第八章 パジェロブルー 4
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ラゴネ=コンチネータ(レインたちの叔父。グリーンオイル生産責任者)
ディゴ (スタンドフィールド・ドックのクルーで板金工)
レティシア=ハートランド(元ホーネットクルー。グリーンエメラルダ号のクルー)
セシリア=デミスト(グリーンオイル財団理事長の妻。愛称セシル)
パジェロブルーは岩山を旋回する。
レインは、目で追っていたパジェロブルーの姿が見えなくなると、デッキの奥へ走り出した。
カスターもレインの後を追った。
二人は電動昇降棒に手をかけ上に向かった。展望台に行くと、左端の扉を開けて上に登っていった。
レインが岩山の天辺にたどりつくと、カスターは階段越しでパジェロブルーを目で追いかけた。
パジェロブルーは後方のロブが操縦していた。ロブの指示を通りジリアンは操縦桿を握っていた。
エアジェットの操縦方法は実地訓練として、空を飛びながら、体で覚えていくしかなかった。
ジリアンは景色を見る余裕がない。しかし、冷静に操作をこなし、体が覚えていく感覚を感じていた。
ロブはジリアンの緊張をすこし緩ませてあげようと、操縦桿から手を離すように言った。
「ジリアン、体が覚えてきたら、周囲の様子を良くみて観察できるようにするんだ。
地上でこなしてきた天気図を頭の中に描きながら、飛行するんだ。」
「了解です。」
ロブは岩山の天辺にレインとカスターがいてることに気がついていたが、ジリアンは気がついていなかった。
岩山を半周すると、旋回せずに機体の先をあげ、高度を上げていった。
急に方向を変えたので、ジリアンは少々驚いたが、岩山に向かっていく様子に、何をしようとしているかが理解できた。
パジェロブルーは、岩山をなめるように垂直に上がっていくと、天辺を通り過ぎた。
その時、ロブは、ジリアンに言った。
「ジリアン、足元を見ろよ。」
ロブに言われて、足元をみたジリアンは、階段にへばりつくカスターの姿と目を輝かせてこちらをみているレインが見えた。
パジェロブルーはロケットのように高く空へと突き進んでいく。そしてエンジンがいったん止まり、急降下していった。
岩山にぶつからない程度に高度が下がると、ロブは操縦桿を思いっきり引いて、方向転換した。
ジリアンは一瞬恐怖したが、ロブの腕前を信じていたので、降下していく感覚を体で覚えようとした。
パジェロブルーは岩山の天辺の高度で旋回をして、また、レインたちの上に飛行ていった。
その際、ジリアンは、下をみて、レインたちに手を振った。
レインやカスターもジリアンが手を振った様子が見えた。
レインは手を振り返そうとした、その瞬間、パジェロブルーの翼に太陽の光が反射して、レインの目に光が差しこんだ。
そして、レインは強烈な閃光が目に入るような感覚に襲われ、周りが真っ白になり、気を失ってカスターのほうへ倒れこんだ。
幼いレインはフレッドに肩車をしてもらって岩山の天辺にいた。
目で追いかけているのはブルーボードだった。
操縦しているのはレテシアで、ブルーボードの上にセーブローブをつけて乗っているのはロブだった。
ブルーボードは半周して岩山の上に直進してくる際、背面飛行をした。
ロブは怒鳴って怒っていたが、レテシアは笑いっぱなしだった。
逆さづりになったロブは、両手を広げていた。
レインの両足をフレッドが抱きかかえていて、興奮していたレインも両手を広げていた。
ロブがレインの手を触れるように、レテシアは背面飛行で、レインたちの頭上を飛行していった。
そのとき、レインは何か叫んだ。
レインの幼い手にロブの手が触れた。
ブルーボードが通り過ぎていった後も、レインは何か叫んだ。
レインが気を取り戻したら、カスターの腕に支えられていた。
レインの記憶の中で、幼かったあのころ、何かを叫んだのに、何を叫んだのか思い出せなかった。
「大丈夫か。レイン。」
「ああ、うん。ごめん。」
二人は岩山の階段にいた。
レインが倒れこんだときは、カスターもろとも、岩山をすべるようにして滑落するところだった。
カスターがなんとか階段にしがみついて、レインを抱きかかえていた。
「なんかさ、パジェロブルーの翼に太陽光が反射してまぶしくて、まわりが真っ白になっちゃった。」
レインは言い終わると、自分の口を両手で塞いだ。
「気分が悪いのか。」
無言でうなづくレインは、片手で階段の手すりを握り、自分で階段を降り始めた。
パジェロブルーが岩山の天辺で旋回している。
二人の様子がおかしいことに気が付いたらしい。
カスターはその様子が目にはいったので、レインが自分の腕から離れると、片手を大きく振って、無事であることを報せた。
レインは展望台にはいると、走り去り、洗面所に向かった。
カスターが展望台に入ると、レインの姿がなかったので、そこを出た。
レインは洗面所で胃液を吐いた。
頭の中がキンキンと痛む感じと胸焼けがした。
こんなに体調が悪くなるのなんて、レインは初めてだと思っていた。
しかし、これは幼いころ、何度も経験していて、レイン自身が忘れていたことだった。
レインは頭痛がしながらも、幼かったあのころ、何かを叫んだ、その何かを無意識に言葉にした。
「ママ、パパ・・・・・。」
そして、レインの頭の中で、誰がママで誰がパパなんだという問答がリフレインしていた。
「どうしたんだろうね。レイニーをキャスが抱きかかえているように見えたけど。」
「そうだな。キャスが手を振っていたら、大丈夫なんだと思う。
今日はこれまでにして、帰還する。」
「了解です。」
パジェロブルーは岩山から遠くはなれ、高度を下げて、ドックの第二デッキに帰還した。
第二デッキには、ディゴとラゴネがいた。
ラゴネのほうに、ジリアンが向かって行った。
ディゴがロブに声をかけた。
「早い帰還だな。」
「ああ、レインの様子がおかしかったんだが。」
「頂上でなにかあったのか。」
「よくわからない。二人はまだ、上かな。」
「だと思うが。」
ロブがジリアンの方に目をやると、ジリアンは興奮気味にラゴネに操縦桿を握った様子を話していた。
ロブが電動昇降棒に手をかけ、あがると展望台には誰もいなかった。
「レイン、キャス。どこだぁ。」
展望台の部屋を出て吹き抜けの廊下に出て、ロブが叫ぶと、キャスが返事をした。
「はいは~い。」
「キャス、レインは?」
「なんかよくわからないけど、パジェロブルーの翼で反射光が目に入って、気分が悪くなったって。」
「今は、どうしているんだ。」
「部屋で休むって言ってた。」
「大丈夫なのか。」
「う~ん。周りが真っ白になったといって、先ほど洗面所で胃液はいてたんだけど。」
「おい、それは大丈夫じゃないだろう。」
ロブがカスターの前を通り過ぎてレインの部屋にいこうとすると、カスターはロブを制止した。
「様子は変だった。けど、しばらく一人にしてほしいって言ってた。」
ロブは少し笑顔のカスターを見ていた。
(パジェロブルーに乗せてもらったことをごねてるわけじゃ無さそうだな。)
ロブは片手でカスターの肩をたたき、無言でその場を去った。
レインはベッドの上で毛布をかぶってうずくまっていた。
自分が無意識に口にした言葉をリフレインしていた。
その言葉を口にしていたことでさえ、恐怖を覚え、自分の身になにが起こったのかと不安に感じていた。
記憶の中にある人たち、レテシアとロブ、フレッド。
確かに「ママ、パパ」と口で言った感覚があった。
写真のレテシアそのままの姿でブルーボードを操縦していた。
目に焼きついていた。たしかに「ママ」と言ったと自分に言い、意識しようとした。
そして、もしかしたら、パパというのは、ロブかもしれないと思った。
しかし、フレッドの部屋にレテシアの写真があったということは、フレッドがパパということかもしれないとも思った。
レインに確信がなくて、ただただ不安に思うだけだった。
ゴメスとマーサが両親だという感じがしなかった。
自分の思い込みだけで、もしかしたら、セシリアが母親かもしれないとさえ思っていた。
写真をみたそのときまで、レテシアの顔は覚えていないと思っていた。
記憶を確認した時、たしかに、レインは自分で思った。
(僕は確かにレテシアさんを知っている。そして、ママと呼んでいた。)
今までなかった記憶がそこにあって、なぜいままで記憶がなかったのだろうと不安に思った。
レインはそれ以上自分の記憶の中から、答えを引き出そうとしても出てこない恐怖に怯え始めた。
カスターは第二デッキに行って第二デッキの上部から、パジェロブルーを眺めていた。
ジリアンが心配そうにカスターに声を掛けた。
「レイニーはどうしちゃったの?」
「パジェロブルーの翼で反射光が目に差し込んで、気分が悪くなっちゃったんだって。」
「ふぅん。レインらしくないね。雨は降ってきそうにないけど。」
ジリアンはデッキの向こう側に見える景色を見ていた。
「泣いてはないよ。一人にしてほしいとは言ってたけど、気分が悪くなるまで興奮しっぱなしだったんだから。」
「すねていたわけじゃないんだね。」
「ああ、そうだよ。」
「どうしちゃったのかなぁ。乗りたがってたのに。」
「そうだね。」
太陽が沈み始め、夕日をあびてスタンドフィールドドックは赤く染まり始めた。
パジェロブルーは光の輝きを失い、翼は赤と青の色が混合した紫色へと変化した。
BGM:「うしろまえ公園」空気公団