表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グリーンオイルストーリー ~空の少年たち~  作者: 久川智子
第三十八章 オレンジローズ
242/247

第三十八章 オレンジローズ  1

 両翼にオレンジローズのマークがあしらわれた白い機体。丁寧に整備をほどこし、ワックスがけをしていたエミリアはマークを愛おしそうに拭いていた。そのマークには重みがあった。オレンジローズと名づけられたエアジェットはフェリシア皇女殿下とエミリア専用機。描かれたオレンジ色のバラは2本で棘をもちながらも絡まり、鮮やかに輝きを放っていた。自分たちに相応しいと思っていた。

「この棘の痛みはお互い理解しているはず。お互いがお互いを傷つけあわないように、絡み合っていくしかないのね。」

 口にした言葉でこころに痛みを感じた。胸に手を当てると、自分の鼓動は早くなるが、思い起こして重なる鼓動は次第に弱くなっていった。黒衣の民族に襲われたあの時、レインの鼓動が弱くなっていく瞬間。レインの笑顔が浮かべば、心が安らぐ。それはフェリシアも同じだった。そのことをお互い知っているからこそ、傷つけることなく支えあっていけるだろうと思っていた。

「サンジョベーゼ少尉。」

 声をかけられて振り向くと、女性事務官が立っていた。

「はい。」

「お耳に入れておきたいことがあります。」

「何でしょうか。」

 聞かされた話の内容は、事務局にエミリアの個人情報の問合せがあったことだった。相手にもよりけりだが、エミリアはサンジョベーゼ将軍の娘とあって、裏でうごく派閥組織が彼女の擁護する意味で情報をもたらした。

「皇帝排除派の者ではないことは確認しております。さらに調べたところによると、皇女殿下の婚約者とのつながり持つ者ではないかと思われます。なにか、不都合なことなどがありましたら、報告してください。」

 エミリアはうつむき加減で、「了解しました。」と応えた。

 婚約者の交友関係を調べることは問題ないだろう。直接の関係者が問合せしないところに問題があるかもしれないとエミリアは思った。

 フェリシアが望まない婚約であることを知っていた。空運士官学校に入ったのは、婚約者との距離をおくためだった。レインへの思いを断ち切れないまま本隊に入隊し、地に足が付けれない気持ちの状態で派閥争いの渦に巻き込まれようとしているフェリシアを思うと、エミリアは強く決意せざるを得なかった。

「私が気を強くもっていれば、フェリシアを危険な目にあわせずに済むはず。」

 若さゆえの傲慢さにまだ気づけず、エミリアはフェリシアを守り抜こうと心に決めた。


 エミリアに情報をもたらした女性事務官は仕事を終えて、私服に着替えると、基地を出て、別の人物に情報をもたらしに行った。歓楽街を少しぬけたところの、人気のない路地裏に飲み屋があり、そこに入っていった。待っていた人物はジェフ=マックファットだった。民族解放派のジェフは除隊後、サンジョベーゼ将軍の密偵をしており、情報収集を主に行動していた。

「では、少尉の軍の人間関係だけでなく、外部との交友関係も調べているということなのだな。」

「ええ、そんなこと、事務局に問合せするのもおかしな話なので、相手を調べていたら、妙なところから電話をかけていることに。」

「妙なところ?」

「ええ。グリーンオイル製造会社の子会社です。」

「ほぅ。」

 ジェフは内心、思惑が当たったと確信した。事務官には悟られないような態度をとり、今後の動きに注意するようにと指示を出して、その場から立ち去った。

 事務官には、皇女殿下の婚約者がグリーンオイル製造会社と繋がっていると情報を与えていた。ジェフはエミリアの関係者に、事の流れがわかりやすいよう先手を打っていた。なぜなら、レインへの思いを寄せているエミリアと皇女殿下の情報をパトリック・クロスに教えたのは、ジェフだったからだ。個人的に動いたものではあるが、得体の知れないグリーンオイル製造会社の社長を表沙汰にし、正体を明るみにすることで、抗争の相対関係がはっきりしてくると考えていたからだ。

(彼女のこころを利用するのは心が痛むところだが。将軍の娘だし、下手に動いたりしないだろう。皇女殿下を動かすよりは大事にならなくて済むだろう。)

 ジェフの思惑はエミリアの冷静さに頼みをつないでいた。間違いを起こせば、皇族とグリーンオイル製造会社がいさかいを起こし、国内紛争になりかねない。しかし、ジェフはパトリックより、製造会社のことを良く知らないでいた。そのために彼らがどんな方法でエミリアにレインのことを知らせようとしているかがジェフの盲点となった。


 皇女殿下のフェリシアは軍の任務の合間に、皇族としての公務をこなしていた。外交として、他国からの来賓で晩餐会が行われ、パートナーとして婚約者が同席していた。多くの候補者から厳しく選び抜かれた婚約者だったが、フェリシアには異性としての魅力を感じることができないでいた。嫌悪していることを悟られないように努力してきた。結婚を避けるために軍に入隊して厳しい訓練にも耐えてきた。しかし、未来の伴侶として受け入れなければいけない現状を公務によって突きつけられた。

 食事の後、歓談の場が設けられ、婚約者と二人にされたとき、逃げる口実ばかり考えていた。

「フェリシア。頼まれていただきたいことがあるのですが。」

「何のことかしら。」

「知人がどうしてもと。」

 彼が差し出したのは一通の手紙。宛名はエミリア・サンジョベーゼとなっていた。

「一度、断ったのですよ。私からエミリア嬢に手渡すのも誤解を受けかねないので、あなたのほうから渡してもらえないかと。」

「差し出された方はどのような方なのですか。」

「それは、内密にしていただきたく。」

 困り果てた顔をみせて、懇願してきた。手紙のウラを返すと、名前はなく、文字が書かれていた。

「ガラスの蜂の巣?何のことかしら。」

「さぁ、私も存じ上げないものです。申し訳ないのですが、願いを受けていただきたい。」

 笑顔を向けられても、気持ち悪いとしか思えなかった。その時間が早く過ぎて欲しくて、フェリシアは手紙を受け取ってしまった。手紙を受け取ると、婚約者は大仕事を終えたみたいに、その場から立ち去った。フェリシアは胸をなでおろし、一息ついた。鋭い視線を感じて、そちらの方に目を向けると、父親である皇帝が睨んでいた。目をそらし、水を人のみすると、足早に退出した。


 手紙は訳がわからないままに、エミリアの手に渡った。

「内容をわたしに話せるようだったら、聞かせてもらいたいわ。」

 そわそわとしながらも、本当は興味がなかった。エミリアは女性事務官が知らせてくれたことを思い返した。こころのうちで、フェリシアに害があるようなものは話すわけにいかないと思っていた。

「そうね。」

 手紙を開けながら、言い訳を考えていた。フェリシアにわからないように中身を取り出すと、便箋が写真を包んでいた。その写真をずらしながらみようとすると、傷ついたレインの姿がみえたので、封筒にしまい、便箋だけ取り出した。顔色はかえず、フェリシアに気づかれないように。

<アレックスの子孫は愛によって救われるのだろうか。>

 書かれていた文面を読んで、無意識的に顔色が変わり、狼狽した顔をフェリシアに見せてしまった。咄嗟とっさに思いついた言い訳を口にした。

「まぁ、なんて卑劣なんでしょう。」

「どうかしたの?」

「見せるわけには行かないわ。」

 手紙を胸にだき、唇を噛んだ。

「私の婚約者が浮気をしていると書かれていたの。写真は証拠の写真みたいだわ。」

 フェリシアは唖然としていた。エミリアがサンジョベーゼ将軍の娘で、派閥争いで将軍の地位が危ぶまれていることを知らないわけではなかった。

「彼を陥れるつもりなのかしら。」

「わからないわ。でも、こんなことを本人に相談するわけにもいかないし。」

「でも、そんなことぐらいでお父上の身になにか起こるわけでもないでしょう。」

「ええでも、彼に不穏な動きがあって、知られてしまったら、父になにもないというわけにいかないかもしれない。」

「まぁ、ほんと、卑劣なことね。私でできることがあれば、何でも言って。」

「ええ、でも、フェリシアの婚約者に迷惑はかけられないわ。」

「そうね。でも、護衛の者にどうしたらいいかぐらい、相談できるわ。」

「考えてみるわ。考えがまとまったら、相談するわ。」

 フェリシアは笑顔でうなづいた。

 エミリアは心臓の鼓動が聞こえないかと心配になった。それぐらい早く脈打ち、手で押さえても治まりそうになかった。一人になって、考えようとしたが、要らぬことばかり考えた。

「いったい、どういうつもりで、レインをこんな目に。」

登場人物

レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)

ジリアン=スタンドフィールド(主人公の実従弟・愛称ジル)

ロブ=スタンドフィールド(主人公の実父)

レテシア=ハートランド(主人公の実母)

シーアリア=スタンドフィールド(主人公の妹)

ステファノ=ジュリアーニ(ホワイトソードのクルー、北方民族)


マーク=テレンス(タイディン診療所の医者)

ミランダ=テレンス(マークの妻。診療所の看護士と医療事務員)

ダン=ポーター(前タイディン診療所の医者。故人)

クレア=ポーター(ダンの養女。医者。故人)

デューク=ジュニア=デミスト(現グリーンオイル財団理事長)

セシリア=デミスト(グリーンオイル財団理事長の妻。愛称セシル。故人)

セイラ=デミスト(セシリアとデュークの娘。ジリアンの異父兄妹。)

カミーユ(セイラ付きのメイド)

セリーヌ=マルキナ(デューク=ジュニア=デミスト理事長の第六秘書)

コリン=ボイド(レインのクラスメイト・ジリアンの違父兄弟)

ジョイス=ボイド(コリンの養父)

プラーナ(ジリアンのクラスメイト)

ウィンディ=ゴールデンローブ(クレアの恋人)

レオン=ゴールデンローブ(ホワイトソードのクルー。ウィンディの息子。)


ロザリア=スタンドフィールド(ロブの母。故人)

アレックス=スタンドフィールド(主人公の祖先)

ジョセフ=ハートランド(グリーンエメラルダ号の艦長、レテシアの伯父、故人)


コーネリアス=アンコーナ(ワイナリー農園のオーナーの娘)

ピエトロ(コーネリアス付きの執事)


シモン(ガラファンドランド・ドックのオーナー)

ダニエル(シモンの息子)

アン=ポーター(ダン=ポーターの実母)


テオ=アラゴン(ホワイトソードの艦長。)

エミリア=サンジョベーゼ(皇女殿下のルームメイト)

ジェフ=マックファット(レテシアの同級生。民族解放派。)

マルティン・デ・ドレイファス(コン・ラ・ジェンタ皇国の皇帝。セシリアの実兄。)

フェリシア=デ=ドレイファス(皇帝の第一皇女。)


ニコラ(ホワイトソードの乗組員)

エリオ(ホワイトソードの乗組員)

パトリック=クロス(クロス商会の社長。ホワイトソードのオーナー。)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ