎようとした。
「レイニー。」
「コリン。ごめん。」
レインは店を出て、扉をわざと閉めた。
ロブはエアバイクのところに来ると、振り返った。
レインはロブの前に立った。
「レイン、この前、フレッドの部屋で俺が探していたのは、マーサの写真なんだ。」
「母さんの?」
「何故かというと・・・。マーサには父さんと再婚する前に、子供がいたんだ。
事情があって手放したんだが、その子供にマーサが危篤になったときに連絡したんだが、ついに来なかった。」
ロブは空を見上げて雨が降らないかと思いながら話をした。
「フレッドはマーサが亡くなった時に、マーサの子供が尋ねてきたら、その写真をあげようと話をしていたんだ。」
レインは誰がマーサの子供なのか理解した。
「ま、まさか、キャスが?」
「キャスがマーサの子供だった。キャスにフレッドの思いを伝えて、写真を渡した。キャスは母親の面影すら覚えていなかったんだ。」
そして、ロブはフレッドの部屋で出てきたレテシアの写真をレインに差し出した。
「フレッドはこの写真をお前に渡したかったに違いない。ただ、あの時は動揺してしまって、俺は自分のポケットにしまいこんでしまった。」
レインはうつむいて写真をみていた。雨は降り出した。
レテシアの写真に雨粒とも、レインの涙とも、判断付かないものが落ちてきた。
「この写真を受け取ってくれ。フレッドの遺品だと思って。」
レインは写真の端を握り締めた。
「この写真の・・・・ママはいくつなの?」
震えながら声を搾り出すようにレインは言った。
「15歳くらいだと思う。スカイロード上官育成学校へ入学する前のレテシアだ。
しばらくは会えないかもしれないと、ドックにタイミングよくいてたカメラマンにフレッドがお願いして内緒でとってもらったものなんだ。」
レインは不思議な顔でロブを見ていた。その目には涙がこぼれていた。
「ママに会いたい!」
力いっぱいレインは叫んだ。
ロブは泣きたい気持ちを振りはらって、レインを抱きしめた。
「すまない。」
「ママには会えないの?」
「努力はする。自分の子供に会いたくない母親はいないだろう。ただ・・・・」
「ただ?」
「レテシアは知っているんだ。お前が忘れてしまっていたことを。」
「そうなんだ。」
「人づてに伝わってしまっている。ほんとうに目の前でそんなつらい思いはさせたくなかったから、いつかは本当のことを話さなければいけないと思っていたんだ。」
「もう、いいよ。」
ロブはレインを引き離した。
「僕は、兄さんとは違うはず。家族を失ったりしない。
僕はスタンドフィールドの人間なんだ。それ以外の何者でもないんだ、きっと。」
「レイン。」
「ジリアンだってそうさ。誰かの血が流れていても。僕たちはスタンドフィールドドックで育ったんだ。
いまさら、それ以外の人間なんてなれないよ。たとえ、ドックがなくなったとしても。」
雨は次第に強く振り、二人の頭上に容赦なく降り続いた。
「じいさまが、言ってた。アレックスがなぜ、女帝と結ばれなかったのかって、それは自分が築き上げたスタンドフィールドを手放すことになるからだって。
僕はドックを去ることも考えていたけど、それはしていけないことだと思った。」
二人はずぶぬれになりながら、涙を流しながらも笑顔になった。
「じいさまがアレックスの話をいつもしていたのか、わかったよ。アレックスの想いを胸刻みつけるためだね。」
「ああ、そうだ。俺たちだけじゃない、ドックにいている連中みんなだ。俺たちはアレックスの子孫だ、家族なんだ。」
ロブはレインの後ろのほうへ指を刺した。
レインが振り返ると、コリンが傘をもって、店からでてきた。
雨が上がって、夕日が沈むころ、レインとロブはドックに戻ってきた。
ジリアンやカスター、そのほかドックの人たちが、二人の姿をみて、安堵した。
食事を済ませると、ロブはディゴにクレアの仕事について話をした。
「ジゼルが何を言ったかしらないが、俺はおまえがついてきて欲しいといえば、着いていく。お前と違って、俺は命を粗末にしたりしない。」
「ああ、そういうと思ったよ。」
ロブは苦悩していたことからの開放された感覚で胸をなでおろしたが、その一方でディゴに言いたいことを言われてふてくされる思いがした。
「俺は、レイニーやジルの面倒を頼まれたわけじゃない。お前の面倒を頼まれた。
命を粗末にするようなことはできたら、させたくない。そう言っても、お前は気にも留めないだろうがな。」
「そうでもないよ、ディゴ。」
ロブは目を閉じて、微笑んだ。
「レインやジリアンが、俺を乗り越えていく姿をみるまでは命を粗末にするつもりはないさ。
そして、あいつらのために、命を燃やし尽くす。それが俺の責任というか罪科なんだろう。」
「そうだな。スタンドフィールドの人間がどんな人間か、命を張ってあいつらに教えてやればいい。」
ロブは拳をつくって、ディゴの胸にパンチを打ち込むしぐさをした。
レインがシャワーを浴び終えて、シャワールームから出てくると、ジリアンが立っていた。
「兄さんのことを許せるようになったの?」
「うん。兄さんのように、大切な家族を失うわけにはいかないなって思った。」
「そうだね。」
「僕たち、今までどおり兄弟だよ。たとえ、離れ離れになっても。」
「離れ離れになっちゃうの?」
「どんなことが起きるか予想もつかないからさ。」
「それは僕が狙われるかもしれないってことなの?」
「ううん。ドックを出るって言うことは、知らない世界へ飛び出すってことだよ。
知らない人たちに出会うし、騙されちゃうかもしれないし、道に迷っちゃうかもしれない。
離れ離れになったとしても、どこにいてようとも、兄弟には変わりがない。それが言いたいだけ。」
「うん、わかったよ。」
「ちょっと見ない間に背が伸びたかな、ジル。」
「そうかな。あ、でも、一人でパジェロブルーに乗れそうだよ。もうすこしでなれる。」
「そうかぁ、いいなぁ。僕もがんばって操縦桿が握りれるようになりたい。」
シャワールームで、レインとジリアンはふざけあって、笑い声が響いた。
展望台には、カスターが星を見ながら、酒を飲んでいた。
そこへロブがやってきて、カスターの酒を瓶ごと呑みだした。
「ディゴと話がついたよ。」
「そうなんだ。」
「気のない言葉だな。」
「ああ、ごめん。ジゼルが強がっているように思ってね。」
「ディゴと結婚したんだ、覚悟は出来ているだろうがな。」
ロブが酒の瓶をテーブルに置くと、カスターはそれを取り上げると抱きかかえた。
「そうだ。クレアさんから、連絡があったんだよ。」
「何を言ってきたんだ?」
「クルーに男性二人を確保したと。」
「はぁ~、そうか。これで9人になったか。」
「えっとぉ、クレアさん、コーディ、ロブ、僕、レイニーとジル、ディゴに、男性二人。っと、9人だね。」
「だいたい十人って言ってたからな。ドックから、人を出すことはできない。じいさまだけでがんばってもらうしかないか。」
「雨降って地固まるだな。」
「なにが?」
「僕たち、クルーのことさ。」
「そうだな。」
ロブは微笑んで、開放感を味わってた。
BGM:「Last Love Letter 」チャットモンチー