第八章 パジェロブルー 3
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ラゴネ=コンチネータ(レインたちの叔父。グリーンオイル生産責任者)
ディゴ (スタンドフィールド・ドックのクルーで板金工)
レティシア=ハートランド(元ホーネットクルー。グリーンエメラルダ号のクルー)
ゴメス=スタンドフィールド(ロブの父)
エアジェット・パジェロブルーの組み立てが完成した。
第二デッキに着岸状態になっていたが、透明な機体にパールのような輝きのスカイブルーの翼がのびていて、ドックの岩で休憩をしている昆虫のようにみえた。
完成品を前に、ドックのクルーたちが集まって、眺めていた。
誰がこの期待を試乗するのか、クルーたちはやきもきしていたが、ディゴが口火を切った。
「エアジェットを運転できる人間がロブ以外特にいないだろう。」
ジリアンが練習しているとはいえ、ろくに乗っていないというのが実情だった。
「ロブ、試運転してみろよ。」
グリーンオイルを機体に注入したばかりで、油まみれの作業着に汗をかいていたロブは手を振って言った。
「いまからすぐっていうのは、勘弁してくれよ。シャワー浴びて用意する。」
ロブはそういうと、後ろにむき、手を振りながら、去っていった。
レインは完成品のパジェロブルーの翼に手でなでながら、自分が乗って飛行する姿を妄想していた。
ジリアンは操縦席を覗き込んで、計器類を確認していた。
そこへ、カスターが来て、ジリアンに向かって、通信機の位置などを教えた。
その二人の姿をラゴネは見ていた。
「対照的だな」
その言葉に、ディゴは反応した。
「おなじように成長するとは限らないでしょ、じいさま。」
「ま、たしかにな。いつかのフレッドとロブをみているようだよ。」
「そうですね。」
シャワーを浴びながら、ロブは考えていた。
(ジリアンの航空士としての成長が著しい。レインはまだまだ、機械にうとい。
護身術を身につけさせただけ、成果はあったと思うが。)
ジリアンには才能があったということだろう。
レインはただ単に、体を動かすことができるものには素直に反応するが、頭で考えることにはまだ、素直に行動できない。
護身術は無意識的に動作できるように、練習を重ねて、体で覚えさせた。
ジリアンも、護身術とまではいかないにして、体を鍛えるトレーニングを積んで、背が急激に伸びてきた。
体が出来上がれば、飛行の際の耐性が可能になってくる。
ロブは、自分の顔を鏡で見てみた。
レインの今は、レテシアに似ている。そのうち、ロブに似てくるのだろうか。
性格もレテシアに似ているとこはあるものの、自分の好きなことに夢中になる性格はレテシアにもロブにもあった。
ロブのこころのなかで揺れているのは、レインに明かすことで、いままでのように接することが出来なくなること。
自分の不甲斐なさに、強気で接することができなくなるのではと思い込んでしまっていた。
ゴメスを父親として尊敬したいた自分を思い起こし、兄としてレインたちに尊敬されているかどうかと問いかけていた。
冷たいシャワーを顔に浴びて、自分自身を奮い立たせようとした。
(悩んで迷っていても仕方ない。誰にでもある通らなければいけない大事なものを確かめる機会なんだ。
儀式だと思えばいい。)
ロブは、シャワー室から出て、体を拭き、洗濯したての分厚いつなぎを着た。
鏡を再度みたとき、自分の顔をみて、鼻の上にある傷を指でなぞった。
それはクレアをスワン村に連れて行こうとしたときに、黒衣の民族の厳がつけた傷だった。
(生きているわけがないよな。一緒に谷底に落ちたんだ。)
一緒に谷底に落ちたものの、クレアもロブも命を永らえた。
黒衣の民族の厳と相棒も一緒に落ちたが、さらに谷底に落ちていく姿をふたりはみていたからだった。
ロブはシャワーを浴び終わって、飛行の準備をしてデッキに戻ってきた。
レインは目を輝かせて、ロブを見ていた。
パジェロブルーの操縦席は二人用だった。自分が乗せてもらえると思い込んでいた。
しかし、ロブはジリアンに声をかけた。
「ジリアン、ヘルメットを用意するんだ。」
「え、僕が?」
「そうだ。俺が後部席に乗る。ジリアンは前に乗るんだ。」
レインはがっかりした顔をした。
ロブはレインの顔を見ず、横をとおりすぎて、言った。
「試乗訓練だ。遊びじゃないんだ。」
ジリアンにも聞こえるように言った。
ロブは手にセーブローブを持っていた。
ディゴはその様子に突っ込んで聞いた。
「おい、アクロバット飛行するつもりか。」
「ジリアンの運転のできにもよるが。俺もひさしぶりだから、体慣らしをしてみたい。」
ロブはヘルメットをかぶらずに、後部座席に乗り込んだ。
ジリアンが準備をして、前に乗り込むのを見計らって、通信機が正常に動くか確認した。
「ジリアン、聞こえるか。」
「はい、聞こえるよ。」
「最初は、俺が操縦する。安定したら、切り替えるから、俺の支持に従うように。」
「了解です。」
ジリアンは緊張しながらも、不安はなかった。
ただ、レインが恨めしそうに見ている姿が気になって仕方がなかった。
機体が透明の防弾ガラスになっていて、座席があっても、下をみると宙に浮いているような感じになっている。
ジリアンは怖いなと思ったものの、高さには慣れていたので気にはならなかった。
ロブの後ろにはエンジンやタンクが付いてあるが、座席が高い位置についてるので、後方は振り向けば確認できた。
「準備はできたか、ジリアン。」
「はい。」
ロブは操縦席のドアを閉めると、エンジンにスイッチを入れるとターボファンが回った。
声を出し、順番に計器類を確認すると、ジリアンも同時に確認して返事をした。
カスターがパジェロブルーを離岸させるレバーを押す準備をしていたので、ロブは合図を送った。
カスターがレバーを下ろすと、デッキに取り付けられた機械がパジェロブルーを強く前に押し出した。
その勢いとともに、ジェットエンジンがうなって、機体は飛び出した。
ドックのクルーたちはその様子を見て、歓声をあげた。
レインは、デッキの先端まで走った。
パジェロブルーが飛行する様子を目に焼き付けようとしていた。
カスターはレインの後ろに立ち、両手を大きく広げて振った。
パジェロブルーはまっすぐに飛行すると左に旋回した。
ジリアンは操縦桿をにぎっているものの、動かしていない。
足元をみれば、森の真上のを飛んでいるのがわかる。
ドックのほうをみると、レインのそばにいてるカスターが手を振っているのが見えた。
幼いころは、ロブやフレッドに乗せてもらって、飛んだことはあった。
フレッドを失い、ロブがブルーボードを失ってからはテントウムシぐらいでしか飛んだことがなかった。
ジリアンは、自分が鳥になったような気持ちになった。
デッキで飛んでいる様子を見入っていたレインにディゴが近づいてきた。
「乗り心地はよさそうだな。」
レインはディゴの声がするほうに後ろを振り返った。
「ディゴ、兄さんがアクロバット飛行するってどういうことなの?」
「あ、そうか、お前たちは見たことがないんだな。機体から身を乗り出すことだよ。」
その様子をレインは想像した。
「え?どうして、そんなことする必要があるの?」
「ブルーボードは軽量型で操縦席らしきものがなかっただろ。」
「うん。」
「それはアクロバット飛行用に製作されたものだったからさ。
一人が操縦し、もうひとりが、機体から身を乗り出し、偵察したり、作業したりするのが目的だった。」
「だったって?」
「黒衣の民族が、アクロバット飛行で戦闘するようになったんだ。武器を持って、エアジェットよりデカイ空挺に接近して傷をつけたり、エンジンを壊したりして落とすんだ。」
「兄さんって、そんな危ないことをしていたんだ。そんなことしたら、命がいくつあっても足りないよ。」
カスターがレインの肩を抱いて、言った。
「そうやって、アレキサンダー号やクレアさんを守ってきたんだ。これからもそうなんだよ。」
レインたちはデッキから、パジェロブルーが青く晴れた空を悠々と旋回していく姿を眺めていた。
BGM:「サラウンド」クラムボン