第六章 胸中模索 2
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ジゼル(スタンドフィールド・ドックのクルーで食堂担当。ディゴの妻)
コリン=ボイド(レインの友達)
プラーナ(ジリアンのクラスメイト)
マーク=テレンス(タイディン診療所の医者)
ミランダ=テレンス(マークの妻。診療所の看護士と医療事務員)
ダン=ポーター(前タイディン診療所の医者)
クレア=ポーター(ダンの養女。医者)
コーディ=ヴェッキア(クレアの相棒。看護兼介護士)
レティシア=ハートランド(元ホーネットクルー・グリーンエメラルダ号のクルー)
セシリア=デミスト(グリーンオイル財団理事長の妻。前にスタンドフィールド・ドックにいてたマーサの知人。愛称セシル)
ゴメス=スタンドフィールド(主人公の祖父)
「十五歳で父親になったって、はぁ~、美男子ってほんと得だな。」
「若気の至りですね。」
コーディは冷静に言葉を口にし、ロブの擁護に回った。
「母親は誰、ま、まさか、初恋の人?」
ロブは顔を覆いたくなるような気持ちで手のひらを見つめていた。
「レインの母親は・・・・・・、レテシア=ハートランド。初恋の人だ。」
「ああ、そうなんだ、やっぱり、初恋の人なんだ。」
カスターはわめきたおしていた。
コーディは大人気ない人だなと冷ややかな目でカスターを見ていたが、名前に聞き覚えがあったので、ロブに聞いてみた。
「レテシア=ハートランドさんって、一時期、アクロバット飛行ショーでアイドルしていませんでしたか。」
「ああ、キース=ロックフォードのファミリーでパイロットしていた時期があったみたいだが、それは・・・・・。」
「8年くらい前の話ですから、すでにレインさんは生まれてますね。」
コーディは、ロブの胸中を察し、話をある程度脱線させようとした。
「わたしは8年位前に、医療学園都市で看護学校に通っていました。
その時に聞いた話があるのです。レテシアさんがスカイロード上官育成学校で事故に会い、医療学園都市病院に入院されていました。
その入院中に、マルティン陛下がレテシアさんを見舞いに来られて、病院中大騒ぎになったということです。」
「ええ、それって、ロブの恋敵は皇帝ってことなの?」
コーデイの話にカスターは水を挿した。
「チガウ」
「違います。陛下にはすでに皇后おられて、皇女殿下がお生まれになっているはずです。」
二人とも、カスターのくだらない物言いにうんざりしていた。
「レテシアは皇帝のお気に入りだったのは確かだ。それは生まれたばかりの皇女を護衛する意味での優秀なパイロット、女性パイロットを所望していたからだ。」
「腕がいい、美人ときたら、そりゃ、ホーネットクルーに加えることも簡単にやってのけるよね。」
カスターは口を滑らせた。
ロブはカスターを睨んだ。
「レテシアがホーネットクルーのメンバーだったということなぜ、知ってるんだ。」
「あ、それは、僕にだって、情報通の友達くらいいてるよ。あは。」
「興味をそそられて調べるなんて、カスターさんって、本当に大丈夫ですか。」
「あはは、大丈夫だよ。女っ気がないロブから女の話を聞いて嬉しくなって・・・あはは。」
「2度と話すものか。お前は馬鹿か。」
「しかし、どうして、レテシアさんと別れることになったんだよ、ロブ。」
「それは、ロブさんの問題で、カスターさんに関係のない話ですよ。」
コーディに制止されて、しばらく考え込んだカスターだったが、クレアの言ったことを思い出した。
「クレアさんが言っていた、ロブの弱さがあの子達を苦しめているって言うのは、レテシアさんと別れたことと関係しているんじゃないのか。」
その言葉に、胸中を見抜かれた思いだが、ロブは言葉を発しなかった。
コーディは話題を変えようとした。
「ロブさん、ジリアンさんの母親のことをお聞きしてもよろしいですか。」
「ああ、ジリアンの母親はセシリアだ。」
「ええ!!
セシリアって人は、自分の子供を虐待したっていうのか!」
カスターはまた、興奮したというか激昂した。
コーディは、そのことをジリアンが気づいているのではないかと思った。
「セシリアが、ジリアンを虐待していた背景には、混血の子の死産も誘因しているし、死産を受け入れてからすぐにレインが生まれたことも誘因している。」
「つまり、ジリアンの苦しみはロブにもつながっていることだよな。
それで、よく、事実を隠し通して、あの子達と生活できてたな!
僕はそんなことしてるなんて、信じられないよ!ロブ。」
カスターはロブを殴ろうとしていた。
しかし、コーディがカスターを後ろから羽交い絞めにした。
「カスターさん、だから、これはロブさんたちの問題なのですから。」
カスターより背の高いコーディに抑えられて身動きが出来なかった。
「僕は、あの子達と一緒に生活できて、本当に幸せだった。
僕には、養い親が里親をやっていることで多くの里子と一緒に暮らしていた。
大人になって、一緒に暮らすことも出来ないから、軍隊に入った。
軍隊を除隊になって、家にもどることもできなくて、ここにきた。
レインたちと暮らしていて、あの子達がほんとうに自分の弟たちだったらって思って・・・。」
カスターの目から涙がとめどなく出てきた。
カスターの言葉にロブはひっかかりを感じた。
(自分の弟たち・・・・・・。)
コーディには、何を話そうとしているのか理解できなかった。
マークとミランダが向かい合って、その間にクレアが座ってテーブルについていた。
テーブルの上にはミランダが腕によりをかけて作った料理が並んでいた。
最初はお互いに無口で会話がなかった。
クレアはコリンのことを考えながら、自分の医学生時代の話題を持ち出した。
「ディゴたちと一緒にいると、『お姫様気取り』と女子生徒にいじめられて。
医学生のときには、義父さんの同期生だった教授に気に入れられているといわれていじめれた。
おとなしくしてても、誰かがなにかの形でわたしに関わってこようとしていた。」
「それはお前が美人だからじゃないか。」
「あたしのどこが美人なんだよ、マーク。
眼鏡をかけて冷徹な眼をしているとよく言われたね。
初めてあった子供が泣くことなんて、ほとんどだったよ。」
「あら、そんなことないでしょ。ここ、タイディン診療所にくる子供たちに泣く子はいなかったわ。」
「見知らぬ土地へ行けば、不安を隠すことができずに、顔にでちまうんだな、クレアは。」
「クレア、あなたは笑顔が素敵な女性よ。」
(だから、苦手なんだよ、このひと。)
クレアは、話の進め方を見失って、いらだち始めた。
「クレアは、オーラが出ているんだよ。人を寄せ付けたくないオーラがね。
それぞれに反応の仕方が違っていただけなんだよ。」
「そんな子ども扱いみたいな話・・・・。」
クレアは、あきれた顔をしながらも、目はマークを睨んでいた。
ミランダはこの機会にクレアの胸中を探ろうとした。
「クレア。ここに来られる患者さんたちで、あなたとロブが恋人同士だっていう話をする人もいるのよ。どうなのかしら。」
クレアは、あきれた顔をミランダに向けたが、ミランダは笑顔でクレアの言葉を待っていた。
クレアはため息をついた。
「恋人同士・・・・、そういうのは一生ないね。ロブを男としてみることなんてないよ、ミランダ。」
「ロブはまんざらでもなさそうだったがな。」
「あら、そうなの。どういうことなの、マーク。」
マークはミランダに問い詰められて咳き込んだ。
「ロブがあたしのオンナという部分を求めていたのなら、レテシアを忘れるためさ。
レテシアの方が一枚上手だった。ロブを忘れるためにキース=ロックフォードを利用した。」
「生々しい話だな。言うんじゃなかったよ。」
「あたしが好きだったロブは、レテシアの気を惹くために、一生懸命アクロバット飛行をしていたときに輝いていた姿さ。
命がけで訓練をしていた。ロブたちの親父さんはそうとも知らずにロブの成長振りを楽しみに加勢していた。」
「ロブたちの親父さんもびっくりしただろうなぁ。子供ができたといわれたときには。」
クレアは微笑んで見せた。
「生前、父さんが悔しがっていたよ。ロブたちの親父さんがレテシアにロブの子供が出来たと聞かされて、腰を抜かした姿が見たかったってね。」
「そりゃ、見ものだっただろうなぁ。頑固親父だっていう話だったもんな。」
「その頑固さが、ロブや、レインたちを苦しめることになったのでしょう。
ジゼルから聞いたわ。」
ミランダのひとことで、笑いが起こった食卓が一気に冷え切った。
ジリアンはブラシで底をこすっていた。
レインは右腕が使えないので、左腕でホースをもち、水をかけていた。
グリーンオイルを作り出すタンクを空にして、固形化したグリーンオイルがタンクにこびりつき、洗い流したものを湯釜で煮沸して死滅させる。
死滅したグリーンオイルは、固形の繊維状になり、湯釜からこそぎとって、肥料にする。
レインたちは、その湯釜から死滅したグリーオイルを取り除く作業をしていた。
「ロブ兄さん、また、クレアさんとお仕事でドックを出るんだってさ。」
その話を聞いたジリアンは、クレアが言った空挺に搭乗する話をレインにしないようにロブから口止めされていたことを思い出した。
「また、危ないお仕事をするのかなぁ。」
「心配しても仕方ないでしょ。」
「それはもう、兄さんにも言われたし、僕もわかっていることだけどね。
僕は早く空挺を操縦して、自由に空を飛びたいなぁ。」
ジリアンはまた、レインの空想が始まったと思った。
レインはホースを底において、両手を広げるようにして、回り始めた。
「空の中をこうやって、くるくる回って飛びたい。鳥のように。」
いつもなら、レインがブラシを持って底をこすっている役目なのだが、腕を怪我しているのでかわりにジリアンがやっているが一向にこそぎ取れないでいた。
「レイニー、ちゃんと水をかけてよ、硬くてとれないよ。」
つまらなさそうに、レイニーはホースを掴んで、ブラシめがけて水を注いだ。
「塊に水を含ませるようにブラシで叩き込んでから、こするんだよ。力いれてやればできるよ。」
運動するのが嫌いなジリアンは、自分に腕力とか力がないことを思い知らされていた。
「ロブ兄さんが、許してくれないよ。そんな危険な飛行を操縦させるなんてさ。」
「させてもらえなかったら、ドックを出るまでだよ。」
その言葉にジリアンは驚いた。
「え、レイニー、スタンドフィールド・ドックを出るつもりなの?」
「うん。ロブ兄さんの言いなりになんかならないつもり。」
レインが平然と言ってのけるさまをみて、ジリアンはさらに驚いた。
「レイニーが、ドックを出て、誰がドックを守るんだよ。」
「ジルがすればいいじゃん。ゆくゆくは、プラーナにお嫁さんになってもらって、跡を継げばいいじゃん。」
「プラーナは、生物学の博士になるんだよ。僕のお嫁さんなんて・・・・。」
ジルは顔を真っ赤にしてブラシでこすり始めた。
(いきなり何を言い出すんだよ、レイニーは。まったく、自分勝手な話だな。)
しばらくして、ジリアンはいやみっぽく、レイニーに言った。
「レイニーが後継げばいいじゃないか。女の子にはよくモテるんだし、すぐにお嫁さんみつかるよ。」
「嫌だね。僕にべたべたする女の子なんてさ。」
ジリアンは、ブラシの柄を強く握り締めた。
(キャスが聞いたら、怒るだろうな。)
「僕は、自由に空を飛びたい。何もかも操縦に身をまかせて、それだけでなんか幸せになれるような気がするんだ。」
ジリアンはあきれてものが言えなかった。
ブラシを強くこすり、この仕事を早く終わらせようと思った。
「太陽が近すぎてまぶしいくらいに、いつも夢にでてくる、あの空を現実でみてみたい。」
レイニーの言葉を耳にして、ジリアンは手を止めた。
「夢?」
レイニーは口を滑らせたと思った。
でも、秘密だと約束したけど、ジリアンには言っていいだろうと、カスターとの話をジリアンにした。
BGM:「秘密基地」高田梢枝