第八章 パジェロブルー 2
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ディゴ (スタンドフィールド・ドックのクルーで板金工)
マーサ(ロブの父親ゴメス=スタンドフィールドの後妻。カスターの実母)
レティシア=ハートランド(元ホーネットクルー。グリーンエメラルダ号のクルー)
ロブは、フレッドの部屋で探しものをしていた。
レインはその部屋の前をとおり、ロブがいるのを見て、中に入ってきた。
「兄さん、何をしているの?」
ロブは、本棚の一番上にあるものに取り出そうと手をかけていたが、レインの声に驚いて、手を滑らせてしまい、本棚のものが崩れていった。
「あぁ。」
一番上にあった本が、足元に全部落ちてしまった。
と同時に、本がばらけてしまい、そのなかから、一枚写真がひらひらと舞って、レインの足元に落ちた。
「急に声をかけるなよ、レイン」
「ごめんなさい。」
レインは足元に落ちてきた写真を拾いあげた。
ロブはその様子が目に入っていなくて、自分の足元の本を拾い上げて、もとの位置に戻した。
レインはその写真に見入っていた。
写っているのは、ひとりの女性。栗色、ウェーブ、ロングな髪が腕にまとわりついて、首元にはスカイブルーのスカーフ、目は大きく色白で、微笑んでいる姿の女性。
(かわいらしい女性だな。)
ロブは、本棚にあったもののうち、ぺらぺらとめくって、一枚取り出した。
それは一人で写っている横顔のマーサの写真だった。
その写真をレインに見られないように、ジーンズのポケットにしまいこんだ。
そのとき、ロブはレインが写真を見ているのに気がついた。
その視線を感じたレインは、ロブにその写真を差し出した。
「フレッド兄さんの大事な写真なのかな。」
ロブがレインから受け取った写真を見たとき、ハッと驚いた。
写っていた女性の写真は、レテシア・ハートランドだった。
(完全に忘れてしまっているのか。)
「どうかな。」
「兄さんの知らない人なの?」
「いや、知っている人だよ。」
「かわいらしい人だね。フレッド兄さんの好きな女性なのかな。」
レインの言葉に、ロブは答えられなかった。
その様子に、レインは言ってはいけないことを口にしてしまったのだと思った。
「あ、生意気なこと言ってしまってごめんなさい。」
「いや、気にするな。」
そういって、ロブは、レテシアの写真を先ほどの写真と一緒に、ジーンズのポケットにしまいこんだ。
「レイン、お前は何しに来たんだ。」
「えっと、ディゴが、パジェロブルーの機体を確認してほしいって。」
「わかった。ここを片付けてから、すぐ行く。」
レインは罰が悪そうに、その部屋から出て行った。
ロブは、レインが部屋から出て行くのを確認してから、再度ポケットから、レテシアの写真を取り出した。
(今見ると、より一層、よく似ているじゃないか。)
レインはディゴたちの作業場にもどって、ロブの言葉を伝えた。
そこから、デッキに入り、昇降棒に手を掛け、上にのぼっていった。
展望台にあがると、カスターが通信機が動くかどうか調べていた。
「あのね、キャス。」
「なんだい、レイニー」
「僕、何か悪いことしちゃったみたい。」
レインの言葉にカスターは通信機を置いて、レインの方に体を向けた。
「何かあったのか。」
「うん。ディゴに言われて、兄さんを呼びに行ってたら、フレッド兄さんの部屋にいてて。」
「それで?」
「僕が声をかけたら、本棚のものが落ちちゃって。中から、写真が一枚出てきちゃったんだ。」
「ほう。」
「その写真には、かわいらしい女性がひとり写っていたんだけど、僕、『フレッド兄さんの好きな女性なのかな。』って言っちゃった。」
「女性の写真?」
「うん、よく考えたら、その女性って、僕の夢に出てきた女性の感じがしてきて・・・・。」
カスターは、ピンと来た。そして、そのロブとレインとのやり取りを想像した。
「レテシアさんの写真だったんじゃないかって、後で思ったんだ。兄さんが分かれた恋人の写真をフレッド兄さんが持ってるのって何か変だけど。」
「ロブは何か言ったか。」
「わからない振りされた。」
「そうか。」
「僕・・・・。」
「気にしなくていいと思うよ、レイニー。
ロブは、レイニーが知らないと思ったからわからない振りをしたんだと思う。」
「そうかな。」
カスターは言葉を口にしながらも、レインのことを不憫に思った。
(写真を見ても、母親だっていうことを思い出せないのか。)
「だったら、いいんだ。なんか、兄さんに悪いことしちゃったんだと思ったから、気にしないことにするよ。」
「ああ、それでいいよ。」
「でも、すごくかわいらしい女性だった。どこかで見たことあるなら、すぐにピンと来たんだけどな。わからなかった。」
「ロブにはもったいない女性だったのかもな。」
レインは苦笑いをして、その場から立ち去った。
カスターは、ロブのことを考えていた。
(酷い話なんだけど、ロブもロブで、つらいかもしれないな。)
操縦席と翼を取り付けられた機体は第二デッキにセッティングされた。
青い翼は微粒子のダイヤモンドのコーティングで光が当たると、パールのように輝きを放った。
その機体をデッキ上部から手すりに手を掛けてカスターは見ていた。
そこへロブがやってきた。
カスターのそばに来ると、ロブは一枚の写真を差し出した。
「なに?」
「マーサの写真。一枚も持っていないんじゃないかと思って。」
差し出された写真をみて、カスターは驚いた。そして、レインが話していたロブがフレッドの部屋で探しものをしていたことを思い出していた。
「どうして、こんな写真が。」
「マーサが危篤のとき家族に連絡したけど誰も来なくて、亡くなった後にもし息子があらわれたら、写真をわたしてあげようとフレッドが残したものなんだ。」
カスターは写真を手にとって、じっくりと見ていた。マーサは笑顔で幸せそうだった。
カスターは母親の顔を知らなかった。
「よく考えたら、キャスって、マーサに似てるよ。」
カスターは笑みを浮かべた。
「レインから聞いたんだけど、もうひとりの女性の写真がでてきたでしょ。」
ロブはしばらくだまっていたが、ポケットから、もう一枚だして、カスターに見せた。
「これだ。」
カスターは写真の女性の顔を見て、驚いた。
「うりふたつじゃないか。」
「そうだなぁ、今見たら、そっくりだな。レテシアは童顔だったし、あまり顔は変わらなかったしな。」
レテシアの写真をカスターは食い入るように見ていた。
「アイドルになってもおかしくないし、皇帝がご執心っていうのもわかる気がする。
こんなにかわいいのに、スクリュー飛行に背面飛行するなんて、ギャップがすごいな。」
ロブはその写真をひっこめて、ポケットにしまいこんだ。
「あ、もう、見せてくれないわけ。」
「そんなに眺めてみても、若いころの写真だし。」
「今じゃ、31歳。かわっちゃってるかな。」
「さぁな。」
「レテシアさんのハートを射止めたのなら、さぞ、鼻が高かっただろうな。」
「そうだな。連れ添ってあるけば、誰もが振り返ったな。」
ふと、カスターはレインのことが気になった。
「レインは、写真をみても思い出したりしなかったんだね。」
「ああ。すっかり忘れてしまっている。」
ロブは悲しげに頭をたれて、手すりに手を掛けてその手を見つめていた。
「こころが痛んだりしないのか。」
「いまさらだな。つらい思いをさせてしまうのはわかっていたことだ。」
「ロブもつらいとは思うが、打ち明けることは・・・・・。」
「あいつらの成長振りを確認してからと思ったが、ちかぢか、打ち明けることにする。」
思っても見ない返答にカスターは驚いた。
「打ち明けるつもりがなかったのだが、レインをドックから旅立たせるなら、レテシアのことは知っておく必要があると思ったからだ。」
「旅立たせる?」
「ああ、俺は、あの二人を、二人だけで、旅に出すつもりでいた。
ドックでは得られない、他の土地へ行き、見聞録してくることを望んでいたんだ。」
「可愛い子には旅をさせろか。」
「ふっ。そんないいもんじゃないが。俺自身が育てる自信をなくしたというのもある。」
「はぁ~ん。それはクレアさんがお見通しなんだ。」
「・・・・そうかもしれないな。だから、二人を搭乗させる意味があるのかもしれない。」
「クレアさんは何を考えて行動しているのかわからない人だけど、ついていくしかないのか、いやついていくことを信じていいのか。」
「信じていいが、命に保証はない。」
ロブはカスターの方を見て、真剣なまなざしを向けた。
「命を無駄にはしないように使ってくれるってことだろう、ロブ。」
カスターは笑みを浮かべて、ロブにこたえた。
「ああ。」
「レテシアさんのことを知っておく必要があるって、会うかもしれないってことかな。」
「そうだ。軍御用達のオイル輸送艦であるエメラルダグリーン号のクルーだから、いずれ出会うことになるだろう。
そのとき、覚えてさえいないレインに会ったら、レテシアがどんなに悲しむかと思うと・・・。」
そのロブの様子にカスターはこころのなかでぼやいた。
(未練たらたらか。)
そして、暗くうつむくロブにカスターは気分を変えてやろうとした。
「ロブさ、聞きたいことがあるんだけどさ。」
「何だよ。」
ロブはなにか嫌な感じがした。
「どっちが、迫ったんだ?」
「・・・・・ばかげたことを聞くなよ。」
ロブはカスターの顔をにらんだ。
「だってさぁ、レテシアさんって3歳年上なんでしょ。いくら童顔だって言っても、スカイロード上官育成学校の紅一点だったんだろ。
恋のいろはをしらないわけじゃないでしょう。」
「おまえ・・・・・・。」
目を好奇心で輝かせたカスターをみて、ロブはあきれて言った。
「俺が迫られて喜ぶ男に見えるのか。」
「はぁ、そうですか。わかりやした。」
カスターはニタニタしながら、マーサの写真を上着の胸ポケットにしまいこんだ。
ロブは、気を取り直して、語り始めた。
「俺がよく乗っていたエアジェットのブルーボードは、クレアさんをスワン村に連れて行こうとしたときに大破してしまった。
ブルーボードは元々、白い色だったんだが、当時の塗装工にねだって、スカイブルーにしてもらった。」
カスターはきょとんとして、ロブの話を聞いていた。
「レテシアが大好きな色がスカイブルーで、首に巻いたスカーフは絶対スカイブルーだったんだ。」
カスターは写真のレテシアの首元にスカイブルーのスカーフを巻いていたのを思い出していた。
「クレアさんはそのことを知っているんだ。」
「じゃ、クレアさんがブルーを指定してきたってこと?」
カスターの質問に笑みを浮かべて答えたロブは、その場から去っていった。
BGM:「思い出の場所へ」はじめにきよし