第六章 胸中模索 3
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ラゴネ=コンチネータ(レインたちの叔父・グリーンオイル生産責任者)
ジゼル(スタンドフィールド・ドックのクルーで食堂担当。ディゴの妻)
マーサ(レインとジリアンの母親。ゴメス・スタンドフィールドの後妻)
セシリア=デミスト(グリーンオイル財団理事長の妻。前にスタンドフィールド・ドックにいてたマーサの知人。愛称セシル)
クレア=ポーター(ダンの養女。医者)
レティシア=ハートランド(元ホーネットクルー・グリーンエメラルダ号のクルー)
「キャス、お前、まさか、マーサの息子なのか。」
コーディはカスターを放した。
カスターは涙ながらに言葉を口にした。
「実母が生きてるなんて、聞かされてなかった。
軍隊に入ってから、養父母から危篤で会いに行くよう言われた。
僕は納得ができなかった。いまさら、実母が生きていて死にそうだから顔を会わすだなんてさ。
除隊してから、スタンドフィールド・ドック《ここ》に来る前に、墓があることを知って・・・。」
「アレックスの墓を見に来たと言って、オホス川を渡って、マーサの墓に来てたんだな。
コーディ、飲み込めない話をして悪いな。マーサは俺の継母なんだ。
父さんから子供がいた話を聞かせれてはいたんだけどな。」
「つまり、レインさんとジリアンさんは、表向きマーサさんがお母さんということだったのですね。」
「そうなんだ。」
カスターはうなだれていて、座り込み、立ち上がれない感じだった。
「キャス、納得がいかないというのなら、話すよ。
レテシアと別れたのは、あいつが航空士として生きていくためには俺たちが邪魔だろうっておもったからさ。
それが、別れた後、軍隊を除隊していて、レインを引き取りたいと言って来た。
俺はレインを手放したくないと、父さんに言うと、条件を出されたんだ。
父ゴメス、母マーサの子供、つまり俺の弟にするということを。」
「レイニーはものごころつく年頃だったんじゃないのか。」
「ああ、5歳だった。強迫観念で俺が忘れさせた。
嫌なことは忘れる性質でね。毎晩泣き続けて、とうとうレテシアを忘れてしまった。」
ロブの言葉にカスターは握りこぶしを作って、怒りを抑えた。
(忘れていない。母親を忘れるはずがない。)
カスターにはしゃべらないという約束をした以上、ロブにレインとのことを話すわけにいなかった。
「ジリアンは、生まれる前から、そういう条件だった。
セシリアの子として育てるわけにいかなかったからな。」
「それでセシリアさんは納得したのですか。」
「納得したね。子供を生みたかっただけって言っていたから。」
「その言葉をみんな信じたのか。それで、セシリアはジリアンを・・・。」
「過ぎてしまったことを今ここで、話をするつもりはない。」
「そうですね。セシリアさんは今、理事長の奥さんになられて、4歳になる娘さんがいらっしゃいます。
いろいろとあったとは思いますが、今は幸せだと思います。」
「誰かが来る。」
ロブがロブにしか聞こえない音を聞き取って、二人に静かにするよう口の上に人差し指をたてた。
「ジゼルだ。」
ドアをノックする音がして、外からジゼルがドアを開いた。
「みなさん、昼食ができましたよ。レイニーとジルはじいさまが呼びにいって、後の人はみんな済ませたの。」
「わかったよ。」
「それから、ロブにはクレアさんから連絡があって、お昼過ぎ診療所に迎えに来てほしいと。」
「了解した。ジゼル。」
ロブは右手を上げて合図をした。
コーディは今日の予定のことを考えていた。
「ロブさん、クレアさんは今日中にドックを立つとおっしゃってましたけど、準備できそうですか。」
「嫌、もう今日は無理だな。」
ロブはコーディに対して、右手で振ってみせた。
「わかりました。」
ジゼルはカスターが泣いている様子をみて、驚いた。
「どうしたの、キャス?」
カスターは涙をぬぐい立ち上がった。
「いや、なんでもないよ。ジゼル。」
ジゼルは、心の奥底で不安に思った。
ロブはそれを察した。
「ジゼル、今、二人にレインたちの話をしたところなんだよ。」
「そう。私たちにもつらい話なのよね。でも、これはロブが責任を取る問題だから。」
「レインさんやジリアンさんも、もう受け入れることができる年頃でしょう。」
「そうだよ、ロブ。もう、事実を打ち明けても。」
「いや、まだだ。レテシアのことは、まだ話せない。
俺は、レインをレテシアと同じようにさせたくはないんだ。」
「しかし、それは親であろうと本人の意思なら止めることが出来ない問題でしょう。」
一児の母親であるジゼルは、ロブに諭した。
「守るべきものがあってこそ、飛行士になれる。そのことを理解させてからと思っているんだ。」
「失礼ながら、ジリアンさんはそのことがわかっていらっしゃいますね。」
「ああ、そうとも、コーディ。だから、あいつは判断力に迷いがない。
しかし、心の傷にスイッチが入ってしまうと発作を起してしまうのが難点だ。」
その場にいた者たちが全員ためいきをついた。
「時間がほしい。3ヶ月。その間に二人が成長できるように鍛えるし、俺も覚悟を決める。」
「そんなの嫌だ!。」
ジリアンは叫んだ。
もっていたブラシの柄を床にたたきつけた。
レインはジリアンの叫び声に驚いた。
レインはジリアンに、夢の中に出てくる女性・レテシアの話をした。
現在はグリーンエメラルダ号で飛行士をしているから、ドックを出たら、搭乗させてもらうように頼むと話をしたのだ。
「まぁ、この話はドックを出ることになったときのことだから、なるべくしないようにと・・・。」
ジリアンの息が荒くなった。
「スーハー、スーハー、レイニーがいないドックなんて、考えられない。
いつも一緒だと思っていた。スーハー、スーハー。」
レインはコリンと同じ言葉を聴いて、心が痛くなった。
レインはジリアンを抱きしめた。
「ジル、ごめん。本当にごめん。本気で言ったわけじゃないんだ。
僕がいくつになっても、空を飛べなかったら、ドックを出たいって思っただけなんだ。
ジルが空を飛ぶようになって、僕も一緒に飛べたら、それでもいい。」
レインはジリアンを抱きながら、背中をさすった。
「スーハー、僕は努力するから。スーハー、体も鍛えるようにするから。スーハー、発作も起さないようにするから。
スーハー、お願いだから、僕を、スーハー、僕を、スーハー、僕を、スーハー、一人にしないで。」
二人が抱き合っている湯釜の底に影が差し込んで、コツンと音がした。
「おお~い、叫び声がしたけど、大丈夫かぁ~。」
ラゴネが湯釜の淵に梯子を外から掛けていて、湯釜をのぞいていた。
レインはジリアンを放した。
「じいさまぁ。大丈夫だよ。掃除は終わったから、排泄口を開いてちょうだい。」
「OKだぁ。ジゼルが昼食を食べなさいって言ってたぞぉ。」
「はぁ~い、わかりました。」
ジリアンはまだ息が荒かったが、必死に呼吸を整えようとした。
ガチンと音が響きわかり、底の一部が開いて、ジリアンがこそぎ落としたグリーンオイルの残骸が落ちていった。
「レテシアさんの話は内緒だよ、ジリアン。」
「うん。」
ジリアンは下を向いたまま、返事をした。
ロブに言われていたクレアの話をいま、レインに話をしたら、ドックを出る話は無しになるだろうかとジリアンは考えていた。
しかし、ジリアンはふたりがお互いに隠し事をしていることに嫉妬を覚えた。
(教えないほうがいいかもしれない。)
BGM:「ループ&ループ」ASIAN KUNG-FU GENERATION